プロローグ
今話担当:零零機工斗
いつも通りの日々。
学校に通い、部活もせずに学校が終われば友達と一緒に帰り、暇なら友達と遊び、面倒と言いながらも真面目に宿題を終わらせ、ご飯を食べ、寝る。
特に特徴もない「平和な日常」。
そんな日常を過ごしているつもり、いや、確かに過ごしていた。
しかし今日、俺の日常は音も立てずに崩れ去ってしまった。
「おい、ここはどこだ」
「ど、どなたですか」
「質問に答えろ」
「せめて刀を下ろして……」
気持ちを落ち尽かせて、改めて今俺が置かれている状況を整理しよう。
俺、上峰達也は今日もいつも通りの朝を向かえ、いつも通りの通学路を歩いていた。
そして突然視界が光で眩んだ。
何を言っているのかはわからないと思うが、確かに目の前に光の柱が突如現れたのだ。
そして光が収まると、目を見開いて酷く驚いた表情をした男が立っていた。
何を言ってるかわからない?
大丈夫だ、俺もわからない。
服装もなんだかおかしい。
現代的な格好ではなく、着物に似たような、布で作られた服みたいだ。
というか鞘に納まった刀(?)を腰に着けているのが何より怪しい。
混乱していたのか、男は辺りをキョロキョロと見回し、俺を見つけるなりズカズカと歩み寄ってきた。
そして気づけば早口で質問されながら、日光に晒されて光り輝く綺麗な刃が俺に向けられていた。
銃刀法違反なんてまるっきり無いかのように堂々と刀を構えている彼は何者なのか、俺には予想すらできない。
現状整理終わり。
……俺は夢でも見てるんじゃないだろうか。
そんな悠長に考えていられるほど、現実は甘くなかった。
刀が喉元に突きつけられたのだ。
「場所がだめなら最後に問おう、この辺で姫を見なかったか?クーフェイ様を」
「は、はあ?」
「さっさと答えろ」
「いや、姫って誰?」
「……は?」
さも俺の頭がおかしいかのような目で俺を見ないでくれ。
「いや、だから姫って誰ですか。 恋人のことですか、個性的な呼び方ですね」
「違う!クーフェイだよ!たとえこの国の者じゃなくてもわかるだろ!」
「いや、わかんないです……」
「くそっ、どうなってるんだ、川に落ちたんじゃないのか!なんでこんな水の一滴もない変なとこに……」
突然ハッと気づいた様な顔で、男は下を見る。
そして、何度も歩道の地面を踏んだ。
「なんだ、地面が、黒い……?あと、妙に硬い……」
「そりゃ、コンクリートだから当たり前なんだけど……」
「……さっきからお前は何言ってるんだ」
それはこっちの台詞だ、と言うのをこらえた。
おかしな人でも見る様な目で見られても困るんだけど。
今時コンクリートを知らない人がいるのか?この21世紀に。
タイムスリップでもしてきたのか?
「確かに船から振り落とされて川に落ちたはず、それがどうしてこんなところに……」
「あの、記憶喪失や迷子でしたら警察呼んできましょうか?」
銃刀法違反の人もいることだし。
「こんなことしてる場合じゃねぇ、姫を探さないと!」
「無視かよ」
「くそっ、ここはどこなんだ!」
俺の質問を無視しながらそう吐き捨て、男は走り去った。
――――刀を右手に持ったまま。
……なんだったんだろう。
警察に通報しておいた方がいいんだろうか。
『刀を持った怪しい男が光とともに現れて、喉元に刀を向けてきました』
うん、だめだな。
普通にこっちの精神が疑われる。
「……いっそなかったことにするかな」
何せ数分にも満たない突然の出来事だったんだ。
疲れていて妄想に浸ってしまっていた可能性もある。
今のは現実じゃなかったと自分に言い聞かせながら、俺は再び通学路を歩き出した。
「利用できそうな人、見つけた」
微かにそんな声が背後から聞こえた。
その時はまだ空耳だと信じていたが、その時から既に俺の平和はなかったのだ。
勿論、学校は遅刻してしまった。
***
放課後のベルが校内で鳴り響き、授業の終わりを告げた。
隣でつまらなさそうに授業を受けていた友人に「帰るわ」と告げ、俺は鞄に文房具を押し込んで教室を出た。
学校を出てすぐ思い出したのは、今朝のことだった。
授業中ずっと頭から離れなかった、あの出来事。
あれは本当に幻だったのだろうか。
いや、本当は幻なんかじゃないってわかってるんだが。
認めてしまったら危ない気がしたので俺は認めないことにした。
そう、あれはただの夢だ。
頭の中で必死に自分で自分を説得しながら、俺は空を仰いだ。
少し曇り空だが、雨が降る気配はない。
「ただいま」
「にゃー」
人のいない家に着いて、俺は小さく呟いた。
返事をくれたのは、灰色の猫一匹だけだった。
灰色なのになんとなくクロと名付けたこの猫は、数週間前に拾った猫だ。
今までと違って、今回はちゃんと親に許可を得て飼っている。
因みに親は大抵家にいない。
二人とも仕事なので、家にいるときが少ない。
なので家に帰っても、殆どの場合は一人だ。
「……誰だ」
そう、いつもなら。
今は何故か、ダイニングのテーブルでポリポリとポッキーを咥えて座っている男がいる。
目は眠たそうに半開きで、緑のジャージと青いジーンズを着ていた。
「あ、すいません、お邪魔させてもらってます」
「……警察呼びます」
「え、あ、ちょ!?待ってください!ちょっと話を聞いてください!」
静かに立ち去ろうとすると、男は目を見開いて慌ててそれを阻止しようとした。
「勝手に人の家に上がった挙句勝手に人のポッキー食べてて、怪しすぎだろ」
「ポッキーは美味しいからしょうがないとして、これには理由があるんです!」
「いやしょうがなくないだろ!それって普通に食べたいから食ってるだけじゃん!」
真顔で無茶苦茶な言い訳をする男に思わずツッコんでしまう。
「怪しい人の話なんざ聞くつもりない、110番呼んでくる」
「すいません待ってくださいぃぃ!えと、あ、そうだ!今朝の出来事が気にならないんですか!?」
ぴたりとスマホへ伸ばした手が止まる。
今朝の出来事?
ひょっとして見ていたのか?
知っているのか?
「どういうことだ」
「やっと聞く気になってくれましたね……説明させてください」
男は一度深呼吸し、説明し始めるかと思いきや。
「あ、猫……」
両腕にかかえていたクロを凝視していた。
「ちょっと、すいません、触らせてくれませんか?」
「は、はあ?」
「ちょっとだけでいいです、もふもふさせてください」
「説明は?」
「あとです、いいからもふもふさせてください」
「いや、だから話って……」
「そんなのはもふもふに比べたらどうでもいいです!もふもふさせろください!」
「どうでもいいのかよ!」
事情を知る前だったのに、関わってはいけないというとてつもなく嫌な予感がしていたのはこの瞬間からだった。
よければこれからもよろしくお願いします。