異世界の情報生命体、アリス=Μ=カタグラフィ の場合
今回担当:唄種詩人
――。
――全シナプスを接続完了。
――ニューロサーキットを復旧確認。
――情報単位生命体“アリス=Μ=カタグラフィ”を再起動。起動シークエンス全プロセスを終了し、アリスは行動を開始する――。
アリスが瞼を開くと、俄かに許容受光量を超えた光に思わず目を細める。そして、やがて明順応によって視神経の興奮状態は収束すると、アリスは再び恐る恐る瞼を開く。
そこは奇妙な空間だった。
第一に下方へ強い引力が発生している。アリスの記録に同程度の引力は該当なし。故に理解不能。尚、アリスは自身の体重の著しい増加を確認。このことから現在地は数概界より物質の質量が非常に大きく、アリスはこの引力が重力であるものと推定する。
第二に大気中に微細な浮遊塵が存在する。合理的な理由は極めて不可解。尚、アリスは自身の生命活動に支障はないものと判断し、継続した思考を棄却する。
第三に上位命令が受信できない。状況確認の説明要求に返答なし。雑電波が酷いが、周囲からの電波妨害は認められない。故にアリスは自然現象であるものと理解する。
さらに脳内における周囲環境の不可解な点の列挙を続けようとした時、突然アリスの身体が微かに震え、アリスの実行中プロセスタスクに身体的な異常確認の最優先命令が下された。
「外気温十三度。現時点で異常は認められないが、現状を維持することは生命活動に影響を与える可能性が高いものとアリスは判断し、着衣の調達を開始する」
アリスは周囲を見回す。
周囲の半径二十メートル円の範囲に目視可能な生命体は確認できない。
アリスは足元の黒い地面に視線を下ろすと、照り返すような光沢のある物体を見つめる。そしてその場で膝関節を曲げてしゃがむと、その地面に手を触れた。
「アスファルテン等高分子炭化水素、レジン、油分等を主成分として構成される半固体物質アスファルトと確認。分解処理可能と判断し、『パーティクル・マニピュレータ』を起動、アリスは分解シークエンスを実行する」
手元でアスファルトが星の数ほどの無数の素粒子に分解されて削れてゆく。
「アリスは創成シークエンスを実行する」
アスファルトから生成された無数の素粒子が、同時に分解された大気中の微細物質の素粒子と混ざり合い、新しく組み合わさってゆき、わずか十秒足らずの後には一糸纏っていなかったアリスの身体の周囲を覆う洋服へと変化する。
「最優先命令処理終了。アリスは再び周囲環境の把握に専念する」
アリスはゆっくりと立ち上がると、見慣れない風景の中、最初の一歩を踏み出した。