背広編 エピローグ
「そう言えば・・・」
「ん?」
彼を見送った後家へと戻っている時ある事を思い出してしまう。
「名前を名乗ってなかったです」
そう言うと花は驚いた表情をしたかと思えばクスクスと遠慮がちに笑いだす。
「ふふっ。名乗らずにここまで一緒に来るなんて流石、晴樹君だね。やっぱり晴樹君って人に好かれやすいのかなー?」
両手を後ろに組み覗き込むようにこちらを見てきたためすかさず僕は二歩、三歩ほど後ろへと下がる。あんな可愛い顔で見つめられると僕の心臓がもたない。クスクスと笑いながら花は家へと向かいながら空を見上げる。
「でも、あれでよかったんでしょうか?」
「ん?」
「だって、結局、自分の父親だってことは分からずに別れてしまってました。きっと彼の父親ももう少し話しがしたかったんじゃあ・・・」
「・・・どうだろうね。彼はちょっとした障害を持っていたの」
「障害?」
「うん。記憶障害。自分のせいで父親を殺してしまったって言う想いがずっと胸の奥で縛られていたの。もちろん、彼が父親を殺したりはしていないよ?居眠りしていた車が彼の父親にぶつかってしまって・・・ね。それであまりのショックで記憶障害を起こしちゃったらしいの。それ以降彼は一切の両親の記憶がなくなってしまった」
「・・・」
「だからあれでよかったんだと思う。それに彼の父親も本当の事を言おうと思えば言えたけど言わなかったんだし。それこそ家族の問題だから他人でもある私たちが口出しなんて出来ないでしょ?ただ、思い出を本当の意味での思い出にするために手伝うだけなんだからねっ」
そう言うとまた彼女は歩きだす。つられ僕も歩きながら夜空を見上げてみる。思い出が思い出になるとその間の記憶は無くなり夢でも見ていた感覚になると彼女は言っていた。確かに、先ほどの彼の言動を見てみると確かに僕の事なんて一切覚えている様子は無かった。
「だったら僕はどうして記憶が残ったんだろう・・・」
「どうかしたのー?」
「あ、いえ。なんでもないです!」
夜空に広がる星たちはいつも以上にキラキラと輝きこの地球上の誰かを優しく、暖かく見守っているように、そう見えた。
次回 65年前の約束編 次回は長編です。