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星空との約束

いつもの昼下がり僕は特にする事もなく街中を歩いていた。人は本当に暇になると考える事を止めてしまい本能で行動してしまうものらしい。誰か昔の偉い人が言っていた気がする。今まさに彼は本能だけで街中を歩いている。ただ、ただ暇なら寝るなり読書するなり暇を潰せるものはこの世の中には沢山ある。そう思うだろうけれど彼にそんな余裕(しこう)ははなから思い描かなかった。無理に読書をしたところで時間の無駄だと思ってしまい、夜勤のバイトをしている訳でもないのに昼間から寝るなんて時間がもったいない。暇を持て余しているくせにあーだ、こーだと最初は考えていた、が途中からそんな考えている時間も勿体ないと思ってしまう。だったら、なにも考えずに街中を探索し暇を潰せるものを見つけようとした。しかし、ドラマや小説のように都合よく非日常(イベント)がころころと街中に落ちている訳もなく彼はただ、ただ歩き無駄に時間を浪費しているだけだった。彼自身気が付いていないが、これもまた他の誰かから言わせれば、時間の無駄だ、と言うこと。

「んー。どうしよう。なにもすることがない・・・でも、時間まであと五時間あるし」

そう。彼は一日中暇な訳でもなかった。夕方から意中の女性と夜ご飯を食べると言う約束があり、それまでの時間ただジッと家で居ることが嫌だったのだ。暇を潰したいと言っているが本当のところはただ、ジッとしていると余計な事を考えてしまうため体を動かし夜にかけての準備運動をしたかっただけ。なんの目的もなく歩いていると携帯が鳴る。いつもなら気にしない震動も今日の彼にとっては重要な震動だったりする。彼女の都合が悪くなり今日のご飯は中止、なんて悲報が飛んでくるかもしれない、なんてネガティブな事を考えてしまう。すぐさま左ポケットに手を入れ携帯電話を取り液晶を見る、とそこには昔から見なれていた名前がデカデカト映し出されていた。

「・・・よし!無視だな!」

「こらっ!人を見て判断するなよっ!」

「うわっ!」

後ろから周りの人たちの迷惑を考えていない自己中心的な大声が彼の体全体を覆う。彼も予想外の声、大きさに首が数センチほど下がってしまう。首に痛みを覚えながらも彼は声がした方へと振り向く、と左手に持った携帯を耳に当て右手は腰に手を当て相当御立腹な表情をした女性がこちらをギロリと睨みつけてきていた。眉間にしわを寄せ整った顔立ちが少しばかり崩れてしまっている、がそれでも周りから言わせれば美人過ぎる顔らしい。らしいと言うのは彼は彼女の事を女性(いせい)として見たことがないためよく分かっていない。

「き、急に声をかけるなよ!それも、後ろから全力でさっ!」

「晴樹が私が電話かけたのに無視するからでしょう!」

「てか、後ろに居るんだったらわざわざ電話する前に声かければ良いじゃん!」

「それじゃあ面白くないでしょ?」

怒っていた表情がにこやかな表情へと変わり、悪戯が成功した子供がみせるような笑顔を向けながら隣へと歩いてくる。だいたい彼女が怒っているような表情をしている時は本当に怒っていない。大体が演技(ふり)なのだ。彼もそれが分かっているのかすぐさま彼女といつも通りの声色で会話を始める。

「んで、どうしたの?今日は部活じゃあないの?」

「ん?・・・あ、ああ。今日は臨時休業!」

グッと握り拳を空へと向け笑顔をこちらへと向けてくる。

「作楽も部活に行かない時があるんだな。珍しいね」

「たまには息抜きも必要っしょ?」

「まあね。それで、なにしに街まで出てきたの?」

「それは、こっちのセリフ。まあ、アンタの事だから、暇だから、って言うんでしょ?」

「正解。って、作楽もどうせ暇だから来たんだろう?」

「うっ・・・ま、まあね!!」

「じゃあ、暇どうしどこか行く?夕方までだったら荷物持ちでもなんでもするよ」

「えっ!?いいの!じゃあ、下僕として働いてもらおうかな!!」

「・・・」

彼女は彼が、手伝う、という言葉を待っていたのか即答で返答する。彼も彼女のそう言うところは気に入っている。遠慮がないところと言うかなんと言うか。下僕と言う言い方も彼女なりの照れが入っている、と彼は知っている。

「それじゃあ、手伝わせて頂きますよ、姫様」

「あはっ」

荷物持ちになると言ってしまったからには彼女がいきたい場所へと一緒にいかなければならない事になる。数分後、彼は先ほど自分で言ってしまった発言に後悔してしまう。

「ねえ。買う物決めてから動かないの?」

「え?だって、色々と見てから買いたいじゃん?だから、もう数件周るつもりだから!」

「さっきから、見てばっかりじゃん!?買い物するんだろう?」

「だから!ちゃんと色々と見て服とか買いたいの!晴樹が荷物持ちするって言ったんでしょう?はいっ!文句言わないのっ!」

そう言うと彼女は楽しそうに色々な服の店を何店もはしごしていった。彼が椅子に座れたのはかれこれ数時間後の事だった。

「色々とお店行けてよかった!ありがとね!」

「いえいえ。あれっだけ店まわって結局最初の店でハットだけ買ったのには驚愕を通り越して感心しちゃったよ」

「そう?女子って大体そんなもんだよ?やっぱり色々なお店に行って気に入るものを買いたいじゃん?買った後にあーあっちの方が可愛かったなーって後悔したくないし!」

そう言いながらカフェオレを飲み楽しげに微笑んでくる。彼女が楽しそうにしているならいい。彼もなんだかんだでいい時間つぶしをしてくれたと思っている、と彼が彼女を見た瞬間どこか先ほどの楽しそうな表情とは違い影を秘めている表情に一瞬なったのを見逃さなかった。彼女が見ていたであろう視線を追うように見てみるとそこには作楽と一緒の部活に所属している数人の女子部員が歩いていた。

「どした?あの子たちとなにかあったの?」

「え?」

彼が言った言葉に彼女は意外そうな表情、と言うより驚いた表情を浮かべながら見てくる。彼もそこまで驚くような事を言ったつもりはない、と不思議そうな表情を彼女に向けていると彼女は申し訳なさそうな表情になり少し視線を机に向け口を開く。

「実は、一年の子からある相談をされてさ・・・」

「そうだん?」

「・・・」

一瞬、彼女は表情が暗くなったかと思えばニコリと微笑んでこちらを見てくる。明らかに無理に明るい表情を作っていることがバレバレだった。それでも、彼女がそう言った(ひょうじょう)をしたのだからと、彼は、僕には無理に表情を作らなくてもいい、と言う言葉を飲み込む。

「実は・・・一年の秋原って子が居るんだけど」

「ああ。あの子か」

秋原董と言う名を聞けば僕たちが通う高校では知らない人はいないと言うぐらい有名な女生徒の名前。美女と言う言葉はこの子のために生まれてきた単語ではないか?と主に男子たちは囁いている。大体に異性から人気のある人物は煙たがられるものなんだろうけど彼女は違う。性格も良く、異性同性分け隔てなく接し人望も多い。そんな彼女が一体どうしたと言うのだろうか?

「ははっ・・・やっぱり晴樹も秋原の事は知ってるのか」

「そりゃあ、僕たちが通う高校男子では知らない人間なんていないんじゃあないの?」

「そっか・・・それでさ。晴樹はああ言う女の子ってタイプなの?」

「はぁ?早速、訳分からないぞ。脱線してる」

唐突な意味不明な質問に彼は彼女に話題を跳ね返すかのように突っぱねる。彼女も、ごめんごめん、なんて笑いながらカフェオレを口直しに飲み小さく深呼吸をする。

「なんか不審な視線を感じるんだって」

「不審な視線?ってことは、ストーカーとかってこと?」

「なんか違うらしい。いつも、どこでも視線を感じちゃうんだって。学校はもちろん、家の中でも部屋の中でもお風呂の中でも・・・」

「それって・・・どう言うこと?」

「それが分かれば私だってそれなりに対処するわよ」

呆れたかのようにため息を彼に向けて吐きすて背もたれに体を委ねまた、彼を見てくる。なにかこの問題の正解(こたえ)を言ってくれるのを期待しているかのように。しかし、彼は超能力者でもなければ名探偵でもない。ただのどこにでもいる高校生。期待されている事は嬉しい事なのだけれど彼女はどうしてそこまで彼に期待しているのか彼自身も分かりかねている。ただ、彼にはたまに、本当にたまにだけ的を得た発言をする時がある。きっと彼女はその稀な彼の運に頼っているのだろう。と言うより、それぐらいしかもう頼るものはないのだろう。彼女は他人の相談を絶対に他言したりはしない。しかし、彼に言ったということはそう言うことだろう。彼にとってもそれは光栄なこと・・・ではなかった。過度の期待ほど迷惑なものはない。勝手に期待されて勝手に失望される。最近もこう言った事があり若干ではあるけれど、なんで僕に勝手な期待をするんだ、と言う思考(きもち)が表情にでてしまったのか目の前に居る彼女もまた、しまった、なんてばつが悪そうな表情をすると両腕を振ってくる。

「ご、ごめん!晴樹には関係のない事だったね!!ごめん、ごめん!私どうかしてたね!あははっ!!」

「あ、いや・・・その」

「よっし!そうだよ!相談されたのは私なんだから、私が解決しなきゃいけないでしょう!!」

両手をグッと握り拳をつくりなにかを決意したかのように勢いよく立ちあがる。

「今日はありがとうね!ちょっと秋原にもう一回話し聞いてくる!!はい!」

そう言うと財布からお金を置き立ち去ってしまう。彼は急な出来事に呆気をとられてしまい、ただただ見送る事しか出来ずにいた。彼女が座っていた席を見ると可笑しさと、なにか複雑な気持ちを吐き出すように苦笑いをしてしまう。

「買った荷物忘れてるし・・・」

彼はお勘定を済ませると彼女たちが歩いていたであろう道をたどり歩き出す、と妙な視線が彼に向かって向けられているような気がした。ふと視線がする方へと顔を向けてみる、がそこにはただの自動販売機しかなかった。

「気のせいか・・・」

彼は視線が気にもなったのだけれどそれよりも作楽を見失ってしまうと荷物を自宅まで持っていかなければならないと言う、とっても面倒くさい事になってしまうため必死に彼女が向かったであろう道を歩くのではなく駆け足へと変え走り出す、がそう都合よく人が多い場所でいったん見失った人を見つけ出すなんて不可能に近い。

「都合よく見つかる訳ないよなー」

ふとなにかを忘れているような気がしたため足を止めおしりのポケットに手をもって行く、と同時に絶望感が襲ってくる。

「まさかの財布消失・・・冗談だろ・・・」

作楽を探す事よりも先ずは財布(ライフライン)の確保が先決だと言うことは言うまでもない。走ってきた道を満遍なく凝視しながら歩き出す。第三者が彼をみたら確実に変質者だろう。しかし、彼にとってはそんな事を思われようが関係ない。今はただ一つ、財布を発見せよ、と言う指令だけが彼を動かしていた。人通りが多い場所でしかも、人間ではなく小物の財布を見つける方が何十倍も難易度が高いに決まっている。結局、財布を見つけることは出来ず、待ち合わせの場所へと向かう。不幸と言うものは連鎖してくると言うがその言葉は本当のようだった。待ち合わせていたクラスメイトは急用が出来てしまったため約束は延期となり彼は数分間思考が停止してしまったのは仕方がない事である。

「財布を落とすし、約束も延期・・・これなら家でボーっとしておけばよかった・・・もー」

彼は力なくゆっくりと歩き出す。学校で渡せばよかったのだろうけど、どうせ外に出ているのだからついでにと言う感じで彼は作楽家へと足を運ぶことにした。いや、きっと財布消失事件を聞いてほしかったのだろう。街からは徐々に離れていき静かな住宅街へと入り込む。子供たちも公園の近くで楽しそうに遊んでいたりと微笑ましささえある。しばらく歩いていると一軒家が目に入ってくる。準洋風の作りで今どきの一軒家。

「相変わらずでかい家だよな」

「そう?この辺りじゃあ普通でしょ。てか、人の家の前でなにしてるの?」

「うわっ!」

一人ごとで言ったつもりの言葉にまさかの返答が真後ろから聞こえたものだから驚きつい大声が出てしまう。彼女もまた彼の大きな声に驚いたのか目を見開きこちらを見ながら固まっていた。その表情が面白かったのか彼はぷっと笑ってしまう。すると、彼女は少し照れくさそうに彼の肩を叩いてくる。

「もう!笑いごとじゃあないよ!ビックリした時に大声出すの止めてよねっ!ホント心臓に悪いから!」

「作楽よ。だったら、いつも唐突に僕の背後から声をかけるのを止めて頂きたい。作楽がそんな変な悪戯しなきゃこんな事にだってならなかったよ」

「いやいや!晴樹が人の家の前でぶつぶつ言ってたらそりゃあ、声かけたくなるでしょ?!」

もっともな事を言われ彼は見事納得させられてしまいその後言葉が出てこなかった。彼女は仕方なさそうな表情で彼を見るなり微笑んでくる。

「で?どうしたの?」

「あ、そうそう。コレ。自分で買ったんだから忘れんなよ」

彼は持っていた袋を彼女に渡す、と照れくさそうに彼女は笑う。

「あ、ごめんね・・・ははは。実は忘れたこと分かってんたんだけど晴樹が持ってくれてるだろうなーって思って取りに行かなかった!」

「イヤラシイ考えだな・・・しっかりしてるくせにそう言うところはそそっかしいよね」

「面目ない・・・ってか別にわざわざ持って来てくれなくても電話なりしてくれたらとりに行ったのに。それか学校で渡してくれれば良いのに」

彼の行動になにか気になったのか疑問を投げかけてくる、と彼はすかさず彼女の顔を見つめる。

「な、なに?」

「ちょっとさ、話しを聞いてほしくて」

「晴樹が私に?なに?気持ち悪っ」

「んなっ!失礼な!」

「ははっ。じゃあ、家に上がりなよ。コレのお礼にお茶ぐらい出すよ」

そう言うと彼女は門を開け家へと向かい歩き出し、彼もまた彼女の横へ行き同じペースで歩きだす。

「でも、家にまでわざわざ荷物を持ってくるってことはそんなに重大な話しをしたいんだ?」

「まあね。とんでもなく最悪な話しなんだ・・・」

深刻そうな表情に彼女の表情も若干ではあるけれど真剣なものになる。玄関のドアを開け家へと招かれる。相変わらず広々とした玄関に呆気を取られてしまっていた。

「やっぱり作楽ん家ってすげーね」

「そんなことないよ。まっ!とりあえず私の部屋で待っててよ?分かるでしょ?」

彼女は急ぎブーツを脱ぎ台所へ向かっていってしまう。彼は言われた通り彼女の部屋で待たせて貰うことにした。久々に来たがなんとなく部屋は覚えていた。階段を上り左に二番目のドアが彼女の部屋だったはず。頼りない微かな記憶を頼りに階段を上がっていくと確かに見覚えのあるネームプレートがあったため確信へと変わりなんとなくノックを二、三回し部屋へと入る。彼は何故か感動してしまっていた。

「おぉ・・・やっぱり女子の部屋っていい香りするんだ」

若干だが変態チックな一言を吐きだしながら部屋へと入る。きっと部屋主が聞いていたなら、いや、女子全体的にそんな風な事を言う男子を部屋には入れたくないだろう。きっと、イヤラシイ意味ではなくなんとなく言った一言なのだろうけど彼はそう言う風にストレートなモノ言いをすることが多々あり誤解されることが人一倍にある。部屋に入ったのは良いけれどどこの辺りで座っておけばいいのか分からなくなってしまう、と言うよりも何故かソワソワしてしまっていた。年頃の青年が異性の部屋へ一人っきりでいるとそんなものなのかもしれない。

「机の近くに座ればいいよな」

一人ごとを言いながら彼は机がありテレビと向き合う様に座り彼女が来るのを待つ。待つと言っても女性の部屋でなにをして待っておけばいいのだろうか?本棚にあるアルバム等を見て待っていればいいのだろうか?彼にだってそこまで非常識じゃあない。いくら仲がいい友達だからと言って他人の物を承諾なしに見るほど無礼者ではない。とりあえずやることと言えば窓から見える景色を見つめるぐらいしか選択肢はなかったため無感情で空の景色を見て待っていた。ものの数分で彼女は部屋へとやってくる。

「あれ?何で正座して待ってんの?」

笑いながら彼女はお盆にティーカップを二つ乗せ机に置く。

「テレビでもつけて見てくれててよかったのに」

「あ、いや。だって、やっぱり作楽の部屋の物を勝手にさわったらダメかなって思って・・・」

するとまたしても彼女はプッと面白いものでも見たように笑いだす。先ほどよりも盛大に笑いベッドへと寝ころんでしまう。彼はなにがそこまで彼女の笑いのつぼを押さえたのかは分からないが自分の事で笑われている事は分かっている。じとっとした視線を送っていると彼女も笑いながら謝罪をしてくる。

「ごめん、ごめん!でも、晴樹ってそう言うところちゃんとしてるよね。うん。いいことだと思うよ!そう言うのっ!」

「笑いながらそんな事を言われても全然嬉しくないんだけどねっ!!」

「あはっ・・・それで、私に聞いてほしいことがあるって言ってたけどどうしたの?」

彼女の発言で忘れかけていた事件を思い出してしまう。彼は一瞬にしてテンションが最低ランクまで下がってしまう。彼女も彼の雰囲気を感じるとベッドから降り真剣なまなざしでこちらを見てくる。

「どうしたの?雰囲気からして結構キツメな話?」

「ああ。実は今日、作楽と別れてから・・・・」

数分後彼女は思いもよらない告白(はなし)にまた笑ってしまう。彼女はもっと深刻な話しだと思っていたらしい、が全然そんな事じゃあなかった。

「財布落としただけって!!」

「馬鹿っ!落としただけってじゃあない!ぞ!財布だぞ!?さ・い・ふ!!僕からしたら笑いごとじゃあないっての!!」

「まあ確かに一万円入ってた財布を落とすのは流石に下がるね・・・まっ!でも、落としちゃったものは仕方がないんだから!ねっ!切り替えて行こう!切り替えて!!」

「人ごとだと思って!」

「だってそうだし!」

「言いきった!?」

その後も彼らたちは何気ない雑談をし始める。お互いに気が許せる人物だけあって色々と思った事を言い楽しく会話をしていると、ふと彼女の後ろにナニカを彼は感じてしまう。それは呼吸をするのと同じようで感じたいから感じてしまう物ではない。感じたくなくてもなんとなく分かってしまう。感じ取った瞬間に彼は大きなため息をついてしまう。彼の異変に気がついたのか彼女は会話を中断し彼を真剣な瞳で見つめる。

「ねえ、晴樹?」

「・・・ん?あぁ・・・ごめん。それでなんの話しをしていたっけ?」

「・・・今ナニカを感じた?」

「・・・」

彼女もまたナニカに感じを擦られたのか彼の顔を見ているだけだった。彼も彼女はきっと知りたいのだろうと思い気は進まなかったけど口を開く。

「まあね。なんか昼間に作楽が言おうとした事あるじゃん?なんだっけ・・・あの」

続きを言う前に彼女が口を開く。

「そう!視線を感じるってやつ!」

机から彼の顔と彼女の顔が危うくくっついてしまうほどの勢いで顔を近づけて来たものだから彼は驚き机の足で膝を打ってしまう。

「痛い!って、急に顔を近づけてくるなっての!」

「あ、ご、ごめん!つい・・・」

彼女もまた彼の顔に近づいたことで顔を赤面して恥ずかしそうにもじもじ、はしていなかった。そんな甘酸っぱい青春イベントには目向きもせずただ、ただ、深刻そうな表情で俯き彼の言葉を待っているようだった。彼も座り直しコホン、と咳払いし改めて座り直す。

「そう、それ。んで、作楽は一年の子に相談されてるって言ってたでしょ?てか、それ嘘でしょ?」

彼の一言で彼女は驚愕したのか目を見開き彼を見ることしか出来なかった。彼は言葉を続ける。

「分かりやすいなー。その視線を感じてるのって作楽だろ?てか、なんで相談されてるなんて嘘をついたんだよ。素直に私のことって言ってくれればよかったのに」

「そ、そんなこと言えないよ」

「なんで?」

「だって、晴樹ってそう言う不気味な話しをするのって好きじゃあないでしょ?だから誰かの楽み・・・例えば後輩の頼みとしてって相談すれば何かしら助言をくれるかなって思って・・・」

するといつもは穏やかな彼もトンと少し強めに彼女の両頬を両手で挟む。彼女はタコのような間抜けな口になる。彼はそれでも笑うことなく真剣な表情で彼女に言葉を向ける。

「馬鹿か?確かにそう言った話しをされるのは避けるよ?だけどな?作楽が困ってるんだったら関係ないんだよ!作楽が困ってるんだったら助けたい。それが親友って奴だろ!?」

いつもの彼とは違い真剣な眼差しは一段と男らしく見えてしまう。彼女の体温が徐々に上がり心拍数が上がっていくのはなんら自然なことだった。

「わばった」

「わばった?」

「くぢ」

「あぁ・・・」

彼は彼女の挟んでいた頬を解放し改めて座っていた場所へと戻る。強く挟みすぎたのか彼女の頬、顔が少し赤くなっているような気がする。

「ちょっと頬を挟むのはやり過ぎたかも。ごめん。でも、タコだったよ」

「女子に向かってタコだってオカシイでしょ!」

「ははっ」

彼女は両頬を両手で擦るように動かし改めて彼の方へと視線を向け、口を開く。

「ちょっと困ってることがあって。嫌だと思うけど力を貸して欲しいの」

そう言う彼女に向け彼はため息をつき微笑みながら口を開く。

作楽(ともだち)のためだったら嫌なことなんて無いよ」

作楽は咄嗟に彼の笑顔から視線をそらしてしまう。機敏に顔を動かすものだから晴樹は彼女の顔を見ながらケタケタと声を出して笑いだす。作楽も晴樹同様に自分の動きを思い返してしまい笑いだしてしまう。お互いに少しの間笑いあい落ち着いてきたのか晴樹が深呼吸をし終わり作楽を見てくる。いつになく真剣な表情。彼は人の相談を受ける時はいつもこの表情をする。まっすぐ相談相手の目を見つめまるで心の中を見られているようなそんな視線。それだけこう言った類の話しは真剣に聞く必要があるのだろう。自然と彼女も真剣な表情へと変わっていく。

「それで、視線って言うのはいつぐらいから感じるようになったの?」

「えっと、最近だよ?最初はなんとなく見られている?みたいな感じだったの。でも、その視線は学校の時だけで、まあ気にすることないかな?って思ってたの。だって、学校で視線を感じるなんてあれだけ人が多いんだもん。たまにはそう言うのもあるのかなって思ってたんだ。それに大体は気のせいだし。だけど、日に日に視線が強くなっている気がして」

「強くなっている・・・か」

「うん。学校の帰り道や家の中・・・部屋の中でも視線を感じるようになったの」

話しているうちに恐怖が蘇ってきたのか彼女は小さく震えて始める、が震えを我慢するかのように両腕を掴み必死に力を入れている。彼は彼女のその姿を見て怒りを覚えてしまう。その視線を向けている相手にもだけれど、なにより自分自身に怒りを覚えていた。こんなに恐怖を覚えるまで彼女を助けることは出来なかった自分がたまらなく無力であり滑稽に感じてしまう。結果論に過ぎないのは分かっていることだけど、気を使って彼女の異変に気がつくべきだった、と。

「ごめんね」

「えっ」

思いもしない彼の言葉に彼女は困惑してしまう。ふと顔をあげると彼もまた悲痛な表情で彼女を見ていた。たまらなく悔しがっているんだろう、そんな表情に彼女は不謹慎に思いつつ頬笑みをかけてしまう。単純に自分の事を心の底から思ってくれている、そんな事が分かった気がしたから。彼女は首を振り口を開く。

「そんなことない。ちゃんと今、助けようとしてくれてるんだもん。嬉しいよ」

「・・・」

彼女は彼の作った握り拳に手をやろうとした瞬間、勢いよく部屋のドアが開く。咄嗟の出来事に作楽はもちろん晴樹も驚愕してしまい体が一瞬固まってしまう。ドアの方へと視線を向けると、なんでもない作楽のお母さんが、しまった!、と言う表情で二人を見ていた。すぐに部屋のドアを閉め走り去る音が聞こえてくる。お互いに驚愕し過ぎたせいか未だ思考が上手く働いていなかった、が数分が経った辺りから二人の間に妙な空気が漂ってしまう。何故なら驚愕した時彼女はあまりの驚きに彼の胸に飛び込んでしまい、また、彼も彼女を守るため両腕を左右の手で彼女を掴んでいた。第三者から見ればそれはれっきとした抱擁である。高校生と言う青春まっただ中の男女が抱擁。そんなもの普段意識していなかった分、彼には刺激が強すぎたのだろう。どうしていいのか分からずただ、そのままの体勢で固まるしかなかった。作楽もこの状況は確実に今後、お互いの仲になにか亀裂のようなものが出来かねない、と思い動こうとしたが晴樹が未だ両腕を掴んでいるため上手く抜け出せずにいた。しかし、このままと言う訳にもいかず、早くなっている鼓動、動揺していないように装い口を開く。

「あ、あの・・・晴樹?そ、そろそろ大丈夫・・・だよ?」

「え、あ!?ごめん!」

咄嗟に彼は組んでいた手を離し彼女を解放する。作楽もまた晴樹から離れ乱れた髪を整え俯いてしまう。これが先ほどから気まずい雰囲気になってしまった経緯。しかし、このままジッとハニカンで居ても視線の件が解決する訳もなく彼はこの雰囲気を一掃するために立ちあがる。

「!?」

唐突に立ち上がるものだから彼女は驚きを隠せずに微かに身構えていた、が彼がしたいことが分かったのかすぐに頷く。彼は窓がある方へ歩き開け新鮮な空気を部屋へ招き入れる。平常心を取り戻すためか新鮮な空気を数回吸い高揚した気分を落ち着かせる。彼女もまた新鮮な空気が部屋へ入り込むことによって多少ではあるが落ち着く。しかし、未だに胸の鼓動はいつもより早い。少しずつ落ち着いてきたのか彼は視線を外から部屋へ戻そうとした瞬間に違和感(しせん)を感じた。彼女が言っている視線とはこの事だろうか?

「だけど、これって・・・」

「ん?どうか、した?」

「ん、ああ。なんでもないよ」

そう言いながら窓を閉め先ほど座っていた場所へ戻る、と彼は唐突に口を開く。

「作楽の視線。なんとなく分かったかも」

「えっ!?」

またもや唐突な言葉に彼女は驚きを隠せずにいた。そんな事はお構いなしに彼は言葉を続ける。

「多分だけど作楽はこの視線を霊の仕業だって思ってるでしょ?まあ、僕に相談するぐらいだからそう思っているんだろうけど」

「まぁ・・・」

「まあ、霊ではあるんだけど・・・多分、生き霊だよ」

「生き・・・霊?」

彼はその後、少しだけ躊躇ったような表情をしたが、コクリと遠慮気味に誰に向ける訳でもなく頷き、また彼女を見つめる。

「それも、結構な恨みを持ってる」

「私に・・・?」

彼女は誰かに恨みを売ってしまったのか考え込んでしまう。そもそも、考え込んでいる時点で誰に恨みを売ったかなんて思い出せる訳がない。十人十色。誰がどのような言葉で傷つくかなんて分かるはずがない。意図がある恨みの売り方じゃあない限り彼女がやっていることは無謀に近い事だった。案の定、目の前の彼女も、分からない、なんて表情でこちらを見てくるだけ。彼もまた数回、頷き彼女の方へ視線を向ける。しばらくの間、二人の空間には沈黙が流れ、ふと、思い出したかのように困り顔の作楽に声をかける。

「そう言えば、今は視線を感じる?」

「・・・えっと」

あ、そう言えば。なんて言いたげな口調で彼女は首を左右に振る。

「そっか、とりあえずまだ、視線の事はよく分からないけど、大丈夫」

彼は、大丈夫、そう彼女に告げる、と彼女も彼の言葉に安心したのかうっすらと微笑み安堵しているようだった。時間も時間だったためとりあえず家に帰る事にした。大事を取って見送りをしようとした彼女を制止させ彼は彼女の家から出る。しばらくの間、黙り視線のことを考えていた。今までの経験上、視線を感じてる間はまだ大丈夫なはず。視線ではなく存在を感じた瞬間が一番厄介なのだ。作楽を脅かすような言葉に若干な罪悪感が生まれてしまうけどそれも仕方がない。きっと真実(ほんね)を言ってしまえば、私もついていく、なんて言うに違いない。と言うより絶対に言うだろう。そうなったらそうなったで解決はするのだろうけど生き霊になるとなかなか面倒くさいところもある。ただの霊ならば『私には無理』そう言えばいい。それはどうしようもないことだから。そうすることによって自分の世界(にちじょう)から消してしまえばいい。悪霊となるとまぁ別だけど、そもそも、彼にそんな陰陽師みたいな力は無い。ただ、見えるだけで見えていない人よりも少しだけ経験値(ちしき)があるだけ。ただ、それだけである。寧ろ、悪霊退治みたいな話しを持ちかけられないためにも彼は霊的な話にはあまりかかわらないようにしている。今回は彼がもっとも苦手とする生き霊。そもそも生きている霊なんてあっていいものなのか分からないけど、実際にそうなんだから仕方ない。生き霊つまりは人間の(ストレス)だ。ストレスにも色々とあるけど、生き霊になるのは大体、(マイナス)の心が多い。今回は怒りのような視線を感じとったストレスは、

「まぁ、妬みの類だよなー」

彼は両手で頭を支え空を見上げる。この辺りは霊騒動と言うよりも心のケアに近い。口下手では無いけれど生き霊を消すには無自覚にそれを出している本人と会話をしなければいけない。つまり、相手は霊ではなく人間なのだ。それも、無意識に出しているから始末が悪い。以前にも中学生の時にこの様な生き霊の類のトラブルに巻き込まれたときも彼は面倒くさいことに巻き込まれてしまっていた。

「はぁ・・・でも、一回でも経験しててよかった」

一息つくと家へと歩き向かう。


「行ってきま・・・何で居るの!?」

「そこまで驚くこと!?なんか心配で迎えに来たんだよ」

「・・・そ、そう」

翌日、彼はなんとなく彼女の事が気になり小学校ぶりに彼女を迎えに来ていた。作楽もまたとんでもないものでも見たかのような表情で彼を見つめるだけだったがどこか嬉しそうで照れくさそうな表情をしていた。お互いだけに見せる素直じゃあないところが出てしまっているのか、無言で学校まで向かっている。しばらく歩いていると彼女の方から口を開く。

「な、なんか久々じゃない?こう言う風に一緒に登校するとか」

「だねー。小学校ぶりぐらいじゃない?作楽はいつも部活の朝練とかで早いもん」

「・・・でも、今日は合わせてくれたんだね」

「まあ、解決するまでは心配だし。それに一人じゃあ心細いでしょうが」

「は、晴樹なんか居ても心強くないけどね!」

「あーそうですか」

徐々にお互いいつもの調子を取り戻してきたのか気まずい雰囲気もなくなりつつあった。しばらくはいつも通りに会話をしていたのだけど、作楽がピタッと言葉を飲み込み晴樹の制服の裾を掴んでくる。彼女の周りの雰囲気がなんとなくどんよりと沈んだ気がしたため彼は辺りを見渡す、と若干ではあるけれど視線を感じる。存在は未だ感じはしないため小さく彼女にばれないようにため息をつく。

「大丈夫。薄気味悪いかもしれないけど、悪霊ではないから。あくまでちょっと恨み色が入った視線だから」

「そ、それって全然大丈夫じゃあなくない?ちょっとでも恨みがある視線って怖いよ!」

「でも、実態はない訳だからまず、大丈夫だって」

「そ、そうなの?」

彼の発言、表情に少し安心したのか掴んでいた裾を離し歩き出す。学校に向かうまで二人の会話は無くなり沈黙のまま学校へと着く。薄気味悪い視線があると言うのに朝練を欠かさないところが流石と言うところだ、なんて思いつつ彼女を見送りいつもより一時間以上早く教室へと着いてしまう。どうせ、自分が一番だろう、なんて思い教室のドアを開けると、ジッと校庭を見ている女子が立っていた。彼が開けたドアの音も耳に入っていないのかただ、ただ、ジッと校庭を眺めていた。流石にクラスメイトに無視をする訳もいかず彼は彼女に声をかける。

「桜井さん早いね。おはよう」

「えっ!」

「!?」

あまりにも驚愕するものだから同じように彼もまた驚いてしまう。彼女はあたふたした様子で挨拶を済ませると教室を後にしてしまう。

「トイレでも行きたかったのかな?」

てんで的外れな事を口にしながら彼は机にカバンをかけ窓の(こうてい)へ視線を向ける、と作楽やその他の人々がせっせと朝練をしている。

「朝からよくこんなに動けるよなー」

彼はそのまましばらくなにも考えずボーっと校庭を見ていると続々とクラスメイト達が教室へと入って来たため自分の席へ座り近くの友人たちと会話をし始める。念のためになにか視線のようなものを感じないか?と質問をしてみるが誰も口を揃えて、そんなことはない、と言われてしまうだけ。猛者になると、寧ろ誰かに見られてるってことは意識されてるってことだから羨ましい、なんて言う友人もいた。通常に授業を受け念には念をと思い昼ご飯も彼女と一緒に食べようと誘いに行ったが、流石にそこまでしなくてもいい、なんて赤ら顔で言われてしまったため他の男子と食べようとしたけれど仲の良い男子は食堂に行ってしまっていたため仕方がなく一人、屋上で食べることになってしまった。カツカツと階段を上りドアを開けると桜井さんが校庭の方へと視線を向けていた。校庭になにか気になるものでもあるのだろうか?彼も校庭へ視線を向けてみてもなんら変わったところは無く、ただ、男子が楽しそうに昼休みを満喫している姿があるぐらいだった。視線を校庭から彼女へ戻すと彼女も同じように彼の視線を感じたのかこちらへ視線を向けてくる。

「こ、こんちは。今日は作楽とかとご飯たべないんだ?」

「あ、うん・・・ちょっと・・・じゃあ」

そう言うと彼女は弁当包みを持ち屋上を去ってしまう。

ニコリと頬笑みを向けた場所には誰も居なくなり彼は少し切なくなってしまう。

「もしかして、僕って嫌われてるのかな・・・」

センチメンタルな気持ちを抑えつつ寂しい一人ご飯を食べ終わり一息つこうと視線をもう一度下げてみると体育館近くで彼女がジッと校庭を見ている姿が目に映る。もう一度視線を向けると男子に混ざり数人の女子たちも混ざり楽しそうにサッカーをしているその中に作楽の姿もあった。

「・・・もしかして」

なんとなく彼はある事に気がついた。確信を得るために申し訳ないと思いつつ放課後の間、桜井を監視することにした。すると、彼の感は幸か不幸か当たってしまう。できればそうで欲しくなかったのだけど、なんてな事を思いつつ放課後を迎える。学校で話しをすれば良かったのだろうけれど、タイミングを窺うばかりで口に出すことが出来なかったのもあるが、もう一つ確かめたい事もあったため桜井に声をかけずにいた。

「それにしても、部活が終わるまで待ってくれてるとはね~」

妙に嬉しそうに作楽は空を仰ぎながら言葉を繋いでいく。

「まあ、ちょっと聞きたい事があってね」

「聞きたいこと?」

「うん」

彼女は笑いながら問うてきたのですぐに本題へと進む。

「桜井さんと作楽って仲良いよね?」

「もちろん!恋愛相談とか・・・まあ、色々と話しが出来る仲だよ!!」

「?・・・そうなんだ。でも、最近は一緒に居るところ見たことないんだけど」

「んー。年がら年中一緒に居るってことはないからねー。お互いに色々と忙しい訳だし。桜井っちも忙しいんでしょ」

「・・・なるほどね」

「え?それが聞きたかったこと?」

「いや、なんでもない。分かったよ。ありがとう」

「?どういたしまして!」

彼女は機嫌が良かったのかその後は今朝とは違い元気よくいつも通りに会話をしながら家まで送り空を仰ぎいつもより深く息を吸い吐き出す。

「よし!」

彼は携帯電話を取りだしある人物へと連絡を取る。運良く連絡を取ることができ、すぐに会える約束まで取り付ける。彼自身はあまりこう言った交流が苦手だと言っているが周りから見たらそうじゃあない。意外と誰とも気さくに会話ができる人間である。待ち合わせ場所でもある公園へと歩き向かう。到着した頃には人気もなく、いや、人はいるけれど大体がカップルであり目のやり場に困ってしまう。と言ってもただ、手を繋いで話をしていたりと健全な人達なのだけど、彼には手を繋ぐ、と言う行為自体を体験したことがないため恥ずかしくつい視線をそらしてしまう。

「やっぱ公園ってまずかったかな・・・ははっ・・・」

後悔をしたところでどうにもならないことは分かっているため彼は待ち合わせ目印でもある遊具辺りに立ち約束者が来るのを待つ。急な呼び出しだったためか、しばらくの間待ちぼうけを食ってしまう、が急に呼んでわざわざ来てくれるというのだからこのぐらい待ってもお釣りが返ってくる。空を見上げ待っているとゆっくり、ゆっくりと空が茜色から銀色へと変わっていく。なぜ、人を待つという事をする時にいつもの一分と違い長く感じてしまうのだろう。本を読みながら待っていればそんな事を感じる必要なないのだろうけど生憎そう言った娯楽を持ち合わせていない。携帯でも触っていればいいのかもしれないけど、電池の残量が少ないため、考え抜いた結果、星を見て待つ、と言うロマンティックな方法で待っている。きっと作楽が聞いたら大爆笑されてしまうだろう。すると、ザクザクと少し小走りで彼の方へ向かってくる足音が聞こえてくる。走音が聞こえたのか彼も音がする方へと視線を向ける、と約束した相手が息を切らせながらやってくる。

「ごめんね!遅くなっちゃって!」

「いや!僕こそ急に呼び出してごめんね!」

「あ、うん・・・えっと・・・それで?私に用事ってなに?」

「えっと・・・」

「?」

待ち合わせた彼女は学校で会う時よりも断然に可愛くなっており女子が私服になるとここまで変化してしまうのか、なんて失礼なことを心の中で思ってしまう。街頭で照らされた彼女はいつも以上に大人っぽく見えてしまう。

「あ、えっと・・・急にこんな事を言ってごめんね」

彼はこの後に言う言葉にきっと不快な思いをしてしまうだろうと思い先につい謝ってしまう。そしてそのまま言葉を続ける。

「桜井さんって作楽になにか不満でも持ってない?」

普段なら絶対に仲の良い人間でもあまり触れない場所へと足を踏み入れる。彼女は怒っているのか驚いているのかただ、少しだけ目を見開き彼を見つめるだけだった。きっと時間にしたら数分の間、沈黙が二人を包む。彼はこの数分がとても長く感じてしまう。連絡先は知っているからと言ってそこまで親しいということでもない。彼女とは仲が悪い訳でもなく良い訳でもない。ただの顔見知り(クラスメイト)。そんな二人が向かいあって沈黙しているだけの時間ほど長く感じることはないだろう。彼女も彼に対してなにかを思っている事だろう。先ほどから何やらそわそわと彼の次の言葉を待っているようだった、が彼もまた彼女の言葉を待っていた。二人の思考が変な方向へ向かいあっているせいかこの様に沈黙が続いている。しかし、この間も作楽は視線の不快感に脅えているのだろう。そんな事をふと思い出したのか彼が先に口を開く。

「急に変な事を言ってごめんね」

彼はこの後の言葉を彼女に向けることに一瞬戸惑ってしまう。きっとこの事を言ってしまえばまた変人扱いされてしまうだろう、が彼はグッとその弱気な気持ちを奥歯ですり潰し彼女の瞳を見つめ、

「桜井さんの恨み(ストレス)が作楽に生き霊として監視(みて)るんだ」

「・・・生き・・・霊?ごめん、確かに晴樹くんは霊感が強いってのは知ってるけど、流石に訳が分からないんだけど・・・」

当然と言えば当然の反応。分かりきっていた。誰だってそこまで仲の良い訳でもないクラスメイトから、誰かに不満を持っていないか?、自分のストレスが生き霊となって他人に迷惑をかけている、なんて言われたら、彼は一体何を言っているのだろう?なんて不信感を抱く視線を送ってくるに決まっている。だからと言って彼も彼女を馬鹿にしようとしてはいない。真剣に真実を言っている。彼女もまた、彼が嘘を言うような人間だと思っていないし実際に作楽の事を快く思っていないことを当てられた。急に莫大な情報(ことば)を向けられてしまったせいか彼女の頭の中も少し複雑(パニック)になってしまう。

「確かに僕は桜井さんに嘘のような話をしているように聞こえるんだけど本当のことなんだ」

「晴樹君が嘘を言っているなんて思ってないよ?だけど、ちょっと生き霊とか言われて訳が分からなくなっちゃってただけ」

彼女は苦笑いをしつつ彼を見なおす。

「でも、私って霊感なんて全然ないのに生き霊なんて出せるの?なんだか怖い・・・」

「急に生き霊とか言ってごめん!生き霊って言っても別におぞましい存在ってことじゃあないんだ。確かに憎悪がある生き霊もあるけど桜井さんが無意識に向けている霊はそこまでじゃあない。それに生き霊なんて誰でも出せることが多いんだ。んー・・・えっと一番分かりやすく言えば好きな人が夢に出てきたりするでしょ?あれも実は自分の夢に出てきている訳じゃあなくて無意識に意識(きもち)が霊となってその思い人の意識に入っていることなんだ。大体の人はそれを夢だと錯覚してしまうんだけどね」

「えっ!?夢じゃあなくてそう言うのも無意識に出てる生き霊がしているってことなの!?じゃあ、夢ってなんなの!?」

彼女の意識は彼が求める本題とは少しずれた道を歩もうとしていたため彼は曖昧に質問に答え本題の方へとすぐさまハンドルを元の道へと戻す。

「ちょっとずれちゃったけど桜井さんって作楽と仲良いよね?けど、どうして・・・」

彼はその後の言葉を彼女に向けるべきか悩んでしまう。それを言ったところで根本的に解決するのだろうか?ここになって彼の無計画さが浮き彫りになってきてしまう。霊よりも生きている人間の対応の方が数千倍大変だと分かっていたのに彼は今さら悩んでしまっていた、が彼女はクスリと微笑み空を仰ぐ。

「仲がいいからだよ・・・。仲がいいからこそ色々と見えちゃって嫌になっちゃうんだ。作楽ちゃんって凄く可愛いでしょ?優しいし、背も高いし、勉強もできるし、友達も沢山いるし・・・なんでもできちゃうでしょ?」

「・・・そうかな?」

「クスッ・・・やっぱり晴樹君にはそう見えないのかな。でもね、私の好きな人が作楽ちゃんに告白してたところを見ちゃったの」

「・・・」

「いや!確かに傷ついたよ?だけど、作楽ちゃんは優しいしモテるのは必然だと思ってたし集くんも作楽ちゃんの事が好きだってなんとなく分かってたの・・・けどね・・・」

グッと彼女は手を握り力を込める。

「作楽ちゃんは私の事を気づかって断ったの。集くんにはもっとお似合いの人がいるよって・・・例えば・・・桜井っち(わたし)とか?って言ったの・・・」

「・・・なに言ってんだよアイツ」

「でも、作楽ちゃんは悪気があった訳じゃあないって分かってる。寧ろ私の事を思って言ってくれたってのもすごく分かってるよ。だけど、どうしてそこで私の名前を出したんだろうってずっと思ってて・・・。多分、心当たりがあるとすればそれ・・・だと思う。ごめんなさい」

「いやいや!僕こそ最初、責めるような言い方をしてごめんなさい。てか、確実に作楽が悪いだろ、これ」

「んーん。作楽ちゃんは悪気がなかったんだもん。よかれと思って言ってくれたことだから・・・」

視線の中に憎悪(ストレス)と一緒に罪悪感のような視線も混じっていたのはこのせいかと納得する、と共に彼は思った事を言葉にしてしまっていた。

「確かに悪気がない事をされても怒りと言うかモヤモヤをどこにぶつけたらいいのか分からないかもしれないけど、でも、ずっと友達でいるなら言った方がいいと思う。悪気がないってだけで桜井さんにとってそれは悪い事をされている事には変わりないんだから。悪気がなくても人によっては悪そのものなんだから。って偉そうに言えた事ではないけど・・・ハハッ」

「んーん。ありがとう。ずっとなんだかモヤモヤしてて・・・誰かに話しを聞いてもらうだけですっごく楽になるもんだね!」

「僕はなにもしていないよ。それに・・・ごめんなさい」

彼は心の底から彼女に謝罪をする。作楽が被害者だとばかり思っていた、が彼の予想はまるっきり外れていた。むしろ、コレは桜井さんが被害者であった気がしてならない。きっと作楽がもう少し彼女の気持ちを考えてあげれたならばこの怪奇な出来事は先ず起きなかっただろう。片方の意見だけ聞き動いた結果がこのありさま。後味がとても悪い結果となり彼は自然と当然のように彼女に深々と頭を下げ謝罪をしていた。気にしなくていいよ!頭をあげてよ!、なんて言いながら声をかけてくれる。自分の不甲斐なさに彼女に見せられる顔なんて無い。そう思っていると彼女はまた、口を開いてくる。

「私ね、話してみるよ。晴樹君が言ってくれたように、これから長く付き合って行くのに我慢して友達として付き合って行くなんて辛いもん。作楽ちゃんは私の大切な友達だから・・・うん。言ってみる。気持ちはありがたいけど、そう言うのはやめてほしいって!ありがとうね!」

「・・・」

彼は精一杯自分の罪悪感を彼女にばれないように微笑むことしか出来なかった。彼女は携帯を耳に当てると作楽とあとで会う約束を取り付けていた。電話が終わり彼女は改めてこちらを見てくる。

「緊張するけど、頑張ってみるね!晴樹君ありがとう!」

「あ、いや。傷つけてごめん」

「ん?私、晴樹君に傷つけられていないけど?・・・ってもう少しで作楽ちゃん家に行かなきゃいけない時間だから行くね!また学校でねっ!」

そう言うと彼女は笑顔を向け家へと帰っていく。彼はただ、ただ、その後ろ姿を見送ることしか出来なかった。彼の姿は、とんでもなく情けなくて、格好悪かった。しばらくの間、彼はその場から動くことが出来ずにいた、がポケットに入れていた携帯が震える。作楽からであった。何故か一瞬、着信を取るか悩んでしまったが取り電話を耳に当てる。

「もしもし?・・・えっと、ありがとうね。桜井っちから聞いたよ。色々と私の不注意のせいでこうなってごめんね」

「桜井さんは?」

「もう家に帰ったよ。ちゃんと、許してくれた・・・って言うか最初から怒っては居なかったみたい」

「って!」

「分かってる!それでもちゃんと謝ったから。今回は完璧に私が悪いんだし」

「・・・ってごめん。僕も作楽を責められないな。少しでも被害者である桜井さんを疑ってしまった訳だし・・・ごめん」

「ふふっ・・・」

電話越しで作楽が笑う声が聞こえてくる。

「なんだよ」

「いや。桜井っちが言った通りだなって思って」

「どう言うこと?きっと晴樹が謝罪してくるはずだからその時は、この言葉を言ってくれって言われたから言うね」

そう言うと電話越しで小さな咳ばらいが聞こえたと思うと作楽の声が改めて聞こえてくる。

「私は、本当に怒ってないから気にしないでね。晴樹君のおかげで作楽ちゃんともより一層に仲良くなれたんだから次会った時は謝らないでね!次、謝ったらそれこそ許さないよ!・・・だって」

「・・・」

あまりにも優しい彼女の言葉に彼は言葉を失ってしまう。

「そっか・・・なんか、桜井って大人と言うか・・・優しすぎるな」

「うん。だから、桜井っちが困ったことがあったら絶対に助けてあげよ!主に恋愛がらみで!」

「お前、全然反省してないでしょ」

しばらく作楽と電話をした後に桜井に一通のメールを打ち送る、とすぐに返信が返ってくる。

【その時はよろしくお願いします(笑)】

携帯をポケットに入れ彼は深くなった銀色に染まった夜空を見上げ一言力強く言葉を吐く。

「約束するよ」

誰に言う訳でもなく自分に言い聞かせるように、キラキラと光る星空に向かって約束(せんげん)するように、言葉を放ち公園を後にする。

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