完璧なんていないんだ
パート2です。
すいません、時間かかりました。
別に編集に時間かかったわけじゃないです。。。
今回担当:勇輝さん
藍神鈴蘭がいたのは森の中にある廃墟だった。
もう錆びてボロボロになった看板を確認すると、どうやらここは孤児院だったらしい。
鈴蘭は庭の中央に生えている巨大なアコウの樹まで歩いていくと、そこに膝を抱え込んだまま座り込んだ。
俯いたら、そのまま涙がこぼれ落ちた。
そして一度零れると止まらない。
「うっ、ううっ、ううううう!」
まただ、と彼女は思った。
何かを関わったり、成し遂げれば周囲の人間から恐怖とそれを上回る畏怖の視線を受けた。
「本当になんでこんな力が……」
その時、彼女は気付いた。
ここが誰もいない森の中だということに。
――――今なら。
「、うあ」
口を開けて、舌に歯を置く。後はこのまま噛みきるだけ。
瞳を閉じる。そうすると当然のように視界が真っ暗に染まった。
まるで私の人生そのものだと鈴蘭は思った。
楽しみも喜びもない。生きる目的も見いだせない。光なんて存在しない、暗くて黒い闇。
けど、それもこれで終わり。
顎に力を入れる。
舌に突き刺さり、口の中に鉄の味が広がる。
その時だ。
鈴蘭は頬を伝う涙で、ふとある考えが沸いて顎の力を抜いた。
「(どうして、私は泣いているの?」
藍神鈴蘭は『完璧』の力を持っている。それはあらゆる全ての事柄を完全回答でこなすということだ。
だからこそ、鈴蘭が今の境遇に不満を持っていて、泣いているのはおかしいのだ。
「何かがおかしい。けど、あれ、だけど―――――」
考えがまとまる。けど……それはそもそもの前提が覆ることに。
そしてそうなると、今までの様相がガラリと変わる。
だが、そこで異変が起きた。
閉じたままの視界で何かがキラリと輝いた。
思わず目を開ける…ことはできなかった。
何故なら、開けようとした途端に身体の力が抜け、意識が遠のいたからだ。
「(こ……れは、やばい)」
その考えを最後に、鈴蘭は真横に倒れ、ブツリと意識が途切れた。
***
達也たちが藍神鈴蘭を見つけた時、彼女はもう別の存在に成り果てていた。
何か目に見える部分が変化しているわけではない。だが目に見えない部分、言うならば気配のようなものが変わっている。
もはや人間の放つ存在感ではなかったのだ。
鈴蘭は……いや、『完璧』はにっこりと笑いながら口を開いた。
「こんにちわ、神に刃を向ける人たち♪」
「僕はあんまり刃向けたくないですけどね。だって後から怒られそうですし」
「え、あれれ、君もしかして神様?や、その感じだと見習いかな」
「えーと、そうです。まだ見習いですがそれなりに優秀なみなら」
「いやぁ、にしても力が弱いねぇ。そこらの人間より弱いんじゃない?」
「……ひぐっ……えぐっ……」
「あー、そのドンマイ?いつも俺に駄神て言われてるだろ」
地面に指で字を書き出すキクトを慰め?る達也。
『完璧』は笑いながら続ける。
「それで?君たちは私とどうしたいの?話し合い?それとも殺し合い?」
「話し合い、に決まってんだろ。それに俺はお前に聞きたいことがあるんだよ」
「へぇ、なに?聞くだけ聞いてしんぜよう」
「そりゃどうも」
達也は不思議と、その存在に恐怖を抱くことはなかった。
常人ならその存在感だけで吐き気がするというのに、彼は動じず、むしろ一歩踏み出す。
「俺が聞きたいのはな、簡単に言って、なんで神であるお前がただの人間を助けようとしているんだ?」
「……どういうこと?」
「最初に気になったのは初めてキクトから藍神鈴蘭とお前の事を聞いた時だ」
『完璧』がキクトに視線を送り、いまだにイジけていたキクトが固まる。
一度ため息をつくと、『完璧』は頭を振りながら返答した。
「ほんとにさ、有名人ってのはつらいもんだよ.......あ、いいよ、先続けて」
「キクトの話だと藍神鈴蘭はあらゆることを『完璧』にこなすんだろ?なのに、『死にたい』っていう願いは『完璧』にできなかった?」
「ああ……あれだよ、この子は私の玩具なの。自分の持ち物が壊れちゃつまらないでしょ」
「それじゃあなんでさっきはお前が出てこなかった?神の力を使えば、俺達全員木っ端微塵にできたはずだろ」
達也の問いに答えない『完璧』。
数秒ほどすると、再び『完璧』はため息を吐く。
「もういいや」
『完璧』が不適に笑う。だがその笑みは何か吹っ切れたような感じの笑みだ。
「そうだよ。私はあの子を、鈴蘭を救うために憑いたの。理由は、まぁただの恩返し、かな」
「恩返し?」
「大体は省くけど、私は前にこの子に救われたの。だから今度は世界に見捨てられた鈴蘭を救う。あの時の恩を返すの」
次に口を開いたのはキクトだった。
「だから彼女には拒絶反応が無いんですね。一方的な契約や憑依ではなく、あなた自身の意思で取り憑き、あなた自身の意思で自分の力を使わせているんですね」
拒絶反応とは降霊や神降ろしなどを行ったときに媒体となった人間に起こる症状のことだ。大抵の場合、これが発症した人間は身体を肉体的にも精神的にもボロボロにされて死に至る。
これは神という高位の存在を、人間程度の小さな器に流し込もうとした傲慢に対する罰だ。
しかし、だ。今回は『完璧』が自らの意思で鈴蘭に憑いた。そうなると話は変わってくる。
簡単に言うと、人間の器の広さが変わってしまうのだ。神の力によって、強制的に。
だから鈴蘭は死なずに、逆に神のために身体を調整させられたのだ。
「そういうこと。鈴蘭は『全ての事象の最高値を無制限に叩き出す力』と思っていたみたいだけど、本当は『全ての事象に対しての適正値を私が叩き出す力』なの」
「……だから藍神鈴蘭の意図した通りに力は働かなかったのか。なるほどね」
その事実をよく噛み砕き、自分の中に浸透させてから、上峰達也は率直に自分の言葉を放った。
「それじゃあ救えないだろ」
「……は?」
その瞬間、今までずっと余裕の様子を崩さなかった『完璧』の表情が凍った。
しかし気にせずに達也は続ける。
「それじゃあいくらやったってダメだよ。藍神鈴蘭がいくら望んでいようが、それをお前の都合で叶えるから、彼女はどんどん救いから離れるんだよ」
「………黙れ」
「だってそうだろ?例えばの話だけどさ、楽しみにしていたゲームをようやく買えた。さて始めようとしたらゲーム開始から最強の武器と最大のステータスが手に入った。しかもその能力は自分の思い通りには使えない。そんなの、楽しくないに決まってる」
「黙れって」
「だからゲームをやめようと思った。なのに、それすら自分の意思でできない。それと一緒だよ。お前が藍神鈴蘭から人生の生きる意味を奪ったんだよ」
「黙りなさい!!」
『完璧』の姿が消えた。そう認識した時には既に達也の身体は地面に叩きつけられていた。
「がはっ!!」
「達也!!」
仰向けになった達也に走り寄るキクト。
「私が鈴蘭を苦しめたって?私が鈴蘭を追い詰めたって?」
突然の変貌に思わず動きを止めるキクト、アリス、カナチ。
だが、そんなことに『完璧』は構わない。ただ目の前の少年の襟首を掴むと、今度は自分の番だというように憎悪にまみれた言葉をぶつけていく。
「あんたがそれを言うの?あんたたち人間は鈴蘭を助けられなかったくせに、守れなかったくせに、救えなかったくせに!!」
「まだ、わからねぇのかよ!」
立ち上がりながら、達也は吠える。
「なにが!私の救いは完璧だった!ただの一生物じゃできないレベルの救いを与えられた!だから鈴蘭は救われないとおかしいの!だってそれが私の力なんだから!!」
「だけど!事実藍神鈴蘭は救われていない!それはお前の救いが間違っていたっていう何よりの証拠だろ!」
『完璧』は鈴蘭とは違い、『純粋にあらゆる事象を完璧にこなす』ことができる。
だが、逆にその力が仇となり彼女は失敗を犯した。
「『救い方が完璧なだけ』で、その方法は藍神鈴蘭が望んだ救いだったのかよ!」
そう。『あらゆる事象を完璧にこなす』というのは、単に『模範例通り』のことをしているだけなのだ。
勉強やスポーツ、その他の事に関してはそれで十分だろう。何故なら、攻略法が決まっているのだから。
だが人はそうはいかない。十人十色という言葉があるように、正解に至るまでの過程が変化し過ぎるのだ。
だからこそ明確な攻略法など存在しないし、存在することができない。
「………そん、な」
「そんなはずないって?何でそう言い切れる?お前はさっき人を救おうとしたのは初めて言っただろ。だからわからないはずだ、しっかりとした手順も方法も。なのに、何も考えずに今まで通りただ力を振るった!」
「……!」
「どこかで何があったかは知らない。けど、その時に鈴蘭は救ってもらえなかった。次にお前まで失敗したら鈴蘭は今度こそ壊れるぞ!」
ふっ、と突然『完璧』の腕から力が抜け、支えを失った達也が草むらに倒れ込んだ。
そして『完璧』自身も崩れ落ちる。その顔からは表情が消え、瞳からは色が失われている。
思わず声をかけようとした達也だったが、しかし動こうとはしなかった。
いや、正確には動けなかった。は
何故なら、
「……そう言うなら、」
『完璧』の唇が小さく動く。
突然、強烈な風が吹き荒れた。
あの時、大通りで猛威を振るった黒と白の奔流。だが規模と勢いはまるで段違いの二つの色が溢れ出す。
ついさっきまで色の無かった瞳に、強い信念が込められた光が宿る。だがその色はどす黒い、憎悪の色だった。
「そう言うなら、私を越えてみせろ。この『完璧』が間違っているというのなら、自らの力で正しさを証明してみなさい!!」
黒と白が混ざり合い、絡み合って、一つの形を作り上げていく。
それは先端が細長く鋭い、黒と白の刀身を持つ剣だった。
「天埜貫とでも名付けようかな。正真正銘、神の武具だよ」
黒白の細剣、天埜貫。その優美な剣を、『完璧』はゆっくりとした動作で真横に振るった。
それだけ。
たったそれだけの動作で、達也の後ろにいたアリスの身体が真横に吹き飛び、一本の木に激突してそのまま地面に崩れ落ちた。
「アリス!!」
「さぁて、次は誰を狙おうかしら。大口叩いたあんた?それとも見習いの君?.......やっぱりそこのおチビさんね」
『完璧』が剣を上段に構えて振るう。カナチの小さな身体が地面に叩きつけられた。
達也は自分の背筋が凍るのを感じた。
これが神の力。
キクトのような見習いでも、楽のような人工物でもない純粋な神。
そう、目の前ににいるのは、人間が歯向かおうと思うこと自体が不遜な存在なのだ。
………だけど。
「その程度じゃあ引かないな」
「あんた、本当にわかっていってるのそれ?今あんたたちを襲っているのは正真正銘、神が落とした天罰と同類の力なの!!」
「最近妙に変な連中と出くわしてるからな。不思議な力には慣れてんだよ」
「……わかんない」
天埜貫を水平に構え直し、『完璧』は続ける。
「わかんない。なにそれ、なに言ってるのよ!神なのよ?異世界人なんかじゃない!世界を壊せる力さえ持つ」
「だからなんだよ」
しかし上峰達也は真正面からその言葉を否定した。
確かに怖い。正直今すぐ逃げ出して今まで通り普通の日常に帰りたいとは思う。
でもだからこそ、
「でもだからこそだ。もう俺にとっては、カナチがいて、アリスがいて、楽がいて、キクトがいることが日常なんだ。だから俺はだから諦めないし、負けられない」
「もういい……!」
『完璧』の両眼が冷たくなる。その剣の切っ先はピタリと達也の心臓に向けられていた。
「私は私の日常に戻る。そして鈴蘭を救う!やり方が間違っているなら、最初からやり直せばいい!」
「最初からやり直せると思ってるのか?そんなので救われるとでも?」
「黙れ!お前は邪魔なのよ!だから、ここで、」
剣に黒と白の奔流が集まり、とても強い輝きを放つ。
「あんたを殺す!!」
真の神罰を宿した一撃が振るわれる。それは今までのような戦闘不能状態に陥らせるようなちゃちなものではなく、愚かで矮小な人の子を消し去る為の一撃。
当然、達也は動くことすらできずに一撃を喰らい、木っ端微塵に爆発するはずだろう。
――――しかし、上峰達也は笑っていた。
そして、彼は笑いながら言葉を紡ぐ。
「けどな、俺は一人で勝てるとは微塵も思ってないぞ?」
神罰が達也に触れる、その瞬間。
ギィン!!と甲高い音が鳴り響き、『完璧』の腕と共に天埜貫が弾き返された。
その衝撃で砂埃が舞い、『完璧』の視界を多い尽くした。
「なっ……!?」
言葉に詰まる『完璧』。
神罰に対抗するには同じ神の力しかない。しかし達也達の中には神はあの見習いだけだったはずだ。しかしあの少年でも今の一撃は防げない。
「……そういえば」
あの神見習い、ついさっきまでいただろうか?
記憶を探ってみるが確かに見ていない。
しかし今の一撃は見習い程度にどうにかできるレベルではない。
なら、誰が?
その時、砂煙の向こうから突然少女の声が飛んできた。
「うふふのふ。目には目を、歯には歯を、神には神を、ってね☆」
「!?」
声を聞いた瞬間、『完璧』は頭ではなく本能で理解した。
砂埃が晴れる。そして、そこに一人の神がいた。
鳳楽。
人工物だろうとなんだろうと、正真正銘神を冠する存在である。
「まったく、油断しちゃったよね。どうせしょっぼいのが憑いてると思ったら、まさかこーんな超レア物だったとはね。もうホントに」
ニヤリ、と楽の顔に獰猛な笑みが浮かぶ。
「楽しくて楽しくて仕方がないよ!!」
言葉が終わるや否や楽の姿が霞んだ。
対して、『完璧』も天埜貫を振るう。キィン!!と甲高い音が鳴り響いた。
「この、贋物が……!」
「偽物は本物よりも本物らしいって知らない?」
「黙れ!」
黒白がもう一度天埜貫に集まる。しかし今回はさっきの一撃とは違い、集まった黒白は、まるで刀身から翼を生えたかのように形を成した。
そして剣先を楽たちの方向に向ける。
「穿ちなさい、天鳥船!!」
言葉と共に天埜貫から巨大な鳥が羽ばたいた。それを見た楽の表情に少しだけ変化が起きた。
しかし表情に浮かぶのは恐怖ではなくむしろ残念がっているような色だった。
何故なら、
「防御する」
横合いから飛び出したアリスの右手に黒白の巨鳥が触れると、そのまま跡形もなく消し飛んだからだ。
『完璧』の表情が怒りで歪むが、対してアリスは完璧なまでに無表情だった。
アリスが広げた右手を握る。それだけで、華奢な右腕が巨大なパイルバンカーへと化した。
パイルバンカー。簡単に言うならば、爆薬で大砲の代わりに巨大な槍を叩き込む兵器だ。その殺人兵器をアリスが神専用にバージョンアップしたのだ。
「対神専用装備【神殺し】のマテリアライズを確認、アリスは攻撃を開始する」
ドン!!とアリスが『完璧』目掛けて走り出す。
一瞬、回避しようとした『完璧』だが、即座にそんな考えを押し潰す。
「う、ああああああああ!!!」
天埜貫と【神殺し】が激突する。ガチン!!と轟音が鳴り、必殺の槍が連続で打ち出された。
その強い衝撃を受けて、天埜貫の刀身が震える。何回も、何回も。
そして……ついに。
バキン!!と度重なる衝撃に耐えきれずに、天埜貫の刀身が真っ二つに折れる。
さらにアリスの背後から楽が空中に飛び上がる。それは完全に『完璧』の意表を突いた動きだった。
「とりゃああああああ!!!!!
「なっ!?」
凄まじい轟音が鳴り響いた。 巻き起こされる風で辺りの木々が揺れ、地面がめくり上がる。
しかし、
「負けて、たまるか……!!」
まだ彼女は立っていた。
蹴りを受け止めた腕は血だらけになり、制服はもはやその役目を果たしていない程にボロボロだ。
しかし、その瞳はまだ死んでいない。
「負けない、負けられない、負けちゃいけない!!」
「ちょっと聞いていい?そこまでしてその人間が大切なわけ?」
「当然、でしょ!この子がいなかったら、今頃私は『あの連中』の一人になって、最低最悪の邪神にすら成り果てたかもしれない!」
「ふーん。だから救う、ね」
そしてふっと不適な笑みを浮かべる楽。
「あ、そうそう、答え合わせしてあげようか」
「答え、合わせ?」
「そ。あんたのミスは、気付いてると思うけど達也に集中し過ぎてキクトを見ていなかったこと。その間にキクトが私を覚醒させて、アリスを、そしてカナチの回復も行った」
「ちぃ!あの見習い風情があああああ!!」
「じゃあここで問二。いま、あんたの見失っているものはなーんだ?」
「……あ」
思わずそんな声が出た。同時に、背後から強い気配を感じ、すぐさま振り替える。
そこには刀を下段に構えた達也の姿があった。
「こ、の……!」
「一人の力『だけ』じゃ及ばなくても、一人の力『全て』が重なれば、神にだって届くんだよ!!」
刀が迫る。だが振るうのはただの人間。神である『完璧』の方が反応は早い。恐るべき速度で右手に黒白の奔流が集まり、もう一度天埜貫が形を成す。
「負ける、かあああああああああ!!!!!」
天埜貫が達也の首目掛けて振るわれる。このままいけば達也の刃が『完璧』を捉えるより先に、達也の首が無くなるだろう。
しかし、ここで『完璧』は気付く。
今目の前にいるのは達也一人。そう、一人だけ。
「(後二人、いない?)」
そう考えると同時に、『完璧』の身に異変が起きた。天埜貫を握る腕が突然加速したのだ。
同時に気付く。達也の少し後ろにキクトに肩を貸されて立っているカナチの姿があった。
そしてカナチは腕をこちらに向けている。
「魔、法!?」
タイミングを外された天埜貫が達也の首を掠めて通りすぎ、地面に突き刺さる。
そして、その隙は人が神に届くためには充分すぎるものだった。
「これで終わり、だああああああああああああ!!!!!」
達也が叫ぶ。刀が振るわれる。
そして―――――。
***
「あさだよー、たーつーやー!!」
「げふぉう!?」
腹にとてつもない衝撃で、ベッドから飛び起きる達也。
見ると、達也の上に黒い髪に赤い瞳の幼女が肘を突き立てていた。どうやらこの体制でプレスを仕掛けてきたらしい。
「百合!毎朝毎朝人の腹に攻撃仕掛けるんじゃねぇよ!」
「これがわたしのひょうじゅんそうびでありますたいちょー!」
「黙れ!貴様など銃殺刑だ!」
「……またしてるの?」
と、そこでやたらクールな氷点下ボイスが割り込んできた。
その声の主は、まるで幼女――百合がそのまま成長したような顔立ちをしていた。ちなみに制服の上からエプロンを装着し、手にはおたまを握っている。
「あの、鈴蘭さん?どうしてお前はいつもいつも非の無い俺に冷たい視線を向けるわけ?」
「ロリコン」
「言ってはいけないことを言ったなこの黙り!」
「ほう、言ってはいけないことを言ったねこのロリコン」
「え、何やめて、ぎゃあああああああ!!」
ここ最近、物理的なダメージと精神的なダメージがメーター振り切っているレベルで高い達也だった。
さて、あの時。達也の刃は確かに『完璧』を切り裂いた。
そして『完璧』は藍神鈴蘭の身体から出ていき、そのまま消失したものと思っていた。
……なのだが。藍神鈴蘭を達也の家で保護して一夜経った朝、すさまじい衝撃で叩き起こされたのだ。
見るとそこには鈴蘭をそのまま幼くしたような謎の幼女が。
話を聞くとどうやら彼女は『完璧』らしいのだ。達也に斬られたことで『完璧』を形作る要素はほとんど無くなったが、僅かに残った要素を『完璧』の力で復元したらしい。
ちなみに百合というのは鈴蘭命名だ。この世界にいる間は藍神百合という名前で鈴蘭の妹ということらしい。
こうして上峰達也の家には新たにパラレルワールドの完璧超人藍神鈴蘭と正真正銘の神にしてミニマム化した藍神百合が居候することになった。
***
真夜中、藍神鈴蘭の目の前には自分に瓜二つの幼い少女がいた。
その少女とは初対面だが、なんとなく誰でどういう存在なのかはわかった。
彼女はこう聞いてきた。まだ救わせてくれる?と。
鈴蘭は答えた。いいよ、と。
今まで確かに辛かった。苦しかった。
だけど、それが誰かが自分の事を気にかけてくれて、助けようとしてくれた結果、空回りしただけだった。なんだかそれを知ったら、怒るに怒れなくなってしまったのだ。
それに、だ。鈴蘭は生まれて初めて、このずっと楽しくなかった人生で大切な目的を見つけることができた。
「ここには、まだ私が知らない何かがある。それを知ろうとするのはさ、とても楽しいことだと思わない?」
鈴蘭の問いに、目の前の少女はにっこりと笑った。
その笑みは、本当に本当に、輝く光のように眩しいものだった。
例え世界がどんなに悪意に染まっていて、悲しみに埋もれたとしても。それでもきっと希望の光は存在する。
小さくて仄かな、それでいてとても強く輝く光が。
だから彼女は迷わずに歩いていく。これから先、どんなに苦しいことが起きても、前だけを向くことができる。
だってそれが、彼女が手に入れた『強さ』なのだから。
編集者コメント:完結してませんから!!