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「まさか、セ・ティ・ポ・フなのか」
「たいちょ、これ、マジでりゅ」
「バルド!!この、床に倒れていらっしゃるセティポフがあのセティポフだとすれば、セティポフ以外の名称が許可されていません!」
「あ?あぁ、そーいやそーだったな」
間一髪どころの騒ぎじゃないですよ!?なんて、髪の長い優しそうなお兄さんが滴る汗をぬぐって隣の刈り上げで強面なお兄さんの頭部を殴っているのが見えた。
「馬鹿なのは分かってますから、指示をうけるまではしっかり口を閉じていてください!!」
「二人とも目と口と耳を閉じて部屋の外に出ていろ。彼女が誠に間違いようもなく真実セティポフならば、これは由々しき事態だ」
「へーい」
「お一人で大丈夫ですか?」
「かまわんよ。他種族がちまい部屋にひしめくよりはセティポフも儂と二人の方がよいじゃろう」
「では軍医の到着まではドアの外におりますので」
声は若いのに、その人はお年寄りみたいな話し方で他の二人に指示して外へやってしまった。
私とその人は二人きりで、沈黙が痛い。
「セティポフよ。身に触れるが、悪意はないぞ」
彼は返事がないことを特に気にしていないらしく、のそのそ近づいたかと思うとゆったりとした動きで私を抱き上げ、ベッドへと運び下ろした。
「しかし、セティポフよ。なぜ人の国になど降り立ったのか?見れば供もない。ご親族はさぞかし心配していることだろう」
まるで私がひどく脆いガラス細工だとでも言い出しそうなほど、彼の手つきは慎重そのもの。ベッドに横たわった私へ、彼は丁寧に柔らかな布団をかけ、優しく話しかけてきた。
「なにより、儂もセティポフに詳しくはないが現存するセティポフたちの噂は風から聞いてある。聞いた限りどのセティポフとも、特徴が合わんのは何故か」
(そう聞かれても、そもそもセティポフってなんなのかすら私には理解できないのに……)
「セティポフよ。儂はこの『白国』唯一の竜でな、言いにくいが世話人のできるものはないのだよ。同族でとなると、もうすでに他のセティポフの傍に付いておるだろうしなぁ」
何やらその人は私のことで悩んでいるらしいけど、まずセティポフってなんなのか教えて欲しいわね。
そうこうしているうちに、締め切られたドアの外から女の人と子供の声が聞こえてきた。どうも階段や廊下を走っているみたい。
(この宿はまるごと木造建築だからバタバタ音が凄く響くのよね、うー頭痛い)
そうして私が余計眉を寄せて苦しんでいるのを見て、その人も辛そうに顔をしかめて見せた。
「ちょっとごめんなさいよ!急いでるの!どいてちょうだい急患なのよ!!」
「せんせぇい!!待ってくださいよぉ」
「黙って走りなさいポッティ!!セティポフのためよ!!っここね」
「ご苦労さまです。先生、お待ちしておりましたよ。ケイトは?」
「あの坊やならそのまま上へ連絡取りに走っていった!それで?……ほんとにほんとにセティポフなの?」
「えぇ、我らが隊長がそう判断いたしました」
「たいちょーは呼ばれるまで入んなってさ」
そのやりとりのすぐあと、こんこん。小さくノックの音が聞こえてきた。
「竜隊長、軍医が着きました。ドアを開けても?」
「少し待て」
その人は短く返事をして、こちらを見つめこう言った。
「今から儂の知り合いが室内へ入るが誓って悪意はない。セティポフへ危害を加えさせたりはしない」
私は、とりあえず体が動かないので瞬きを一回。
「……入室を許可するが、軍医だけだ」
「えっ、先生僕は?」
「あんたはここにいな。セティポフへを見てみたいのはわかるが、あんたはいくら助手で子供でも男だしね早死したくないだろう?」
「……はぁい」
「んじゃ、竜隊長入るよ」
ドアの前のやりとりは長く感じたけど、そのあとは早かった。
軍医と呼ばれたその女性は頭に三角の耳とお尻にふさふさなしっぽを垂らしている以外は普通のお医者さんだった。
彼女は私を看て、部屋に残っていた瓶や、日記を読んで盛大に顔を顰め、それを竜隊長と呼ばれる人に渡したあと小さく細く息を吐いて
「なんてこった。あんた、死ぬつもりだったのかい」
私の瞳をじっと見つめてそう零した。