始まりの世界
真っ白な世界にいた。
最初に気づいたときの感想が、それだ。
目を覚ますと視界いっぱいに白色の景色が広がっていた。見渡す限り白一色。自分以外に何もないので遠近法がつかめない。
ここがどれくらいの大きさなのか、ここになにがあるかもわからない。ただ自分の体だけが、白い景色と唯一区別できた。そして朦朧とした意識の中で、なせがこれだけは確信できることがあった。
自分は、死んだのだということを。
ここは、死後の世界だということを。
…えっ、いきなり?
なんの前振りもなく俺は死んでしまったの?
なぜ?どうやって?何も思い出せない。ひょっとするとバイト30連勤したせいで過労死してしまったとか。家賃を滞納し過ぎたせいで大家に刺されてしまったとか。それとも借金取りが痺れを切らして俺の体を何当分かにしてしまったからとか。
回らない頭で、自分の身に何があったか必死で思い出そうとする。何も思い出せない。なんだか頭が混乱してきた。
そもそもこれから俺はどうなるんだろう。何をどうすればいいのだろう。わからない。わからない。何も思い出せない。何が…誰か、誰か。誰か助けてくれ!
「死人番号0011053452番」
ふと。
この真っ白な世界に。
俺の目の前に。
彼女はあらわれた。
「死人番号0011053452番、呼ばれたら返事を」
女がいた。スーツを着込んだ、それ以外はなんの特徴もない女だった。
どこにでもあるような事務机を隔てて座席に座る彼女は、書類で散らかった机で忙しそうに何かを書き綴っていた。こちらに顔を向けようとせず、ただひたすら、何かの作業に従事していた。
…あんた誰だ?俺に何があった?
「死人番号0011053452番。死因、車両の衝突による全身打撲及び車輪による圧迫死」
…そ、そうだ。ちょうど俺は夜勤のバイト帰りで、連日連夜働いていて、とても疲れていて、信号が切り替わっているのに気がつかなくて、それで…
自分の身に起こった出来事を思いだし、震え出す体を俺は両腕できつく抱きしめた。そんな俺などお構いなく、女は続ける。
「死亡時刻、5時35分27秒。生者としての活動時間29年11ヶ月15日2時間41分10秒。…ここまで合っているかしら」
筆を止め、ようやく女は顔を上げる。
視線と視線がぶつかりあう。綺麗にととのった顔立ちをしていた。
…俺は本当に死んだのか?
「あなた私の話をきいてなかったの?それを確認するために今まで尋ねてたんじゃない」
…車にぶつかって、飛ばされて
「地面と車体に挟まれてぐちゃぐちゃになった。なんだ、ちゃんと覚えているんじゃない。それなら話がはやい、助かるわ」
女は散らかった紙束の中から一枚を抜き出す。内容も何も書かれていないまっさらな紙。いつの間にか俺の手にはボールペンが握られていた。
「生まれ変わるための書類にサインを。それで、あなたの人生の全てがおわる。怖がる必要はない、事務的な作業なだけたまから」
…生まれ、かわる?
「そう。あなたはこれまでの人生を終えて、次の人生に進む。まあ転生までまだまだ何千年も時間がかかるけれど、あなたに選択肢はない。早く書類にサインを」
…い、いやだ。俺はまだ生きていたい。まだやり残したことがたくさんあるんだ
「気持ちはわかるけど、こればかりはどうにもならないわ。あなたの肉体はご存知の通りミンチになっている。生き返ることはできない。どうしようもないのよ」
…どうにかならないのか?なんでもいい。俺はまだやりたいことがたくさんあるんだ
あんな人生で終わりだなんて思いたくなかった。後悔と焦燥が俺を襲う。
(主人公の過去)
それを見た女は顎に手を当てて、悩み始めた。
「そうね…、…どんな条件でもっていうんなら、ひとつ考えがあるわ。といっても、あなたがそのままの状態で生き返るっていうのは無理だけど」
…それは?
「自分とは別の肉体に転生してもらうの。あなたの記憶はそのままに、別人となって人生を生きてもらうことになる。完全な転生じゃないけれど、人生をやり直したいっていうのならこれしかないわ」
…まさか、そんなことが
「可能よ。ちょっと特殊だけど、あなたがどうしてもっていうなら叶えられる。
女の言葉の意味をじっくり噛みしめる。散漫になっていた集中力をありったけかきあつめる。他人に、転生する。それは俺の人生を放棄するということ。だが戻りたい俺の身体はもう存在しない。これはチャンスなんじゃないか。俺の意識は残してくれるのだ。俺である事には変わりない。
…転生した肉体の精神はどうなる?
「消えるわ。でもそれは本人が望んでいること。消えたいと望んだ人と、成り代わる形でしかあなたは転生できない。だからあなたが誰かになりたいって選ぶことはできないわ」
他人と成り代わる。
それがどういう意味なのか、正直わからない。成り代わったとして、前の身体の持ち主が消えたいと望む環境がそこに待ち構えている。それに俺は耐えられるのか。
そんなもの、決まっている。
「返答は?」
俺は人生をやり直したい!