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三角耳とふさふさしっぽを垂らした軍医の彼女はとてもとても悲しそうに私から視線を逸らし、俯いた。
「こんな小さなセティポフが、薬を飲むなんて、……竜隊長」
「……なんだ」
「あんた、この子をどうするつもりだい?診た感じじゃ体は弱っているが元が頑丈だから死にゃしないだろう。だが暫く治療しないと後遺症が残るよ?」
そう話しながらも、持ってきたカバンから粉薬を出して水で溶いたり、手を動かして忙しそう。
「う……む。そうだな」
「あんたんちは、確か召使がいたろう?それに任せ生んじゃダメなのかい?」
「儂の家におるのは家の掃除を任せとる人間が数人だしの。……我らは基本的に他種族に触れられることを良しとせん。それが今となっては希少なセティポフならばな」
「そんなこと言ったって、『白国』にはあんたしかいないし。竜族自体今じゃ各国に良くて片手程度しかいないってのに」
「他国へは王にお頼みして文を飛ばすがなぁ、隠れ住んでいる者たちへは難しいだろう。となると手伝いにこれそうなのはいないしな」
「あんまり閉鎖的にしないで、事情を説明すればセティポフだってわかってくれるだろうよ。あんたにだって仕事があって、働かなきゃ食うもんも食えないってね」
「……だが、そのためにセティポフへ無理を強いるなど一族にとってはあってはならぬ問題なのだ。若いうちに無理をさせると子に恵まれなくなる」
「ふぅ、よし出来た。さ、竜隊長まずはこの薬をセティポフへ飲ませておくれ!話の続きはそのあとだ」
白くてまあるいその器は女の人には片手で持てるちょうど良い大きさのようだったのに、竜隊長と呼ばれるその人には小さすぎるみたい。
「セティポフよ。すぐに楽になれるぞ。この獣人が薬を作ってくれたのだ。心配ない」
その人は随分と慎重にベットへ乗り上げ、横になったままの私の頭と枕のあいだに腰を落ち着けると薬を飲みやすいように上半身を起こしてくれた。
「良いか、セティポフよ。これはあまり食欲のわかん色をしておるが、体を良くするためのものだ。美味くはなかろうが喉へ流し入れると体も良くなる」
その小ささが、かえって持ちづらいらしくて付いてきた木彫りのスプーンなんて親指と人差し指の先でちょこんと摘んで慎重に器の中身をすくい取ったりして、思わず可愛すぎて笑ってしまいたかったけど、体が重くてそんなことさえできないこの体は結構キテいるらしかった。
ぷるぷる震えるスプーンの先を私の唇へ運び、その人はじっと様子を見ているようだった。けれど、なぜだろう?背中に当たるその人の体温とか、喋るたびに伝わる鈍い振動とかは気にならないのに、少し離れたところで立っている女の人が気になる。
(なんでだろう。見られているのが凄く嫌な感じ。別に、悪い人じゃなさそうなのに……この体のせいかな?)
ぞわぞわ。ウロコはあっても体毛はないはずなのに毛が逆立つってこんな感じかなんて、今は自分の体なのに考えてることは意外にも冷静で。
でも、それを誰に伝えるわけでもなくじっと耐えていると、急に男の人が言ったの。
「軍医殿、悪いが退室願えるかの。どうもセティポフが落ち着かん」
「竜隊長。わたしにも患者の経過観察って仕事があるんだがね?」
「このままでは薬を呑む気になれんだろう」
「……飲んだら呼んで」
(気を、悪くしたよね。絶対。私だったらムカつくもん)
女の人はそれだけ告げると部屋を出て行ったけど、私は内心落ち込んでいた。三角耳としっぽ。可愛かったのに。
「セティポフよ。これで気になるものはなかろう?さ、口を開けておくれ」
薄く開けた唇へ、ゆっくりと伝い落ちてくる苦くて不味い薬は、私に酷い不快感を与えたけど、飲み終わると不思議なくらい体は軽かった。
と言っても、動けるようになって喋れるからって全快したわけじゃなくて、あの女の人の言っていたように後遺症らしき痺れや頭痛は続いていたけど。