プロローグ
オーストラリアの首都キャンベラから、シドニー経由でコネラン空港に降り立つと、既に時刻は夕刻に迫っており、一面の赤茶けた大地に低い潅木が点在する平原の彼方に、鈍い土色に染まっている大きな岩が、高く広がる薄い雲の下に鎮座しているのが見えていた。
空港でレンタカーを手配したエドワードは、妻のローズマリーと三歳の息子を連れて、夕暮れの迫った平原を車を走らせ、十数分で一般車用のサンセット会場に到着すると、静かに車を降りて小さな息子を笑顔で抱き上げて、遥かに鎮座する巨大な一枚岩を指して、息子に語り掛けた。
「ハドリー、見てごらん。あれがウルルだ」
「ウルル? エアーズロックじゃないの?」
ハドリーは蒼灰の瞳をクリクリと輝かせて、口を尖らせて呟いた。
「ウルルというのはね、元々此処に住んでいる人々の言葉なんだ。此処は、オーストラリア先住民族の聖地なんだ。エアーズロックという名前は、後から英国の探検家が付けた名前なんだよ」
微笑んで息子を見るエドワードを見上げて、ハドリーはキラキラと瞳を輝かせた。
日暮れが迫ってくると、上空の雲が茜色に染まり、彼方から迫り来る夜の闇の黒と相俟ってコントラストを見せ始めた。
「ハドリー、ロージィ、目を離さないで見てるんだよ」
エドワードも興奮したように夕日に頬を染めて、巨大な岩を目を細めて見つめた。
やがてウルルは、まるで自身が光を発しているかのように赤く輝き始め、鈍色と強烈な赤のコントラストから、岩盤全体が真っ赤に染まり、背後の暗くなりかけた空を背景に、黙したまま己の存在を誇示するかのように輝き続けた。
父や母と同様に、夕日に頬を赤く輝かせて、その光景を目を見開いて見つめていたハドリーは、やがてまた岩が鈍色に戻り、静かにその幕を下ろすと、興奮した頬で呟いた。
「……本当の舞台みたいだ」
「ああ、神々が作り出した舞台だな」
「あそこのてっぺんに登れるの?」
「ああ、登山道がある。限られた時間だけど、登る事もできるよ」
父が微笑むとハドリーは目を輝かせて、
「僕、登りたい! あの舞台のてっぺんに登りたい!」
と叫んだが、ローズマリーは困惑した笑みを浮かべてハドリーの頭を撫でて、
「貴方はまだちょっと小さすぎるわね。もう少し大きくなったら、また一緒に来て登りましょうね」
と、ハドリーに微笑み掛けた。
「うん!」
ハドリーは微笑んでいる父の首に縋り付いて、嬉しそうに笑った。