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65年前の約束編

「ジングルベール、ジングルベール」

横歩く花さんはいつものテンションよりも高く鼻歌なんかを歌いながら街並を見渡している。改めて通行人を見ていると結構な確率でカップルが通り過ぎて行く。みんな手なんか握ったりして楽しそうにしている。周りから見たら僕たちも同じようにカップルなんて見られているのだろうか。いや、カップルだったら今、隣を通り過ぎた人達みたいに手をつないだりしてるんだろう。僕たちは手をつなげる距離で歩いているにもかかわらず手をつなげていない。付き合ってもいないのだから手を繋いで歩くことが変だと言うことも重々に分かっている。だけど、この数センチの距離が僕はもの凄く遠く感じてしまう。

「ん?どうかしたの?」

「あ、いや・・・寒いなーって」

「あははっ。さっきも聞いたよー」

「そ、そうですよね・・・ははっ」

ぎこちない笑顔をなんとかつくり笑う。自分でも作り笑いだと分かってしまうぐらい笑顔が強張っているに違いない、が彼女はにこりと微笑みながら歩きだす。しばらく歩くとある一件のケーキ屋に到着する。そこはこの時期には珍しきお客がちらほらとしかいなかった。単に人気がないだけだろうか?不思議に店の外装を見ているとクスリと笑い声が聞こえてくる。

「ふふっ。驚いてるね。でも、大丈夫!ここのケーキは三ツ星レストラン以上に美味しいものばかりだから!」

「あ、いや。そんな事は・・・」

「隠さなくてもいーいー!よっし。入ろうっか!」

そう言うと彼女は一歩前へと足を出しケーキ屋のドアを開けると同時に甘い香りが後ろに居た僕にまで漂ってくる。ふんわりとした甘く優しい匂いはどこか懐かしさもあった。しかし、ケーキ屋とは名ばかりで並んでいるのは全て小麦色に焼かれているパンばかり。それはそれでとても美味しそうだったのだけどどう見てもパン(これ)がケーキには到底見えるはずもなくまたまたたじろいでいるとクスリと笑う声がまたもや聞こえてくる。

「ホント晴樹くんって予想通りの反応ばかりしてくれるね!」

「か、からかってるんですか?!」

「どうでしょうねー」

そう言うと彼女は店内に響き渡る声で、おじさーん、と声を出す。しばらくすると優しそうなおばさんが奥から出てくる。外見からして50歳ぐらいの優しそうな人だった。花さんは手を振りながらその女性に挨拶を済ませる、とその女性がちらりとこちらを見てきたので軽く会釈をする。

「あらら!はじめてじゃない?!花ちゃんがお友達をここに連れてきてくれたのって」

「・・・お友達」

お友達、で当たっている。当たっているけれど口に出されるとちょっとだけ、ほんのちょっとだけ傷ついてしまう。彼氏さん?!、なんて言葉を心の片隅で期待していたからかもしれない。

「晴樹くん!ここのお店の奥さん!」

手招きをしてくると素早く僕は彼女の横に立ち頭を下げると目の前の女性は、あらあら、なんてお茶目な笑顔で笑いかけてくる。

「そうだ!もう少しでお店閉めるから、夜ご飯でも食べて行きなさいよ!お父さんも喜ぶわー」

「えっ!?良いんですか!やったー!晴樹くん!やったね!」

「あ、はい。急にすいません」

「若い子なのにしっかりしてるわー。じゃあ、先に上がっててね」

そう言うと女性はどこかへと行ってしまう。花さんは僕の気まずさも知らずに、ラッキーなんて呟きながら笑っている。花さんももう少し僕に気を使ってくれてもいいものだと思ってしまう。流石に花さんと一緒だからと言って今日来たお店の人の家で夜ご飯を頂くなんて嬉しいけど気まずいにもほどがある。と言っても人のご厚意を無下にするほど子供じゃあない。頭の中をなんとか切り変えようと努力をする。

「おばさんの料理って三ツ星レストラン顔負けだからたのしみー」

「花さんって最近三ツ星レストランって連呼してますけど、それって星がついている所に連れてけって事です?花さんって以前に三ツ星レストランなんて高級店なんかに行ったことないって言ってましたよね」

「そ、そんなことないよ!それに、晴樹くんなんかに連れていってもらう筋合いないし!」

焦りながらも彼女はとんでもない言葉ぼうりょくを悪気なくぶつけまくる。○○なんかに、筋合いない、この二つの単語は彼にとっては大打撃となり精神は目にも当てられないほどだった。

「晴樹くん?大丈夫顔色が悪いけど?」

「は、ははっ。大丈夫ですよ。それよりご飯楽しみですねー」

「うん!お返しとはいかないかもだけどちゃんとケーキの注文をしないとね」

そう言われメンタル面の傷は無視をして抱いていた疑問を彼女にぶつけてみる。

「そう言えば、ここってパン屋さんですよね?なのにどうしてケーキを予約なんです?」

すると彼女は少しだけ昔を思い出したのか遠くを見ているようだった。

「ここってね。おじいちゃんとの思い出の場所なの」

「お爺さんですか?」

「うん。思い出の場所」

そう言う花さんはどこか儚く昔の思い出を眺めているような表情をしながらうっすらと微笑んでいた。初めて見る花さんの表情に少しだけ距離を感じてしまう。どうしてそんな気持ちになったのかは彼自身も分からずにいた。ただ、普段の自分ならばきっと見蕩れていたはずなのに何故か視線を逸らしてしまう。なにかまずいことでも聞いてしまったのか、と後悔をしているとこちらを向くなりいつもと変わらない笑顔をこちらに向けてくる。

「昔、ここでよくケーキを買ってたんだ。私の家ね?両親ともと働いててクリスマスもよく仕事で家に居なかったんだ。そこでいつもショートケーキが冷蔵庫にラップで包まられててね・・・それを一人で食べてたの。そうしたらね?急にインターフォンが鳴って玄関のドアを開けるとそこにはサンタさんが立ってたの」

「サンタさんがですか?!」

「うん」

「商店街のはがき当選でサンタさんが来るみたいなイベントがあって私が何気なく出してたの。私はすっかりその事を忘れていたんだけどね」

「なるほど」

ふふふ、とその場面を思いだしているのだろうか?クスリと優しく微笑む。

「でもね。そのサンタさんは真っ白な髭もなければ白い大袋も持ってなかったの。ただの上下赤い服を着たおじいちゃんだったの」

「・・・下手したらその人ただの変質者ですよね」

「ふふ。確かにそうかもね。だけど、なにも付けずに来たからここのお店のおじいちゃんだってすぐに分かっちゃったの」

「あらら・・・」

「でも、凄く嬉しかったの。初めて一人じゃないクリスマスだったから」

「・・・」

「それでね・・・」

「花ちゃーん!ちょっと手を貸してもらっていい?」

「あ、はーい!」

またあとでね、なんて言う意味も込めてか花さんは僕の方をポンと叩き奥の部屋へと歩いて行く。おじいちゃんと言っていたから親族の方かと思っていたけれど違ったらしい。自分の早とちりに苦笑いが自然と出てしまう。しばらくその場で立ちながら頭をかいているとのそりと奥から年齢の割にはガッチリとした強面の男性が歩き出てくる。本能がすぐさま会釈をするという選択に行き着き実行する。すると強面の男性も軽く会釈を済ませると外へ行き看板をお店に入れ始める。特にする事もなかった僕はどうしてかその男性に声をかけてしまう。

「あ、あの。僕もお手伝いします」

「・・・そうか。すまんな」

「全然です!」

妙に背筋がピンと垂直になってしまう。この年になってここまで緊張する人物に出会えたことが久々だったせいかちょっぴり可笑しくなり微笑んでしまうと看板の鎖をはずしていた男性がぎろりとこちらを見てくる。不快な思いをさせてしまっただろうか。確かに、なにも面白いことが無いのに微笑んでいるなんて印象が悪いかもしれない。第一印象から失敗してしまったと思っている、と

「君。花の彼氏か?」

「へ?」

てっきり、なに笑っているんだ?馬鹿にしているのか?、なんてな事を言われてしまうものだと思い謝罪の用意までしていたためあまりにも思ってもいない言葉につい変な声が頭の上から出てしまった。

「あ、いえ・・・僕は・・・ただの・・・お友達・・・です」

誰かから言われても傷ついていたけど自分で言う方がより一層なんて言うかみじめに思えてしまう。本当の事だからそんな事を思う必要なんて無いのだけれど、冬のせいか余計に心が傷つきやすくなっているのかもしれない。そうに違いない、なんて自分に言い聞かせる。

「そうか。でも、好きなんだろう・・・」

「えっと・・・はい」

「だったら、思っている事は伝えた方が良いぞ。いつ何時その気持ちが相手に伝えられなくなる、かもしれないんだぞ」

表情こそ固く厳しそうな表情をしているけどその言葉には、暖かさ、優しさそして・・・どこか悲しさが混ざっているように感じた。僕もどうして初対面の人にここまで言ってしまったのか不思議なぐらい口からスラスラと本音(きもち)を言うことが出来た。

「でも、もしも花さんにフラれたら今までの関係が崩れてしまいそうで・・・怖くて」

「お前たちは、付き合う、付き合わないと言う答えを出しただけで壊れてしまう関係なのか?」

「・・・」

その言葉に今まで自分自身に言ってきた言葉、全てがただの、逃げ、だったと言うことに気づかされる。そうだった。確かに断られて最初の方は気まずかったりぎこちない会話になってしまうかもしれない。ただ、自己満足に自分の気持ちを花さんに向けたところで迷惑かも知れない。だけど、それ以上に僕と花さんは、断られた、ぐらいで関係が崩れるほど軟な関係じゃあない・・・はず。

「で、でも、もしも・・・気持ちを伝えても壊れない関係だと思っているのが僕だけだった場合はどうしたら・・・」

「なんの気持ち?」

「はっ?!」

振り向くとそこには花さんとおばさんが不思議そうな表情でこちらを見ていた。辺りを見渡しても先ほど居た気難しそうな男性はどこにも見当たらなかった。すると、横に立っていたおばさんが笑いながらこちらを見てくる。

「花ちゃんのお友達!悪いね!わざわざ看板を片付けてもらっちゃって!あとはおばさんがやるから奥に行って手を洗ってきなさいね!ほら!花ちゃんは案内してあげて!」

「あ、はーい!晴樹くんっ!こっちだよ!」

「えっと・・・はい」

そう言うと僕は花さんに導かれるようにお店の奥へと入っていく。

「よいっしょっと・・・あら?そう言えばあの子・・・どうして看板の鎖の取る方法知っていたのかしら?」



お店の外見はいかにも洋風、と言う感じだったのだけど奥に進むにつれて古風と言うか昔ながらの雰囲気が残っている印象を受けた。意外にこう言った家づくりを見たことが無かったため物珍しく見ていたのだろう、クスリと花さんが微笑んでくる。

「ふふっ。そんなに珍しい?」

「あ、えっと。はい。なんか珍しいですよね。外装は洋式っぽいのに内装は和式ってなかなか珍しいですよね」

「そうだねー。確かに珍し作りではあるけど洋式にも畳の部屋があるでしょ?それと一緒で畳の部屋が広いか広くないかの違いだよ!だから、何ら変わりないよ」

「は、はぁ・・・」

花さんは上機嫌に話しをしているけど、その例えがいまいち僕にはピンとくることなく笑って済ませるしかなかった。たまに花さんは分かっていないのに分かっている雰囲気を出すのでお客さんに笑われてしまうことがある。しかも、花さんは愛想笑いだと気が付いていないのがなんと言うか、かわいそう、と言うかなんと言うか・・・。悪い人ではないんだけど。

「どうかしたの?」

「あ、いえ!いつもより花さん二割増しで機嫌がいいなーって思って」

そう言うとニコリと微笑み元気よく頷いてくる。言わなくても分かる。きっとこの家に来れたことがとてもうれしいのだろう。つい、つられて微笑んでしまう。花さんの後ろについて歩いていると洗面台へと着く。

「手を洗ったらさっき通り過ぎちゃったけど大きな松が描かれてる襖の所にテレビとかあるから先に行ってて。私はおばさんの手伝いをしてくるから!きっとおじちゃんもそこに居ると思うから」

「わざわざ案内ありがとうございました」

いえいえ、と手を振りながら彼女は歩いてきた廊下を戻りおばさんが片づけをしている場所まで戻っていく。手を洗いながらふと先ほどの事を思い出す。

「告白・・・か」

自分でも情けない声が顎の下辺りから出ては消える。けれど、どうしてもこの事になるとあまりプラス思考で考えることが出来ずにいる。もしもフラれてしまったら、と思うとなかなか一歩が踏み出せない。おじさんが言っていたけど、一歩踏み出したいけどこの距離感も嫌いではない。

「だからと言ってこのままの距離でずっとって訳にもいかないよなー」

蛇口をひねりドバドバと流れていた水道水を止め近くにかけられていた商店街の粗品で配られるタオルで手を拭き松の描かれている襖まで歩いて行く。徐々に近づいて行くとテレビの音だろうか?人の話し声が聞こえてくる。人様の家なのだから礼儀として挨拶をして襖を開ける、とそこには優しそうなおじさんが淡い青色の鳥が描かれている徳利を持ち今まさにお猪口にお酒を入れようとしているところだった。視線が合い会釈をするとニコリと微笑み、どうぞ、と言わんばかりに手を床へ向けてくる。先ほどの頑固そうなおじさんとはうって変わり優しそうなおじさんだった。

「失礼します」

「うん、うん。若いのにちゃんと礼儀も分かってるな。でも、そこまで固くならなくても大丈夫だぞ。ははっ」

お酒が入っているせいか呂律が少し場かり定まっていない様にも見える。

「急にお邪魔してしまってすいません」

「いやいや!花ちゃんとそのお友達が来たとなると上がってもらわないとな!ははっ!とりあえず一杯どうだい?」

「えっと・・・」

「ほれ!若者が遠慮なんてよくないぞ」

「い、頂きます」

おじさんは愉快に笑い二つあったお猪口の1つを手渡すとトクトクと景気よくついでくる。

「おっとっと!」

「ほれ!一気にクッと飲んでみ!美味しいぞー!!」

「頂きます・・・くおっ!」

喉、鼻、目、色々なところがお酒を飲んだ途端にカッと猛烈に熱くなる。その仕草を見るなりおじさんはより一層に大声で笑いだす。

「本当に一度に全部飲むとは思わなかった!すまん!すまん!」

「ごほっ・・・い、いえ」

コタツに入ると何故かどっと疲れが襲ってくる。花さんと一緒に過ごして浮かれていたせいか一日中、歩きまわっていたことを思いだす。コタツに入り一息ついたせいか疲れと言うものを思いだしてしまう。おしりから根が生えてしまったかと思うぐらいにその場から動きたくなくなってしまう。

「やっぱり冬はコタツに日本酒ですね」

お猪口いっぱいのお酒を飲んだせいかついつい思ったがすぐに言葉として出てしまう。

「ははっ。若いのにおっさんみたいな事を言うんだなー。っておっさんのワシに言われてもあれか。ははっ」

「いえ!全然お若いですよ!」

「そ、そうか!?いやー!お世辞でも嬉しいな!ほれ!もう一杯どうだ?」

「あ、頂きます!」

そう言うと使われていなかったお猪口を渡されトクトクと景気よく継がれ、お返しにと徳利を持ちおじさんにも継ぎ足す。こう言うことは大学に滞在中に学んだ事なので自然と体が動いてしまう。その行動に驚きつつもおじさんも好意を受け取ってくれお酒を注がせてくれる。

「いやー。最近の若者は礼儀がよく出来てるな。出来ていないのは中年層だな」

愚痴のような言葉をポロポロと吐き出す。どうしていいのか分からずたまに頷く事ぐらいしか出来ずにいた。

「それにしても花ちゃんが男の子をねー」

そう言うと優しい視線でこちらを見てくる。おじさんにそんな視線を向けられたことが初めてだったためどう反応していいのか分からず数回頭を下げていると襖がトンと音を立て開く。自然と音がする方へと視線が向いてしまいそこにはお盆を持った花さん、おばさんが会話をしながら入ってくる。

「おじさん!お久しぶり!」

お盆をコタツの上へと置き挨拶をするとおじさんも、よく来たなー、なんて親戚のおじさんが言いそうなテンションで挨拶を返していた。なんだかその光景が微笑ましく、花さんがここまで親しくしている人を見るのが初めてで新鮮でもあった。いつもどこか彼女は誰かと話しをする時は壁を作っているように感じていた。こう言う風に素直な表情を出させるこのご夫婦は人間的にも素晴らしい人なんだろう。三人の会話を微笑ましく見ていると花さんがこちら向きトコトコと隣へと座ってくる。

「どうしたの?なにか幸せに感じるものでも見えていた?」

「え?」

「ふふっ。なんだか幸せそうな表情をしていたから」

楽しそうな貴方を見ていたからですよ、なんてな事を言えるはずもなくただ、誤魔化しに笑うしかなかった。お盆に乗っていたおかずをおばさんが並べだす、と花さんも手伝い始めたので僕も手伝おうと思い立ち上がろうとするとおばさんに止められる。

「お客さんなんだからいいの!いいの!座ってお父さんの相手をしていてね。なんだかいつも以上にお父さんってば嬉しそう」

「ははっ!なんか息子が出来たみたいでなっ!」

肩をバンバンと叩かれてしまう、がそれが妙に嬉しかった。昔、父親にされていたこと。両親と一緒にこう言う風にご飯を食べていたこと。懐かしく思いださないように心の奥にしまっていた気持ち(おもいで)が溢れ出そうになる。

「・・・晴樹くん。大丈夫?」

「・・・はい」

「あらあら!お父さんが強く叩き過ぎちゃったかしら!」

「そんな軟な男じゃあないだろ!ははは!!」

「そ、そうですよ!僕はこう見えても丈夫ですから!!」

「あははっ!そうかい!・・・あ!花ちゃんはもういいよ!あとはお茶を持ってくるだけだから座ってて!」

笑いながらおばさんはお盆を持ち部屋を出ていく。立ちあがろうとしていた花さんも座りコタツへ足を入れると足がぶつかってしまった。

「あ、ごめん!」

「い、いえ!足伸ばしてたんでお父さん座りしますね」

するとプッと花さんが吹きだす。なにか面白い事でも言っただろうか?よく分からずにお父さん座りをしていると笑いながら花さんはこちらを見てくる。

「あははっ!お父さん座りって久々に聞いたよ!あぐらって言わないところが晴樹くんだよね!」

ハイパーミス。よりにもよってどうしてあぐらの事を保育園の子供たちが言いそうな言い回しで言ってしまったのだろうか。数秒前の自分に猛烈に説教してやりたかった。

「い、今のはちょっとしたミスでして!!あぐらですよ!あぐら!」

「いいの!いいの!お父さん座りかー!!可愛い」

からかうようにおばさんが来るまでの間、ずっと、お父さん座り、なんて自作メロディをつけながら言われてしまう。おじさん、おばさん、花さんとのご飯は本当に楽しかった。久々に家族と言う暖かく優しい空気に触れたような気がした。忘れかけていたこの感覚に僕はしばらくの間浸っていた。居心地がよくまるでその場が永遠に感じた。昔の自分だったら気がつくことが出来ない気持ち。家族が居ると言うことは、当たり前、じゃあない。今さら気がついたところでもう遅いのだけれど。

「あらら!」

ご飯も終わり三人で雑談をしているとおばさんが時計を見るなり驚いたような声を出す。時刻は十時を過ぎようとしていた。花さんも、僕自身も驚いてしまう。ここまで時間が経っていたとは思いもしていなかった。楽しい時間が過ぎるのは早いと言うが本当だった。

「もう遅いし、明日なにも用事が無いなら泊まっていくかい?」

おばさんが僕たち二人を見てくる。僕はどうしていいのか分からず花さんの方へ視線を向けると丁度同じように花さんもこちらを見ていた。視線が交差すること数秒、

「明日もどうせ買い物しようと思ってたから・・・お言葉に甘えさせてもらって泊まらせてもらおっか!」

「ご迷惑じゃあなければ・・・」

「あははっ!おばちゃんから言いだしたんだから迷惑なんてないんだよ!よいっしょ!とりあえず片付けてくるからはるちゃんはここで座ってテレビでも見てなさいね」

「あ、私も手伝うね!」

そう言うと女性二人はお盆に茶碗など食器を片づけ始める。僕もお盆に乗せる手伝いをする、と二人は襖を開け台所だろうか?食器が積まれたお盆を持ち部屋を出ていく。いつも以上にお酒を飲んでしまったらしいおじさんは先に部屋へ行き眠ってしまった。部屋には僕一人しかおらずなんとなくテレビを見る気分でもなかったのでボーっと四人での夜ご飯の事でもなく、花さんとの買いものの事でもなく、三人での雑談でもなく、ふとテレビの横にある写真を見ながらある事を思い出す。

「やっぱり・・・か」

そこには頑固そうな表情をしているおじいさんと少しだけ若いおじさんとおばさんがお店の前で仲よさそうに写っているものだった。それを見た瞬間に分かってしまう。きっと僕が今さっき会話をしたおじさんは写真に写っているあの難しそうな表情をしている人だと言うことを。それも、きっと・・・

「ああ。その通りだ」

「おっ!」

気がつくと先ほどまで僕しか居なかった部屋にはあの時のおじさんが座り難しそうな表情をしていた。のけ反りそうになったのだけどすぐに体勢を立て直す。

「えっと・・・僕になにか用事・・・と言うか・・・誰かに伝えたい思いがあるんですよ・・・ね?」

これまでに花さんと色々な霊とかかわってきたお陰か冷静に物事を進めれるぐらいの霊に対しての抗体は出来ていたらしい。しばらくすると難しそうな表情のままではあるけど、口を開く。

「どうしても守らなければいけない約束があったはずなんだ。だけれどソレがなんだったのかよく思いだせないんだ・・・どうかわしの記憶を一緒に紡いでくれないか?」

迷うことなく僕は二つ返事で言葉を返す。なんとなくだけど僕はどこへ行けばいいのか分かっている気がする。きっと、あの場所、だろう。兎に角、あの場所、へ行くためにはこんな薄着では凍えてしまうのため掛けてあったコートを羽織り外へ行く準備をしていると襖がスーっと静かに音を立て開く。振り向くと花さんがキョトンとした表情でこちらを見てくる。彼女はあの一件から霊に対する6感がなくなってしまったため近くに居るであろうおじさんの事にはまったくと言っていいほど気が付いていない。

「どうしたんですか?」

「私は湯呑を持って来たの。それより晴樹くんの方こそどうしたの?やっぱり泊まるの嫌だった?」

不安そうな表情をしながらこちらを上目遣いでこちらを見てくる。我ながら情けない。すぐにフォローの言葉1つや二つぐらい言えばいいもののついその表情でさえ可愛く数秒間見蕩れてしまった。

「・・・」

「・・・はっ!えっと違いますから!ちょっとアイスが食べたくなっちゃって!買いに行こうかなって思っただけです!」

「・・・ホント?」

「もちろんですよ!」

「・・・そっか!なら良かった!私たちのもお願いしても良いかな?」

「もちろんです!」

買ってくる品名を覚えひんやりとした廊下へと出る。流石に冬の廊下だけあって一気に体が強張ってしまう。だからと言ってコタツに引き返す訳にもいかず外へと出る。十時過ぎだと言っても商店街はまだまだ眠る事を知らないように活気だっていた。

「イルミネーション綺麗だ」

ついそんな一人ごとを呟いてしまう。これを花さんと一緒に見れたらなんて夢物語を見ている、と隣から低い声が聞こえてくる。

「外へ出てどこに向かおうと言うんだ?」

「あ、すいません。とりあえず僕が思うところへ行ってみても良いですか?きっとなにか記憶がそこへ歩きがするんです」

「・・・」

先ほど感じていたおじさんの存在が少しだけ薄くなった気がする。それでも近くに居ると言うことは感じれていたので一度、大きく息を吐き歩き出す。吐きだした息は真っ暗な夜空へと消えていく。お店から流れてくるクリスマスソングを聴きながら目的の場所まで歩く。数回話しかけてみたものの人混みが苦手なのか反応はまったくなく数人ばかりすれ違うカップルに変な目で見られてしまう。クリスマス前の夜に街中を一人ごとを言いながら歩いている人間が居れば間違いなく僕自身も変な視線を送ってしまうだろう。

「はぁ・・・」

そんな変な行動をしているのがまさか自分だとは思いたくないけれど現実ではそんな変な事をしているのは誰でもない僕だった。ため息が反射的に出てしまう、がだからと言って足を止める訳にもいかずしばらく歩いていると、ある場所、へと到着する。そこは日中に一緒に歩いてきたおじいさんが立っていた場所だった。そう、花さんと歩いていた時にジーパンに白ひげをつけ僕の方へ視線を送ってきたのは、

「そうだ・・・」

気がつくと隣にはおじいさんが先ほどとは違う格好をした姿で立っていた。姿が変わったと言うことは記憶を補完したと言うこと。霊は生前までの記憶はちゃんとある。そりゃあそうだ。人間だったのだから当たり前。しかし、稀に死んだ時の記憶がなくなってしまい、怨念、後悔などが無いままたださまよっている場合がある。しかも、自分が死んだと言うことを理解していない場合がある。しかし、姿が変わったと言うことはなにかを思いだしたと言うことだろう。

「・・・ははっ。やっぱり私は死んでいるのか」

「・・・」

信じられない、と言う表情ではなくどこか辛そうで悲しそうな表情をすると静かに夜空を仰ぐ。しばらく黙っているとぼそりと話し出す。

「そうだった。あの時もこんな夜だった・・・。私は一人の少女を喜ばせようと街に出かけプレゼントを探していたんだ。すると、何やら喧嘩している声が耳に入ったんだ。クリスマスイブだと言うのに人目を気にせず罵声を浴びせあっててな。私は仲裁しようとこの場所に来たんだ」

「・・・はい」

「・・・そこで私は」

グッとおじさんの手に力が入り握り拳をつくる。きっと受け入れがたい事実(きおく)が徐々に蘇ってしまったのだろう。死んでいると気が付いていない、目を逸らそうとしている霊に、事実を伝えるこの瞬間が僕は一番大嫌いだ。真実を突き付ける事で記憶は蘇る、それと同時にもう一度、彼らは死ぬと言うことだ。生命の死は一度。それだけでも辛いのに記憶を蘇らすためだからともう一度、(それ)を突き付ける事はとても残酷。それでも真実を告げなければ霊たちは報われることなくずっとさまよい続けてしまう。僕たちは霊媒師でもなければ除霊師でもない。ただの霊感が強い普通の人。こんな事をして正しいのかなんて未だに分からない。しばらくの間、その場で黙っているとおじさんがこちらを向いてくる。

「ありがとう。やっぱり君に伝えてよかった」

「・・・すみません」

「急になぜ謝る?色々と思いだせたよ。誰となにを約束していたのかもね」

「それって・・・」

「最後に私のわがままを聞いてくれないか?」

そう言うとごそごそとポケットから緑色の便箋のようなものを取りだし渡してくる。表には優しそうなサンタさんがトナカイと一緒に笑っている。そして、花ちゃんへ、と言う文字が書かれていた。

「これって・・・」

全てを思いだしたのか難しそうな表情が少しだけ口元がほほ笑む。

「ああ。私には孫のように可愛がっていた子供が居てね。毎年、私がクリスマスにサンタクロースの格好をして楽しませていたんだ。最初は商店街のクジではずれを引いて私が嫌々やっててな。酔っぱらって私はサンタクロースの格好じゃあない姿で行ってしまったんだ。それでも、その子は私を見るなり喜んで抱きついて来てくれた。私はそこで後悔をしたよ。どうしてこんな格好で来てしまったんだってな。そこで私は約束をしたんだ・・・けれどその約束は守れなかった。今も一人で泣いているかもしれない。私はそろそろ受け入れたから消えてしまうだろう。だから、君が代わりに彼女を笑顔にさせてくれ。まだ、あの子は小さい・・・頼んだ・・・ぞ」

「・・・」

そう言うと薄らと透明になっていきおじさんは手紙を残し消えていく。自然と空へと視線を向け、分かりました、と静かに呟く。

「おーい!」

振り向くと何故かそこにはニット帽をかぶり白いトレンチコートを着た花さんが手を振りながらこちらへ向かって歩いて来ていた。急な展開に驚きを隠せずに立っていると相変わらずの笑顔で、は無く少しばかりムスッと明らかに気分が良い感じではないご様子だった。

「遅いから心配したよ!どうしたの?」

「あ、えっと。ちょっとだけ迷ってました!」

「嘘っ!だってお店でてすぐの場所にコンビニあるもん!なのにこんな場所まで来てるなんておかしいよ!」

「えっと・・・あはは」

「またそうやって私に隠し事をするんだね!」

頬を膨らまし怒る花さんも可愛く見蕩れてしまいそうになるけど流石に今そんな事をしてしまうと本当に怒られかねないので頭を数回左右に振り、冷静であれ、と心の中で自分に言い聞かせる。

「まっ!言いたくないことがあるなら無理やり言わなくても良いよ。だけど、遅くなるならなるで連絡はして欲しいなー」

「な、なんでそこまで僕を心配してくれるんですか?・・・あ」

「ん?なんでって?」

思った事をつい口に出してしまう。どうしてなんて理由なんてどうでもいいじゃあないか。好きな人が心配をしてくれている。それだけで幸せなのに理由まで聞くなんてどう言うことだ。自分で自分を叱っているとクスリと花さんが、なんだそんなこと、なんて笑いながら

「私にとって大切な人だからに決まってるでしょ」

そう言ってくる。おばさんの家に着くまで花さんとなんの会話をしていたのかまったく覚えていなかった。ずっと胸の鼓動を隣に歩いている花さんにばれないように隠すことで精一杯だった。家に着くと置手紙が置いてあり隣の部屋に布団を敷いておきました、と言う事だった。

「寒かったね!とりあえず暖かいお茶でも飲もっか!私、ついでくるよ」

「僕もいきますよ」

「いいよ!座ってて!」

「あ、ありがとうございます」

そう言うと彼女は台所へと歩いて行く。コートを脱ぎハンガーへとかけようとするとひらりと一枚の便箋がポケットから出ていた。いつ渡せばいいのだろうか。そんな事を考えていると襖が開き花さんが入ってくる。すぐさま立ち上がり襖を閉める。

「ありがとっ」

「このぐらいは」

「やっぱり廊下は寒いねー」

「寒いのにわざわざすいません」

「こう言う時はすいませんよりもありがとうございましたの言葉が嬉しいかなっ」

「あ、ありがとうございました!」

うんうん、と笑顔で頷きながらお茶をつぎ僕の前へと置いてくる。僕の前には蒼色の湯呑で花さんの前には同じ形の紅色の湯呑が置かれていた。まるで夫婦湯呑みたいでちょっとだけ恥ずかしくなる。と言ってもこの年でそんな事だけでドキドキするなんて情けない気もする。

「晴樹くん・・・」

コトリと湯呑を置き花さんがほんの少しだけ儚い表情でテレビの横にあった写真に目をやる。

「おじいちゃんに会ったんだね」

「え・・・」

「ふふっ。やっぱりそうなんだ」

「えっと、隠すつもりはなかったんです。すぐに言わなくてごめんなさい」

「んーん。だって、私には視えないから」

「えっと、それで・・・」

「ごめん」

彼女は僕が言おうとしていたことがなんとなく分かったのか手を出し制止してくる。咄嗟の事でなんの事か分からず戸惑っていると花さんはにこりと微笑んでくる。

「ごめんね。きっとそれを聞いちゃったらさ・・・私がずっと待ってるサンタさんが来てくれないかもしれないからさ・・・明日(クリスマス)が過ぎてから・・・でもいい?きっと明日が終わればちゃんと聞けると思うから・・・」

今にも泣き出してしまいそうな彼女の表情を見ることしか出来ない自分に腹が立ち悔しさだけが残ってしまう。彼女の事が好きだと言っている癖になにも分かっていなかった。ただ、ただ目の前の事だけしか見ていなかった。

「・・・・・・はい」

その後はお茶お飲みお互いに風呂に入り特に特別なイベントもなく夜を過ごす。朝になり足音で目を覚ますと忙しそうにパンが焼けるいい匂いが部屋中を覆っていた。職人の朝は早いと言うが本当にその通りで時計を見るとまだ午前六時過ぎ。花さんの話声も聞こえる。

「って!ボーっとしている場合じゃあない!」

寝ぼけ眼で立ち上がり声がする方へと歩いて行く、と花さんとおばさんがパンを並べながら楽しそうに会話をしている。

「あ、晴樹君おはよう!今日は凄くいい天気だよ!絶好のクリスマス日和だね!」

「そ、そうですね」

寝ぼけていたせいか花さんが言うクリスマス日和とはどういう意味か分からず相槌を打ってしまう。おばさんも笑いながら僕たちの会話を見ていた。確かにここは隠れ名店らしい。店番を手伝っているとケーキを買いに来るお客さんが結構な率で来店してくる。

「ありがとうございました!」

「ありがとうございました!ふー。とりあえずこれで今日は終わりだねっ!」

「えっ!終わりって言ってもまだ、一時過ぎですよ?」

「クリスマスはいつも昼までなんだよー。なんでも、おじさんがサンタさんになって街中を回らなきゃいけないんだって」

笑いながら言う彼女はいつもの表情に見えた、けどどうしてもその表情に昨日の事があったからか違和感を覚えてしまう。しばらくすると奥からおばさんが歩いてくる。

「今日はありがとうね!片付けはするからあんたたちも帰ってクリスマスパーティーの準備をしなさいな!」

「いいよ!片づけまでちゃんとするよ!」

「はい。ちゃんと最後までしないと気が済まないので!」

最初はもちろん断っていたおばさんも僕たちがなかなか折れなかったのと諦めたのか笑いながら

「じゃあ、片付けよろしくね!おばちゃんはちょっと用事を奥でしてくるから」

そう言うと奥へと戻っていく。

「じゃあ、片づけをしよっか!」

「はい」

パンを並べていたバスケット、お盆、トング等を重ねしまっていると花さんが鼻歌を歌いだす。つられて僕も同じように鼻歌を歌いだす。

「ふふっ。今日はなんだかいい事がありそうっ!天気も良いし!」

「ですね。きっと今年からはずっと良いクリスマスが訪れますよ」

「ん?なにか言った?」

「いえ・・・なんでもないです」

「ん?晴樹君なんだか嬉しそうだね?あ!やっぱりこの後のクリスマスパーティーが楽しみ?料理は任してね!私が美味しい料理をたーんとごちそうしてあげるから!!」

「はい。楽しみにしてます!」

カーテン越しから漏れる日差しは12月とは感じさせない暖かなものだった。今日の夜が終われば花さんに伝えなければいけない言葉やくそくごとがある。だけど、それは今考えなくても良い。今日(クリスマス)と言うイベントを楽しんだ後にでもその事は考えようと思う。きっと、それは、花さんにとっては辛いことなのかもしれない。でも、その時には昔のように一人で泣かないように僕が側に居ようと思う。どこからともなく優しい声が聞こえた。僕は誰に言う訳でもなく静かに呟く。

「・・・はい。安心して下さい」

「ん?なにを安心するの?」

「いえ。なんでもないです!片づけが終わったら僕たちも買いものの続きをしてパーティーの準備をしましょう!」

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