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また、いつものことだと思っていた。
百五十年ほど以前、竜族の故郷が襲われ、一族が散り散りになってからというもの、儂はこの西の大国『白国』の軍人として根を下ろしている。
あれから、竜族のものは住みよい土地を奪われたせいか若いものや年老いたものが次々と命を落としその数を減らし、今では世界的に種として絶滅を心配されえている程。
「たぁいちょ。まーた竜種の目撃情報入ったって聞いたけどよ。ぜぇったいガセに決まってんだから今日は行くのやめとこうぜ!!」
「そうですねぇ。確かに、隊長が竜種だからってからかい半分に情報寄せるのは止めてほしいですよ」
「ですけど、情報が入った以上は行かないと叱られちゃいますよ」
「そうですねぇ。もし本当だった場合、隊長でなければ対処法もわかりませんしねぇ」
「でもよぉっ!!今月入ってから何回目だよ!その度に俺らが行くんだぜ?!」
「そうですねぇ。まぁ、大きな争いも無いわけですし、ほかに仕事もありませんからねぇ」
この三人は儂の部下だが、この国が平穏だとどうも暇なようで日々このようにぶつくさ文句ばかり。
そんな暇があれば、新兵にでも混ざって訓練でもしてくれば良いのではないか?
三人ともこの国の生まれである証に、体毛はすべて真っ白であり、瞳の色は紅い。
見た目は厳つく中身は子供のようで口の悪いガルドは刈り上げ、物腰は柔らかいが適当な返事ばかりで実際話の半分も聞いていないがなぜか賢いメイルは脛まで伸ばした髪を高く結い上げ、唯一この隊で一年ほど前に配属されたばかりのひよっこであり普通のことしか言わぬケイトは刈り上げとまではいかないが短髪である。
正直なところ、竜族は他種族の個人的判別が難しい。同族であれば他種族が判別できぬ細やかな箇所まで見落とすことはないというのに、自分たち以外の生き物にはとんと区別もできないのだ。それが生粋の人間か、それとも獣人か、それすらも気がつかないので『白国』へ来た当初は周囲から特徴として耳やしっぽが違うだろうと指摘を受けていたが今となっては呆れられたのか誰も口にすらしない。
よって、例え儂の隊の部下であろうとも区別できない。
そうはじめに三人へ告げたところ、髪の長さを変え、今では全員が色違いの腕輪をつけている。そのため、儂が三人を間違える回数も減った。
「ケイト、お前はこの書類を大隊長のもとへ置いてこい。帰りに食堂で菓子を買ってきても良いぞ」
「……たいちょー。俺ガルド」
「ケイトはここですよ!!」
「そうですねぇ。それと、いつも言っていますがケイトに菓子を与えるのは止めてください」
……ふむ。
どうやら少し間違えてしまったらしい。
けれど、二百歳を超える儂にとっては最近成人したと祝い事を行ったばかりのケイトなど赤子のようでどうも甘やかしてしまう傾向にある。
「あー、ではメイツ。書類を」
「私はメイツではなくメイルディオンです。覚えられないというから子供の頃呼ばれていた愛称を差し出したというのに、愛称さえわけのわからない他人のものに変えられては困ります」
……マイルは最近、少し厳しすぎるように思う。
「まぁ、いいじゃん!たいちょーの間違いはいつものことだし、俺行ってくるし」
「え。ガルドさん良いですよ、僕行きますから」
「そうですねぇ。確かにいつものこと、と言ってしまえばいつものことです。あきらめましょう。書類は私が行ってきます」
愚痴のこぼし合いは落ち着いたらしいが、今度は書類の件で騒ぎ出した三人を見て儂はまたため息を吐くより他になかった。
「……うむ。ではお前たちが戻り次第報告のあった宿へ向かう。たとえ誤報であったとしても装備や荷の確認はしっかりと済ませておくのだぞ」
「えぇー!!行くんスカ?!」
「了解しました!ガルドさんは今日当番なんだから荷物お願いします!」
「ではケイトは馬をお願いします。私は書類を届けますので。行って参ります」
「うむ!」
我が国唯一の竜専門部隊は少数精鋭であり、現在の所属数は儂を含め四名のみ。
主な仕事は犯罪に巻き込まれた竜の保護とは言いつつも、現在では世界的にも数えられるほどしかその頭数を確認できないほどに危機的状態の我が一族は、一部は儂と同様人の住処へ降り立ち、残りは隠れ里を作り少ないながらも身を寄せ合い暮らしておる。よって現在はそれぞれの住処から離れることもなくなり、昔のように派手に飛び回ることもない。
そのような理由もあり、この国に竜は儂一頭のみであるゆえ非常時以外はその実力を垣間見ることもない。
しかし、国から報酬を受け取っている以上働かないわけにもいかず、こうして誤報だろうと内心は思っておっても必ず街まで足をのばすようにしておる。
そういえば、儂のような竜が人型とは言え街を歩くだけでも防犯の効果があるのだとマイルは言っておったな。
「ガッド!荷に入れてよい甘菓子は一頭につき一つのみじゃぞ」
「たいちょー、俺はガルドだっての。それに俺は甘菓子より酒が」
「あー!!隊長もガルドさんも、メイルさんがいないからって甘菓子なんてダメですよ!!お酒なんてもっと怒られます!!」
「なんじゃケイト、甘菓子が食べたいのか?」
「違います!!それに人間は一人二人って数えるんですよ。この間もメイルさんに怒られていたのにもう忘れたんですか?」
「ふむ。そうじゃったか」
「まーあんま堅苦しいこと言うな!甘菓子はもっていかねぇからよ!」
「……分かってもらえたなら良いですけど。じゃあ僕も馬のところに行くので、ガルドさんはちゃんと荷を用意していてくださいね」
「へぇへぇ」
「もう!それでは隊長行ってきます」
「うむ。気を付けてな。馬に蹴られるでないぞ」
「はーい」
うむ。メイルとケルトが戻るまで、茶でも飲んで待つとするかの。