異世界の妖精、リスティア=ローラの場合
今回担当:長谷川 レン(読者参加)
風が踊っている。木々がサァ……と音を奏でる。
まるで外の世界とは全くの別空間となったその場所の中心に、尖っている耳、金色の長い髪、四枚の薄緑色の羽の生えた人の様な姿をした子供が目を閉じていた。
一定のリズムで呼吸をし、気持よさそうなその笑顔に誰もが見とれてしまいそうだ。
――そんな少女の元に、ノイズが紛れ込んできた。
「グルル……」
ザッ、ザッと足音を立てて迫ってくるのは牙の大きく生えた獣人。その目は飢えており、牙の隙間からは涎が垂れている。
少女はそんな獣人に気がつかず、夢の世界へと旅立ったまま。
獣人はそれが好機とばかりに茂みから飛び出し、その少女の喉元へと襲いかかった。
――キィンッ。短く、そして甲高い音が鳴り響いた。
「グルァ!?」
獣人の牙が少女の喉元には届かず、むしろ少女から少し離れた場所で透明な何かにぶつかった。
甲高い音が鳴り響いたのと同時、寝ていた少女の表情から笑顔が消え、ゆっくりと体を起こした。
目を開けて、顔をきょろきょろと向けて獣人の姿を捉える。獣人はその場から動くということをせず、なぜかその場で固まったように動かない。
「リアの……」
「グア……?」
少女が呟き、その呟きに獣人が反応する。
そして、風がもの凄く強くなってくる。
その異常さに気がついた獣人はなんだなんだと慌てて辺りを見回そうとするも、なぜか体が動かなくて目の前に居る少女を凝視することしかできない。
「昼寝を、邪魔する奴は……」
少女が羽を使って空中へと浮かぶと、片腕を持ち上げて獣人へと向けた。もう片方の腕は握りこぶしを作って震えている。
恐怖の震えではない。
それは、怒りからの震えだった。
「消しとんじゃえ☆」
目が笑っていなかった。
次の瞬間、まるで竜巻の様な風が発生し、それが獣人へと向かって一直線に襲いかかる。
「グル!?」
その竜巻に驚いた獣人が大きく目を見開き、その竜巻がぶつかった次に目を開けた時には、大空へと体が浮かんでいた。
「ガルウウウウゥゥゥゥゥゥ…………」
吹き飛ばされた獣人は何処かへと飛び去り、この場に再び静寂が包み始める。
だけど、こんな場所ではまたも獣人や魔物などの肉食動物が来たら起こされてしまう可能性がある。
少女、つまり自分はそれが大っ嫌いであった。リアの命よりも眠りを妨げるような物が一番の嫌いであった。
「何処か、眠れる場所あるかな~」
リアはそう呟くと、目を閉じ、耳をすませた。すると、パッと目を再び開けると、四枚の羽を動かして空へと飛んだ。
「ありがと森さ~ん。行ってみるね~」
その場から飛んで、木々の葉が当たらない程度の所まで高度を上昇させた。
空を飛ぶのは気持ちがいいが、寝ることができないのでそこの所はデメリット。
常に羽を動かしていたら疲れて何処かで休まなければいけない。そして、羽を動かすということは意識がある。つまり寝れない。
そんなときに、下から声が聞こえてきた。
「お~い。リアー!」
下を振り向くと、そこではリアと同じ耳の形をした超絶美人のエルフで幼馴染のメリーティア、あだ名でメリアが手を振っていた。リアは上げていた高度を下げて行くと、メリアの前で降り立った。
今すぐにでも寝に行きたいのだが、さすがに幼馴染の話は聞こうと思ったのだ。
これがメリアでなければ適当に手を振って寝に行くつもりだった。
「どうしたのメリア~?」
「どうしたのじゃないよリア。一体今から何処に行くの? って言っても寝に行くんだと思うんだけど」
「そうだよ~。森さんから日が当たってポカポカ気分で寝られる場所を教えてもらったんだ~」
リアがそういうと、メリアの拳がリアの頭に入った。
「い、痛いよメリア~。どうしてゲンコツするのさ~」
「リア? 今日の料理当番、誰だったっけ?」
そう言われて、リアは顔を青くさせた。
そういえば、今日はリアとメリアが当番だった……。
何故メリアが関わっているかというと、リアの家族とメリアの家族が一緒の家に暮らしているからだ。
親同士がとても仲が良く、いっそ同じ家で暮らさないかというほど仲が良い。ちなみに名前でも似たような名前にしようと言ったようだ。
そして、料理は当番制となっており、今日はリアとメリアの料理の日になるのだ。それぞれの両親は日に一人ずつやる。
子供だから二人でやらせる。一人は危ない、という理由ではない。
リア一人にすると、昼寝で料理を全く作らない日が来る可能性をそれぞれの親は考慮したのだ。
今は日の傾きからして二時ぐらいだということを知る。
「ようやく思い出したみたいね。さて、どうやって反省させようか?」
「め、メリア~? それは昼食を食べた後~、でも良い……かな~?」
メリアは優しい。きっと、食べた後でもいいはず……。
――そう思っていた時がリアにはありました。
「いっつも眠りを妨げた何やらで私が魔法喰らってるもんねぇ。今日は、私が一方的に使っても、文句は言わないよね? リア?」
ゾクッ。
「あ、そうだ。今回はリアが一番恥ずかしいと感じるその腕の部分の布を取っちゃおうかなぁ。明日の朝まで」
「あ、あはははは……」
風が吹き荒れると同時、冷や汗が雨のように大量に垂れてくる。メリアが手を振り上げる。狙いはリアの両腕に着けている袖だろう。だからリアは、ダッシュで羽を使ってなるべく空高くへと逃げ始めた。
「あぁ!? 空に逃げるなんてずるいわよリア!! 大人しく罰を受けなさい!!」
この世界には魔法があり、それは心から願えばいくらでも使う事ができる。だけど、それはフェアリーから魔法の源、魔力を借りるのであり、決してエルフや人間などが力を消費するのではない。制御する精神力が必要なだけなのだ。
フェアリーはその魔法の源である魔力を盛大に蓄えており、一日中魔法を使っても朽ちることはない。フェアリーが飛ぶ原理はその背中にある羽が光の粉、つまり魔力を放って飛んでいる。
だけどフェアリー自身は魔法を使うことはできない。飛ぶことはできても魔法を使うための知性が無いのだ。それ以外は普通の人間と同じぐらいの知性だ。
それからもう一つ。フェアリーは親しくない人には決して魔力を渡そうとしない。メリアの場合、魔法を使おうとするならリアから魔力を受け取るか、もう一人近くに居るフェアリーに魔力を受け取るかしなければいけない。
そして、その魔力をすでにメリアは受け取っていると見て取れる。
「リア! これはすでにリアのお父さんから許可が出ているからねぇ!!」
そりゃぁそうだろう。許可が出ていなかったらメリアは魔力を受け取っていないハズだから。
メリアの両親はどちらもエルフ。だけど、リアの両親は違う。母親はエルフなのだが、父親がフェアリーなのだ。こういうことはとても珍しく、いくら仲良くなっても恋までは発展しないと言われているほどなのだ。
そのためにリアの種族はハーフフェアリーに仕切られ、魔力も持っていれば、魔法も使えるというわけだ。耳の部分が無ければほとんどフェアリーに近いために、ハーフの後にはフェアリーが来ている。身長ではフェアリーと比べると一番高いだろう。でもエルフの中だと一番小さい。そしてエルフ特有の女性らしい体つきをしておらず、フェアリー特有の幼女体系だ。エルフもフェアリーも長寿であるし、とある年齢から外見が変わることが無くなる。
「帰ってきたら覚悟しなさいよぉ!! リスティアぁ!!」
ホント、どうしよう。帰れなくなってしまった。
リアの本名、リスティア=ローラ。姓は母親のだ。フェアリーに姓は無い。リアとは、メリアがつけてくれたあだ名であり、自分の事もそう呼んでいる。
「どうしようかな~。家に帰れないよ~。お腹すいたよ~」
空を飛びながら、森に教えられた場所に向かいながらリアは考えるが、考えがまとまらない。
とにかく、この教えられた所為で空いた空腹をどうしようかと思ったリアは、森の中へと一旦高度を下げて果物を探した。
腹が減っては寝ることすらできない。それはリアの存命の危機に関わる。
ちなみにエルフとフェアリー、どちらも肉は食べれない。結果、ハーフフェアリーも主食は果物や野菜などである。近い種族で肉が食べられるのはダークエルフである。
「森さん森さ~ん。近くに果物無い~?」
そして、フェアリーの特徴として、森の木々や、風など、自然のありとあらゆるものに話しかける事が出来る。フェアリー以外の者には何も聞こえないが、フェアリーにはちゃんと聞こえているのだ。
「え~? 何かあるからそれを見てほしい~?」
森が知らない何か、とは一体何だろう?
そう思ったリアは森に言われた場所に向かう。果物があるとかそういうことはどうでもよかった。いつも寝る場所を教えてくれる森にお礼がわりに向かうだけだ。解決できるならそれに越したことは無い。
そして、ついた場所にはただっ広い湖があり、その中心の上に楕円の空間が開いている。一体あれはなんだろう。見たこともない魔法だ。
探索魔法などでそれを調べてみるも、不明としか出なくて、それが何なのかさっぱり分からない。
森に聞いてみると、リアが近付いたら現れたらしいのだ。ますます意味がわからない。
「ごめ~ん。リアじゃわからなかったよ~」
不用意に近づくのもまずいだろう。森に謝りながら、ゆっくりと離れて行ったその時だった。
「ワオォォォーン」
狼の鳴き声が聞こえとっさに振り向いた。すると、何処かで見たことのある様な獣人がリアへと迫ってくる。湖はさほど深く無かったのか、牙をむき出しにした獣人がもうすでに真後ろまで迫っている。
だけど慌てる事はしなかった――キィンッ。
「ガルゥ!?」
弾かれた獣人が驚く。それはそうだろう。リアは常に自分を守るために透明な防御壁の様なものを張っているいるのだ。盛大な魔力があるために一日中羽に使われる魔力と合わせても無くなることはない。それに、寝れば魔力は一瞬で全回復するのだ。
だけど、今回はその防御壁が仇となった。
「へ――?」
森に言われ、リアは後ろを振り向く。
すると、羽が空間の中へと入っている。それはもう半分以上入っている。そして動く気配がない。
「え、え~? 反動で後ろに下がって、入るなんて~……。ま、まさか取り込まれるなんて事はな――」
言葉はここまでしか続かなかった――
ズズ……。
「嫌ー! 誰か、メリアーーー!!」
体が引っ張られる。誰かに空間の中に入った羽を引っ張られているような感覚だ。
羽は繊細だ。体の一部だ。魔法で治せるとはいえ、引き千切られたら卒倒するような痛さだ。
「やだー! メリアー! 誰かー!!」
顔が引きずり込まれる。その様子を歪に感じたのか、獣人が動けない事もないのに動こうとしなかった。
体が少しずつ空間に入って行く。もうだめかと、そう思ったその時。
「リア? こっちに居るの?」
メリアの声が聞こえてきた。
「メリアー! 助けてぇ!!」
「え? 何!?」
異常を感じたのか、メリアが走ってくる。
そして、メリアの姿が見えると同時に、メリアもリアの姿が見えたのか、口元を押さえていた。
「リア!? どうしたの!?」
「助けてー! これ、抜けないのー!」
それだけで感じたのか、メリアが途中に居た獣人を魔法で吹き飛ばしてから動きずらい湖の中を進んでくる。
その時にはもう体は右腕を残して全部空間の中へと入っている。あとは、顔と腕だけ。
「待っててリア! すぐ! すぐ助けてあげるから!」
「メリアー! 後ろー!!」
「え?」
リアの声に反応したメリアが後ろを振り向き、そこに迫ってきていた獣人に魔法を放った。なんとか命は無事だ。だけど、時間を喰ってしまったせいで、リアの口元はもう空間の中へと入ってしまった。
もう声を出そうとしても聞こえない。
「リア!? リアぁぁああ!」
メリアが一生懸命手を伸ばす。だけどそれよりも先に、腕をメリアが掴むより早く……。
――リアを飲み込んだ空間は虚空へと消えてしまった。