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日記の内容は大体が彼女を誘拐・拘束した挙句その力を奴隷のごとく使いボロ雑巾のように扱ってきた『国』や『人』へ向けた恨みつらみだった。
分厚いその日記には、彼女の全てと言っては過言ではない人生が詰まっていた。
彼女が覚えていることはほとんどが誘拐されてきてからのものばかりで、親や同族のことは何一つ知らないのに、知らないから故か、その想いは並々ならぬものだったらしい。
どのページを開いても、言葉の端々にはいつも願いが、込められているようだった。
「でも、結局わかったことはこの体の持ち主が彼女で、『国』からは逃げ切れたけどそのあと自殺したってことくらいかな」
彼女は、あれほど殺されるかもと書き残しているにもかかわらず『国』からはしっかりと逃げきれているようで、今はその『国』から離れて違う大きな王国の王都で宿に泊まっている。
それから日記にもあったように、彼女は人ではない。人型をとってはいるが、この世界でも数少ない竜種と呼ばれるとても長寿で強い種族なのだとか。
あとはそう、備考として、彼女の日記にはこうあった。
【りゅうしゅのじゅみょうはせんさいごろだときいた。わたしのねんれいは、ひとでいうところ、いまじゅうよんさいほどなのだとか】
けれど私と同じように、彼女も自分についてあまり良く知らないようで、自分が竜種で、女で、百四十二才、『国』に囚われているくらいしか日記からも読み取れなかった。
『国』から出さえすれば、彼女は何か変化が訪れると思っていたようで、けれど世間の風は冷たかった。彼女が今までどんな生活をしてきたかなんて、他人には何の興味も惹かなかったようで、逃げ出したはいいが生活は苦しく、同族にも会えない。親を探すにしても手がかりすらない。
種として幼い彼女が絶望するには、十分な材料だった。
そうして、彼女は旅の途中手に入れた薬を飲み、瞳を閉じた。
「で、私が彼女の代わりにこの体に入った。って、なんか嫌な話ね」
彼女の人生は、辛いことばかりだったんだろう。
けれどやっと逃げ出せたのに。でも、なにも変わらなかったのだろうか?
「......どうしよう。とりあえず、ゲームだとギルドへ行ってカード復活して貰って、仕事しないと。お金無いし」
とりあえず、日記を読み返す時間があったら金を稼がないと生きてはいけない。
財布を見たら少しはあるみたいだけど、これでどのくらいの期間生活できるのか私は知らないし、飢えるのは御免被りたいと思っている。
せめて、知り合いのひとりでもいれば違ったんだろうか?彼女の残した少ない荷物を眺めて、内心疑問をつぶやいて見たけれどだから何が変わるわけでもない。
「しかたがないか。まずは外に出ようっとと!」
そう思って、立ち会った瞬間全身から血の気が引き、私は大きくよろめいた。
なんだろう。体調が悪いのか、今まで普通に日記を読んでいられたのはしゃがみこんでいたおかげだったらしい。
「頭が痛いような、吐き気もするかも」
その時ようやく思い出した。
そうだ。この体の元の持ち主は自殺するためによく分からないけど妙な薬を飲んだのだ。この症状は薬の影響、後遺症ってやつなのかもしれない。
でも対処法が分からないし、医者って言ってもどうしたら......
「ここか」
「宿のご主人はそう言ってたけど、ホントですかね?」
「またガセじゃないんですか?」
「けれど、事実でしたら目出度いことですよ」
「おい、鍵は?」
「あっ、はいここです」
よろめいたまま、倒れ込んだ私は床に寝そべりながら不穏な男たちの会話を耳にしていた。
この部屋のドアの前、それも一人ではない。
少なくとも三人はいるだろうし、この部屋の鍵もあるらしい。
まさか『国』からの追っ手だろうか?他国にまで手が伸びることは日記を読んでいても想像がつかなかった。『彼女』もそう言った心配はしていないようだったし、だからこそ、『国』の手が届かいないこの場所を死に場所に選んだらしいことも書いてあった。
【やっと、ねむりにつくことができる。はじめて、このあたたかなねどこで、さいごのねむりに】
この宿のどこにでもありふれたベットを初めてと書くくらいだから、きっと今まで『国』に与えられていたものは私の想像できないような酷いものだったのだろう。まだ若い『彼女』がこのベットを最後の場所に選んだことを、私はとてもじゃないけど受け入れられそうにない。
そんなことを考えていたら、なんだか体に引きずられて感情が豊かになったらしく勝手に涙が溢れてきた。床まで伝って濡れる感触が痒いやら気持ち悪いのに、薬に侵食された体では腕もいう事を聞かず、拭うこともできない。
「早くしてくださいよ」
「どうせ間違いなんだら、早く終わらせて飯でも食いに行きましょう」
「何を言っているんです。もし間違いでも、我々には報告の義務があります。一度城へ戻りますよ」
「はぁ?!飯はどうなんだよ?!」
「だまれ」
それにしても、うるさいな。
出来れば侵入して欲しくはないけれど、このまま死ぬよりはましだと割り切ってしまえば入るなら早くして欲しい。
っがちゃがちゃ煩いし、その間にも私の体は痺れ、頭痛、吐き気、溢れる涙に不快感を訴えている。
「よし、開いたぞ」
「早く開けてくださいよ」
その言葉のあと、扉は蝶番がほんの少し寂れた音を立て開かれる。
「ほらぁ、とんだ勘違い......」
「なんてことっ___」
「医者を呼べ......今すぐにだ!間違えるなっ、雌の軍医だぞ!急げ!!」
「は、はいぃっ」
床に倒れこんだままの私に見えたのは、八本の足。
それと、息を呑む声、指示を出す男の怒鳴り声、それから、走り出す二本の足音。
わかったのは、多分これは、敵ではない、けれど、味方かはわからないということだけ。