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Crossing Worlds――交差するセカイの物語  作者: 零零機工斗/金薙/ポテ塩 八夜/勇輝/蓑虫/唄種詩人/Sky Aviation/鴉臨/ミナ
第一章
17/20

個体識別コードRDG79J23M8JD

今話担当:唄種詩人さん

近況報告――――居候が一人から二人に増えた。


以上。


あれから、鳳楽が「契約の内だから」と家に上がり込み、挙句にはうちの冷蔵庫にある食材をそのまま食べようとしたので慌てて止めた。三人分の食材のためのお金はキクトが(どこから取り出したかわからない)自分のお金で払ってくれた。

 まあ、食事代が浮くのはありがたいが。


「ところで、そのお金は何処から?」

「神世界で日本円に似せて作られた紙幣や硬貨を、上司から大量に支給されてまして」

「……ニセ札?」

「いえいえ、ちゃんと本物ですよ。どのように調べられても本物と認識されるようにできていますよ」

「なにそれ怖い」


ていうか経済に悪いだろ。

こんなニセ札――つまり本来存在しないお金を使い過ぎると色々と危険なのは今時中学生でも知ってるぞ。


「というか、鳳楽って確か人造人間、だったよな? ……なのに食べるんだな」

「別に、食べないと生きられない訳じゃないけど、私が食べたいだけ。おいしいものは正義だよ」

「……ま、まあ、お金はありますし!」


ニセ札には変わりないけどな。

というわけで、鳳楽に関しては特別問題はなさそうだ。どうせ否定してもきっと俺の意見など聞いてくれないだろう。誰が言わずとも、主導権と一番縁がないのはこの俺だ。悲しいことに。


「とりあえず、今日の晩飯の食材買ってくるよ」

「そういうことなら、クロのもふもふ係(お る す ば ん)は任せてください!」

「おい待て。今、別の意味を感じ取ったんだが」


直感的にそう思った。

まだまだ短い付き合いだが、(むしろ短い付き合いのままで終わりたいが)何となくこの自称神の行動原理はわかる。むしろそっちが本音だろ絶対。


「クロのもふもふ係は任せてください!」

「そんな包み隠さず言わなくても」

「じゃあ私にもクロをもふもふさせて」

「お前は混ざらんでいい!」


くっ、こっちは何かとボケツッコミにナチュラルに加わってきて厄介だ。


「にゃー」

「おーよしよし、俺が留守の間にこいつらに襲われないようにな」

「にゃぁ」

「失礼な! 僕は基本YESもふもふNOバイオレンスですよ!」

「もふもふすることはYESなんだな……」


コイツに関しては有罪(ギルティ)扱いにすべきだな。

そんなことを考えていると、鳳楽がふと思いついたように人差し指を立て、


「YESもふもふNOタッチ」

「そんなロリコン紳士の台詞みたいな……ってそれ矛盾してますよ!?」


もふもふに関してキクトにまでツッコミをさせた、だと……!? 鳳楽、恐ろしい子……っ――――なんて内心でツッコんでないで、クロのためにもさっさと行ってさっさと帰ることにしよう。


「今日から君はクロノライゼン=フォン=ヴァンシュタイン四世だよ、猫ちゃん」

「勝手にクロの名前を変えないでくれるか、鳳楽!」


狙い澄ましたこのタイミングでツッコまざるをえないボケをかましてくるとは、一秒たりとも侮れないな、鳳楽。


「名前は全然変わってないよ。クロはクロ以下略」

「略しても誤魔化されないからな!? クロはクロ!」

「おーけぃ、クロはクロ                    だね」

「今の何かがぴったり入りそうな間は何!?」

「細かいことは気にしない♪ それよりほらほら、早く行かなきゃ」


かなり不安だけど、クロをスーパーに連れてくわけにも行かないし――


「「いってらっしゃい」」

「にゃ~」


俺は仕方なく三人(正確には一匹と多分一柱と辛うじて一人)に見送られ、後ろ髪を引かれる思いで家を出た。


 ***


――こちら固有名称アリス=Μ(ミュー)=カタグラフィ(個体識別コードRDG79J23M8JD)、リモートマシンISpp7(固有アドレス193558273)への接続要請(Passcord:*****************************)――

――こちら固有名称アリス=Μ(ミュー)=カタグラフィ(個体識別コードRDG79J23M8JD)、リモートマシンISpp7(固有アドレス193558273)への接続要請(Passcord:*****************************)――

――こちら固有名称アリス=Μ(ミュー)=カタグラフィ(個体識別コードRDG79J23M8JD)、リモートマシンISpp7(固有アドレス193558273)への接続要請(Passcord:*****************************)――

――こちら固有名称アリス=Μ(ミュー)=カタグラフィ(個体識別コードRDG79J23M8JD)、pingコマンド固有アドレス193558273への接続確認要請。応答なし――

ネオスフィアネットワークとの回線が切断されている可能性を示唆。検証中……検証中……確認。

上位命令受信不可環境により自己命令による行動をデフォルトに設定。32%パーティションカット。システム再構成。新たなルートディレクトリを作成。アリスをスーパーユーザーとして再起動――――。


reboot(リブート)


暫定的な環境への適応処理を終えて再起動したアリスは一先ず現状把握のための情報収集を行動指針に定めて歩き出す。

この世界に於いては、何処にでもあるような何の変哲もない町に該当する紅陽町の町並みだが、その極めて普遍的な光景ですらアリスの目には異常なものばかりに見えた。

アリスのいた世界――数概界(アリスモスィア)は、マザーと呼称される最上位存在(オールメイカー)が定義した特殊な数字表現によって生み出された整合性と合理性の世界。三次元的な空間概念が存在せず、自己のみが存在する小規模の世界の集合として成り立ち、全ての対話は同じ情報単位生命体バイオナーヴ・ユニット間で共有するネットワーク内で行われている。

それに比べ、この世界の実体は数概界(アリスモスィア)よりも遥かに複雑な無数の法則によって形作られ、原則的には0と1の羅列による単純表現で実体を定義付けられている数概界(アリスモスィア)よりも遥かに統一性に欠けていた。

また視覚で捉えているあらゆる物品の数々もその大半が合理性と整合性に欠け、それ故にアリスは雑然とし過ぎて落ち着かない感覚に囚われていた。

この時のアリスは知る由もないが、キクトという神見習いのミスによってこの紅陽町に接続されてしまった異世界群の中でも、アリスの数概界(アリスモスィア)は最もかけ離れた世界だ。つまり、魔法が存在するかどうかの違いしかないような()()()世界とは違う。この世界とは存在定義そのものが異なるアリスが今その存在を保っているのが奇跡と言えるくらい外れた世界なのだった。

嗅覚についても同じく、純粋な匂いではなく無数の匂いが空気中に漂っていて、一歩進むごとにごくわずかずつ変化している。

そして聴覚。大気の振動による音波伝達は数概界(アリスモスィア)にも存在したが、前述の通りあらゆる対話をネットワークを介した情報交換によって行うアリスたちにとって、音というものは身近でありながら馴染みの薄いもの。複雑に入り交じった無数の雑音は平時の情報処理に慣れない負荷をかけ続けていた。

外的刺激分析による情報収集を早々と断念したアリスは付近にあるコンソールを検索する。

コンソールとは数概界(アリスモスィア)においてマザーの構成するシステムに直接接続する端末だ。個々の世界(ディレクトリ)に少なくない数が用意され、アリスの子世界にある端末はパスコードによって制限されるため実質的にアリスにしか使うことが出来ない。故にそれがアリスがアリスであるという証明になるのだが。

当然のごとく、この世界にアリス専用のコンソールが存在するはずもない。


「該当するコンソールなし。さらに広範囲にコンソール検索を実行する。該当なし。検索範囲を広げる有効性を模索。有効性認められず」


コンソール検索も早々と諦めたアリスは一時棄却していた五感による情報収集に思考を戻した。あらかじめ予想されるシステムリソースを分割してバックグラウンドで情報収集を開始すると、アリスは再び歩き出す。

その時、視界下方を何かが横切った。

白い毛並みを持ち、尻尾を立ててしなやかな所作で歩く小型の四足歩行生命体。一般的には“子猫”と称される動物だった。

アリスと目が合う。

無言で見つめ合い、アリスは微動だにせず子猫をじっと観察した。


「アリスは固有名称アリス=Μ(ミュー)=カタグラフィ、個体識別コードRDG79J23M8JD」

「にゃー」

「固有名称“にゃー”で暫定登録。アリスは個体識別コードの開示を要請する」

「にゃー」

「固有名称の登録は既に完了済み。アリスは個体識別コードを要請する」

「にゃぁ?」

「意思疎通が完了していない可能性が浮上。00101000110100100010011101000111101010000101000101111010101000100100100101101011110100110101101010111010101。アリスは確認を問う」

「にゃー……?」


この世界における一般的な感覚で言えばそもそも猫と言葉を交わせる人間なんていないし、数字を用いた言語による意思疎通なんて通じるのはそれこそコンピュータの類である。


「その言語は理解不能」

「にゃあ?」

「言語によるコミュニケーションは困難と判断。アリスは対象との接触による間接的対話を試みる」


アリスは口に出すことで目的と行動を明確にしつつ、子猫にゆっくりと手を伸ばす。子猫は逃げることなく素直にその腕に抱き上げられた。そして、匂いを確かめるようにアリスの胸元に鼻を擦り付けて満足げに「にゃ~♪」と鳴いた。


「自己診断用生体スキャナーを能動的(アクティブ)に起動。アリスは固有名称“にゃー”の生体構造を精密分析する」


アリスの視線が一定幅で上下し子猫のバイタルデータを計測、テキスト形式でファイルに出力していく。


「不思議な匂い……」


アリスは子猫から漂う不思議な匂いに気が付き、スキャンを継続しながらその背中に顔を埋めるようにして匂いを確かめる。

アリスの知らない匂いだった。

アリスの経験したことのない、他者の匂い。他者と触れ合うということの明確な証明だった。


「視覚……聴覚……触覚……嗅覚……」


五感に従って順当に観察を進めたアリスは、粗方(あらかた)のスキャン終了後その次の行動として子猫の前でゆっくりと口を開けた。


「次は、()()

「にっ!?」


アリスは(おもむ)ろに、かつ何の躊躇いもなく子猫の前肢に噛み付いた。噛み付いたと言うよりは(くわ)えたに近い甘咬みだったが、子猫が一瞬本能的な死の恐怖を覚えるには十分だった。


「みにゃーッ!」

「あむはむ……」


子猫はもがくが、その前肢を絶妙な力加減で捕らえたアリスはその表面――毛並みに舌を這わせる。衛生的にいいとは言えない暴挙だが、この世界に存在するあらゆるものと根本的に異なるアリスにとってそんなことは関係のないことで、同時に概念すら知らないために頭に浮かぶことすらなかったが。

 

「おい。アンタ、何やってんだっ」

「んむ?」


アリスは突然横から伸びてきた手に腕を掴まれ、不意の状況に対応できずその手に子猫を奪われてしまった。

その視線が泳いだ先には、子猫を守るように抱えた少年が立っていた。

その歳十代半ば――たった今異世界人二人から一時的とはいえ離れられて一息ついていたばかりの上峰(じょうみね)達也(たつや)だった。


「何を考えてるのかは知んないけど、こんな小さい猫にすることじゃないだろ」

「……“にゃー”以外の生命体を確認」


アリスは突然出現した自分に酷似した外形特徴を持つ生命体を冷静に観察しつつ、その言語が自分に理解可能なものであると判断する。


「……“にゃー”の返還要求」

「断る。っていうかこんなことしておいて拗ねるなよ……」


アリスの名詞の羅列に近い喋り方を拗ねているからと判断した達也だったが、その実のところはアリスが自然言語の扱いに慣れていないというだけだった。


「……“にゃー”の精密分析は概ね完了。アリスは知的生命体とのコンタクトを開始する」

「は?」


アリスはすっと達也に歩み寄ると、困惑と警戒の入り交じったような表情を浮かべる達也の顔をまっすぐ見上げて、


「アリスは固有名称アリス=Μ(ミュー)=カタグラフィ、個体識別コードRDG79J23M8JD。アリスは固有名称の開示を要請する」

「は? え? え、何?」

「第二対象の心拍数上昇。緊張状態にあると判断し、アリスは弛緩亢進行動を実行する」


アリスは躊躇いなく手を伸ばすと、達也の額に手を添えて、ぎこちなく擦るように左右に振り始めた。

達也はぽかんとしてしばらくの間されるがままになっていたが、我に返った途端、ようやく悟ったように息を呑んだ。


「あの……もしかして撫でてる?」

「対象の心拍数やや減少。弛緩亢進行動の有効性を確認。アリスは再びコンタクトを開始する。アリスは固有名称アリス=Μ(ミュー)=カタグラフィ、個体識別コードRDG79J23M8JD。アリスは固有名称の開示を要請する」


何とも言えない微妙な表情――まるで自分の運命、特に不運を嘆くような顔になった達也の心中はきっとこうなるだろう。


(コイツ、絶対異世界人だーッ!!!?)


運命である。


「応答なし。意思疎通が完了していない可能性が浮上。00101000110100100010011101000111101010000101000101111010101000100100100101101011110100110101101010111010101。アリスは確認を問う」

「お前が何を言いたいのかはさっぱりわからんが、何を言っているのかはわかるから!」


面倒なことになりそうなところを全力で回避した達也は溜め息を吐いて子猫を抱き直す。


「言語によるコミュニーションが可能であることを確認。アリスは改めて固有名称の開示を要請する」

「固有名称って……名前か。俺はえっと、上峰達也」

「第二対象の固有名称“えっと、上峰達也”で暫定登録」

「違う! 俺の名前は上峰達也! 何だこの会話は!」


テンプレな会話である。


「訂正要求認識、第二対象の固有名称を“上峰達也”に訂正、アリスは上峰達也の個体識別コードの開示を要請する」

「人間に個体識別コードなんてないぞ。あるとすれば保険証の番号とか運転免許証とか……」

「それでは他者識別は不可能」


他者と触れることのない世界から来たアリスにとって自分は自分の識別コードによって区別されるものであり、同時にネットワーク上の“誰か”もその個体固有の識別コードによって区別されるものであった。そもそも独自のネットワークに常時接続されて他の個体と常に繋がっている状態だったため、個という概念すら薄れていたのだ。

つまりアリスにとって個体識別コードを持たない意識体とは存在し得ないものであって――


「見ればわかるんだよ。()()()()

「アリスは上峰達也をウィルスと判断し、駆逐行動を行う」


――自己及び自分のコミュニティたるマザーを侵す危険因子だった。


「へ?」


達也がアリスの言葉を正確に理解するまでの1秒に満たない極短時間の間に、アリスの唇は高速で言葉を紡いだ。


「パターン不明。ウィルス駆逐プログラムA0010からA1101までを同時展開。ウィルスプログラムへの攻撃行動を開始する」

「えっ、ちょ、待っ……!」


ギュイン!

脳の発した危険信号に反応して咄嗟に後ろに一歩下がった達也の右耳の辺りを正体不明の攻撃が通過する。

その殺気(のように思える何か)からコイツは危険だと判断した達也は初撃を躱したことに気付いたところで踵を返し、家に向かって全力で走り始めた。


「マジヤバい、アレはマジでヤバい! そもそも話が通じてそうで通じてない!」


自分でも何を叫んでいるのかわからないままにポケットからスマートフォンを取り出した達也は、すぐに電話帳から自宅の電話番号をコールする。


「早く出ろ、駄神駄神駄神……!」

「はい、もしもし――」


達也は走りながら祈るようにひたすら連呼する。既に通話が繋がっていることにも気付かずに。


「駄神駄神駄神駄神駄神駄神……!!!」

「駄神言うな! 貴方はそんな嫌がらせをするためにかけてきたんですか!?」

「お、出たか、駄神」

「今さら!? だから駄神言うな!」

「いいから早く来い駄神見習い俺が死ぬ前に頼むからっ!」

「そんな神誰が見習うか! ……って死ぬ?」

「異世界人が出やがったんだよ! しかも結構キてる奴が!」

「さっきの今でもう異世界人ですか? 運がいいですね」

「死にそうになってんのに運がいいわけあるかっ! いいから早く来い来て下さいお願いします来いやバカァァァァァァッ!!!」


一方的にそう叫んで通話を切ると、それをズボンの尻ポケットに捩じ込む――――キュルンッ!


「のわっ!」


直前に背後から聞こえた奇妙な音に咄嗟に上半身を屈めた瞬間、さっきまで達也の首があった辺りを何かが通過していき、しまいかけていたスマートフォンを取り落とした。


「あっ……」


ギュイィッ!

振り返りかけた瞬間、同様に襲ってきた何かをすんでのところで避けたために、スマートフォンを拾うこともできず逃げることしかできなかった。


「くそっ、後であの駄神に全部請求してやる……」


達也は何度も追手を撒くように道を曲がりながら逃げ、後は家までゆるやかなカーブを描く道なりのコース(約500メートル)というところまで差し掛かる――――その時だった。


「駆逐対象再発見、ウィルス自動追尾型存在(データ)破壊式駆逐プログラムC0009Sを展開、アリスは攻撃を開始する」


頭上から聞こえた声に空を仰ぐと、地上から約15メートルほどの高さに翼もなく浮かび上がるアリスの姿がそこにあった。その手にあるのは、やはりまともに理解することができない何か。

存在定義様式そのものが違うために、この世界の住人である達也にはそれをまともに視認することすらできないが、強いて言えばアリスは対象を追尾するタイプのミサイルランチャー(のような形で顕現したウィルス破壊プログラム)を構えていた。


発射(アップ)


やはり達也にはまともに認識できない轟音と共に放たれたC0009Sの弾頭は尚も逃げようとする達也の背中を真後ろから捉え――――炸裂した。

命中したわけではない。

命中したのであれば、少なからずダメージを受けるはずの達也がただ転んだだけで目をぱちぱち瞬かせているはずがなかった。

爆発の直接的原因になったのは、


「そっか、そっかー。見にくいだけであるみたいだねー。楽ちゃん、大納得」


他ならぬ第一の異世界人――――鳳楽だった。

ヒュンヒュンと手にした金属棒を軽く振り回した鳳楽はそのまま地面に着地し、空中で立っているかのごとく浮いているアリスを見上げる。


「第三対象発見」

「随分と面白ちゃんだね。あれは何処のどんな方?」

「自分のことをアリスって言ってるから多分それが名前なんだろうけど、わからない……ただほとんど話は通じないと思うぞ」

「面白ければそれでいいよ。それじゃアリス……私を、楽しませてねっ♪」


鳳楽の姿が不意に消滅する。

かと思えば、その姿は空中のアリスの目の前に出現していて、アリスの脇腹に回し蹴りを()めていた。

オーバースピードキック。常人には捉えられない速さで相手の間合いに踏み込み、その瞬歩の勢いを利用した蹴りを放つ技である。

鳳楽がこの状況下できうる限りの全力で打ち込んだため、その力はまともな人間相手なら胴体を引きちぎるほどの破壊力を秘めていた。

キュボッと一瞬音速をも超えた速度から生じる衝撃波の音がしたかと思うと、アリスの身体は瞬く間に地面に叩きつけられる。しかしアリスは悲鳴のひとつもあげることもなくむくりと身体を起こすと、鳳楽が達也の正面に着地した時にはもう立ち上がっていた。


「ウィルス駆逐プログラムQ008T及びT0016展開。システムコア保護シールド展開。ファイヤーウォールの有効確認。ネットワークから自己を隔離。状況分析から第三対象の敵対を確認。言語による対話を放棄し、アリスは自己防衛のための攻撃を開始する」


アリスの周囲の空気が熱を持ったように揺らめき、その背後の空間からまたしても“何か”が出現する。この世界の言葉で表現するなら艦載砲級の口径を持つ単装砲と地対地ミサイルの発射筒のようなものと表現できるのだが、まともに視認することもできない二人はそんなことを知る由もなかった。


「認識できないって厄介だね~」

「そんなこと言ってる場合か、おい。お前が攻撃したせいで対話放棄されたぞ、どうすんだ」

「別に楽ちゃん関係ないし~。大体達也を守る契約だったでしょ?」

「さっきの今でもう名前呼び捨てかよ。モテモテだな、俺」


異世界人というとんでもない枠にだが。


「じゃあたっちゃんにする?」

「甲子園なんぞ誰が行くかァ」

「まあまあそれは置いといてさ。あの面白ちゃんを潰しちゃえば結果オーライなんでしょ? 楽ちゃん(あったま)いいー」

「その台詞を言う奴は大体アホの子って決まってるけど、今だけは確かに違いないな!

俺たちはああいうのを保護するために動いてッ……ってあぁ、順応してる!? 俺どんだけ流されやすいんだよ……」

「じゃあ潰しちゃダメってこと? それはぷんぷんがおーだね~。あの子耐久だけは高そうだから楽しめると思ったのにぃ」


にやりんと笑った鳳楽はくるっとその場で一回転すると金属棒を振りかぶり、背後に浮かぶ“何か”を操作するアリスに向かって駆けた。


「物理障壁型自己防衛プログラムT01S4展開」


ギャン!

アリスの正面に出現した分厚い金属板のようなものが出現し、振り下ろされた鳳楽の金属棒を弾く。


「あれ? これは普通に見えるね?」


能天気にそう言いつつキュッと靴底を鳴らして身を翻した途端不意に鳳楽の姿が消え、まるで瞬間移動でもしたかのようにアリスの背後に再び現れる。


「後ろ取ーった。どーん」


鳳楽の足払いでアリスの身体は後ろに倒れ込むように宙を舞い、その直後目にも止まらない速さで体勢を変えた鳳楽の打ち下ろしがその腹部を直撃。再びアリスは地面に強く叩きつけられた。

そして一拍遅れて下のアスファルトに大きな亀裂が走り、アリスの肉体が軋むような嫌な音を立てて動かなくなった。


「これでどうかな?」

「ちょ、鳳楽さん何してるんですか!?」


拳から力を抜きつつ鳳楽が立ち上がったと同時に背後から聞こえた声に達也が振り返ると、何故か息を切らせて走ってきたキクトの姿があった。


「遅いぞ、駄神」

「いい加減その呼び方やめなさい」


それだけ言うと俺を無視してアリスと鳳楽の元に駆け寄ろうとしたキクトは、アリスの頭上に浮かぶQ008TとT0016に気付いてぎょっとした表情を浮かべた。


「こ、これはまた大変なところから飛ばされてきたみたいですね……」


キクトは口元をヒクつかせながらそう言った。


「わかるのか?」

「これでも神世界の一人ですよ。(パシられてる間に)先輩方から色んな話を聞きましたし、世界の総合管理のしにくさでは群を抜いて有名ですから」

「むしろここにあるらしい私でも見えない危険物が見えてる方が楽ちゃんびっくりなんだけどね~」

「あはは……、それこそこれでも神世界の一人ですから。まあ、危険物と言っても、二人には関係ないはずですけど」


キクトがそう告げると同時に、アリスからの命令信号が途絶えて一定時間が経過したQ008TとT0016が消失する。

鳳楽はぴょこんとアリスを跨ぐように跳んで位置取りを変えると、キクトの隣で屈んでアリスの顔を覗きこむ。


「関係ないってのは?」

「この人と戦ってたのなら気付いたんじゃないですか? この人の出した武器(?)で負った傷なんてないんでしょう?」

「「へ?」」


達也と鳳楽は顔を見合わせて互いと自分の身体を確認するが、副次的に受けたかすり傷以外の怪我は見受けられなかった。

 

「そもそも攻撃対象の存在定義から違うんですよ。彼女たちの敵は、あくまでも()()()()()()()()()ですから」


キクトが自分の知識を披露するようにそう言うが、ついさっき先輩からの受け売りであることは自爆もとい暴露済みである。


「じゃあこの子ってコンピュータ?」

「似たようなものですかね。詳しいことはこれと言って、むしろ今言ったことしか知らないんですけどね。僕が()()()のは、僕のいた神世界とは一部被る部分があるからですね。…………ぶっちゃけ僕には当たっちゃうのでこれ以上の戦闘行為は止して欲しいです」

「当たったらどうなんの~?」


聞きにくいことすらはっきり聞いてしまうのが鳳楽という人間だった。


「詳しくは知らないですけど、多分もろに消し飛びますね」

「コイツが仲間になれば、いざという時はそれでこの駄神を脅せるわけか……」

「ちょいそこォォォォッ! 何ぼそっと危ない思考漏らしてんですか!?」

「おっと、漏れた」

「ちょっとォォォォッ!?」


――などと周囲で騒いでいれば、外的要因による過負荷で一時的に喪失していた意識も覚醒するのが必然だった。


「ウィルス駆逐プログラムLAC09展開」


いつの間にか目を開けていたアリスの手の中に現れた槍状の何かが加速の段階を省略した最高速で達也の腹部を貫いた。


「……ッ!?」


一瞬心臓が跳ねるほど驚いた達也だったが、まったくと言っていいほど痛みを感じなかった違和感から、キクトの言っていた言葉の意味を体感する。


「LAC09の有効性が認められない。ウィルス駆逐プログラムIQ224展開」


棒状の何かが横に薙ぎ払うように空気を裂き、キクトだけがその一撃に弾き飛ばされて地面を転がった。


「大丈夫かー、駄神ー」

「ゲホゲホッ! 自分たちが当たらないからって何余裕ぶってんですか!?」

「で、この子どうやって止めるの?」

「そっちも余裕ぶってますね!?」


キクトが槍状の何かや棒状の何かの自動追尾の猛攻から全力で逃げるさまを静観しながら、達也と鳳楽はアリスを止める方法に思考を巡らせる。

しかし、アリス自体はキクトを達也のように敵視してはいないからか、LAC09とIQ224を放置したまま達也と鳳楽の目の前にぼうっとした表情で突っ立っている。

本人は今までに得ていた情報から有効なウィルス駆逐プログラムを検索していたのだが、傍から見ているだけの二人がそこまでのことを知る由もない。


「こっちとしては敵扱いされるようなことしたつもりはないんだけどな……」

「何か言ったの?」

「いや、個体識別コードを教えろとか言われたから、人間にそんなものないって言っただけだよ」

「私のGCORA77みたいなものかな?」

「あるのかよ!」

「識別コードというか、プロダクトコードみたいなものだと思うんだけどね。興味ないからどうでもいいけど~」


踊るようにその場でくるりと回る鳳楽。その様子には相変わらず緊張感の欠片もない。

アリスはそんな鳳楽に反応した。


「個体識別コードを認証。第三対象の固有名称を問う」

「え? 楽ちゃんは鳳楽だよ~」

「固有名称“鳳楽”、個体識別コードGCORA77で登録。アリスは固有名称アリス=Μ(ミュー)=カタグラフィ、個体識別コードRDG79J23M8JD。“以後よろしくお願いします”」


登録された定型文を口にするようにそう言ったアリスは身体の動きをピタリと止めた。


「あれ? これどうにかなったパターン?」


鳳楽は振り返って見てみるが、キクトを攻撃するLAC09とIQ224の動きは止まっていない。


「ねー、アリス=Μ(ミュー)=カタグラフィ、個体識別コードRDG79J23M8JD。アレ止めれる?」

肯定(ポジティブ)


途端、キクトを攻撃していた何かの動きが急停止し、瞬く間にアリスの元に戻って消失した。


「大丈夫か、駄神」

「ぜぇ……ぜぇ……。それ定着させるのやめてくれませんか……」

「大丈夫そうだな」

「死ぬかと思いましたけどね!?」


キクトは死にそうなほどの疲弊で倒れているが、正直を言えば日頃の運動不足が祟っているのは言うまでもない。



***



そして、五分後――。


「アリスは現状を理解した」


驚くことにアリスは、唯一まともに話の通じる鳳楽による脱線だらけの説明(しかもたったの五分)だけで全てを把握してみせた。

そもそも明確な事象については理解の早いコンピュータが人の話すような超高級言語も理解するようになればこの世に理解できないものなどそうそうあるはずもないのだが。


「もしかしてこれ、毎回似たような説明させられるのか? 人増える度に」

「どうだろうね? あ、私はもうしないよ? 面倒だし?」


アリスが達也やキクトの話も聞くようになった途端、鳳楽は面倒事を投げ出すようにそう言った。

その時、アリスはきょろきょろと周囲を見回し始める。


「どうかしたのか?」

「アリスは上峰達也に保護任務の内容について、自由行動を制限されるものであるかどうかを問う」

「いや、そんなことはないけど……。っていうか任務って言われると何かもう逃げられそうにないな……」

「理解した。アリスは情報収集を再開、“にゃー”の捜索を開始する」


アリスはそう言うと、何の前兆もなくふわりと浮かび上がった。


「え!? ちょっと、さっきの今で勝手な行動をされるのは神様的に困るんですけど!?」


キクトが何やら叫ぶ中、アリスは三人の元を離れて行ってしまう。


「鳳楽さん、追ってください!」

「えー、なんで私が?」

「僕ら飛べませんから! 少なくとも家の場所だけでも伝えないとどうしようもないですから!」

「また会える日まで楽しみにしてよーよ」

「保護管理の意味ないだろーがーッ!?」


言葉遣いすら崩れたキクトの叫び声が街に響いた。


編集者コメント:よし、2週間経過まで間に合った!

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