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竜専門部隊隊長以下二名が王都城下町の中心を割くように引かれた街道、通称『純白の大通り』沿いに建つ旅人の宿『穢れ無き翼』で火急的速やかに任務を遂行している頃……。
王城内前庭ではケイトリディが隊長からの指示に付随して今後必要となるであろう手続きを踏むため、常日頃あまり関わりもなく制服や部隊舎、訓練施設及びすべての細かい備品すら部隊ごとに振り分けられている理由からあまり立ち入る機会もない王城門を入って右側にある一般兵の訓練用に整備された庭へ足を踏み入れていた。
(あーここはあんまり通りたくないんですよね。知らない人ばかりだし、バルドフェルドさんとメイルディオンさんもいないし、絡まれたらどうしよう……。でも、ここ通らないと大隊長がいる中庭に行くのに時間がかかるし)
「おいあれ」
「ん?」
「っうわ」
「あいつ竜専門部隊の新人じゃね?」
「なんでこっちきてんだよ。あいつらの隊舎反対だろ?」
「そんなん知るわけねーし。しっかしいーよなー」
「ああ、あいつあんな弱そうな癖に入隊してすぐあっちに引っ張られたんだっけ?」
「竜専門部隊って、隊舎すげーんだろ?うちのボロ隊舎とはハイエルフとゴブリンくらい差があるって聞いたけど?」
「おっまえさ、制服からもうちげーだろ!見ろよあれ!いくら隊長が竜だからってよぉ、隊員の制服に鱗布使うかよ?!いくらすんだよアレ!」
「でもさ、鱗布に使ってる鱗は隊長からもらえんだし、その分の元手もわざわざ他の竜に鱗貰う手間も零じゃん。金は布に直すのに職人へ払う分だけだろ?」
「そういう問題じゃねーんだよ!アホかっ?!」
(これは、話しかけるきっかけになるかも!よし。なるべく、穏やかにいこう)
「……うーん、そうですよね。確かに、昨今どこの大国でも軍人になって入隊したばかりのひよっこなんかに希少な鱗布を使った制服を支給してくださる隊長は世界中探しても見つかりませんよね」
(竜隊長は凄い方だから、僕なんかにも制服をすぐ仕立ててくださったし)
「あ」
「え」
「う……」
(うーん。普段自分達の隊舎にいると、他の隊の人とはなかなか関わることもないから新鮮だなぁ)
日に焼けた汗臭そうな見知らぬ隊の人をさりげなく盗み見ながら、ケイトリディはにこりと笑いかけた。
「はじめまして。もう皆さん御存じのご様子ですが、僕は竜専門部隊新人のケイトリディです。申し訳ないのですが、大隊長にお会いしたいので前庭を通りたいのです。取り次ぎをお願いします」
(僕より年上かな?筋肉凄い……でも、バルドフェルドさんよりは弱そうだな。メイルディオンさんとは絶対向き合って話せないだろうな)
「あ、お、おぉ。ちょっくらまてや、確か大隊長は今時間会議で上にいるはずだからよ」
腕が丸太のようにムキムキしていて、顔にはジョリジョリしそうな髭が生えた中年オヤジ。この中では階級が一番上なのかもしれない人が城の上のほうに視線を投げ、酷く面倒くさそうに頭を掻きながら隣の兵士の脇腹を小突き。
「おいお前!ちょっと走ってあー、隊長たちがどこにいるか確認とれ!」
「あ、はい!」
「すみませんね。急用なもので」
「いいさぁ。すぐ確認させっから、ちょっくらここで待ってろや」
小突かれた中堅っぽい小太り兵士は少し奥まった場所で訓練に励んでいた見習いの少年に声を張り上げ、指示を出すとひとり、またひとり とその場を離れ人海戦術で大隊長の現在地を探ってくれているようだった。
(うーん。緊急事態って言ったら機密情報漏れそうだし、でも急がないとメイルディオンさんに叱られるし……)
目の前の男たちがバタバタと指示したり叫んだり走り出したりするのを見ながら、ケイトリディは少し困ったように眉を下げ、ここから目的の人物に会うまでにどのくらい時間がかかるか予想しながら、一人ぽつんと取り残された前庭で空を流れる雲でも眺め考え事。
(そういえば、あのセティポフさま、一瞬であんまり見えなかったな。竜隊長の知り合いかな?今度会ったら、今度会うことがあってもその時にはもうプーフを着ているだろうし、顔もわかんないなぁ。バルドフェルドさんが失礼なことして、メイルディオンさんを怒らせていなきゃいいけど。あ、この甘菓子城下で有名なお店のだ……やっぱり高いぶん、すっごくおいしい)
ぽりぽり。
竜隊長に何日か前に渡されてそのまま内ポケットに仕舞い込んでいた甘菓子を頬張り、のんびりと時が流れるのを待った。