4. 来襲
――キーンコーンカーンコーン♪
「次は魔法実技の授業だわ。うっかり話し過ぎてしまいましたわね。急ぎましょう。」
校庭に出ると、それぞれの魔法属性ごとに分かれた。魔法属性には光、闇の他に、炎、水、風、土がある。私は"炎属性"ということになっている。
「おい!遅いぞ。では点呼。」
炎属性の講師は熱血で、少し短気だ。小走りで列に滑り込んだ。
「今日は攻撃魔法の基本。ペアを組んでファイアボールをキャッチボールしてもらう。」
「はい。」
魔法属性は一つの属性が強く発現する人もいれば、複数の属性を発現する人もいる。私の場合、強く発現しているのは闇魔法だが、ほんの少しだけ炎魔法が使える。
「行きますわ!レナ様。」
「ええ。」
友人の伯爵令嬢が撃ったファイアボールを受け取って投げ返す。そういえば、原作でレナが炎魔法を使っている描写はなかったな。何周かキャッチボールを繰り返すと、もうへとへとだ。
「はあ……、はあ……。もうだめ。」
「レナ様、大丈夫ですか?」
「ごめんなさいね。あまり身体を動かすのに慣れていなくて。」
こういう時に、病弱キャラは実に便利だ。
「まあ!大変ですわ。では、あそこで少し休みましょう。」
友人に肩を支えられ、校庭の隅にあるベンチに腰を掛ける。皆の実習を眺めた。
「レナ様!あちらをご覧になって。リュカ様よ。遠征から戻られていたのね。」
友人の指さす方を見ると、金髪に碧眼の青年。本来、私の婚約者だった人――リュカ王子。一緒に話しているのは聖女・オレリアだろう。彼女は聖魔法だけでなく、光属性の魔法も扱う。ピンクブロンドの髪をふわりとなびかせ、人好きのする微笑みを浮かべている。彼らのことは漫画で何度も見た。
「きゃあ!リュカ様がこちらを見ましたわ。」
意図せずリュカと目が合い、視線を逸らす。モブ生徒からすれば、王子の視線はうれしいのだろうが、私からすれば厄災以外の何物でもない。
「お前たち、元気なら休んでいないで実習に取り組め。」
「すみません。」
再びファイアボールを投げ合う。その時だった。
――ゴゴゴゴゴゴゴー!
突然、空に雷鳴が轟く。
「――魔法陣?」
巨大な魔法陣が一瞬見え、爆音と共に妖しいオーラをまとった大蛇の尾が見えた。
「魔物だ!」
「どうして、学校に魔物が!」
「きゃあああ!」
「バジリスクだ!絶対にあの眼を見るな。石にされるぞ!生徒は校舎へ避難しろ。教室に戻ったらすぐにカーテンを閉めるんだ。」
バジリスク――雄鶏の胴体に蛇の尾、その眼を見た者を石化させ、命を奪う呪いをかけた。なかなか手ごわい。魔法陣が空に開いたということは、ここにいる誰かが召喚したのだろう。ただ今はそんなこと気にかけている場合ではない。下手を打てば、生徒たちに被害が出る。講師とリュカたちが校庭に残った。オレリアも一緒だ。私も自分に幻影をかけて、自分にできることがないか探った。
「ぎゃあああ!」
闇魔法の講師、ルブタン教授が悲鳴を上げた。目をつぶったまま放った拘束魔法は明後日の方向に飛んでいき、その直後、バジリスクの尾ではじき飛ばされたのだ。他の講師たちも目をつぶり、魔法を放つが、かすりもしない。治癒魔法の使い手、聖女・オレリアは俯いたまま、怪我をしたルブタン教授に駆け寄り、治癒魔法をかけている。
「やあああ!」
リュカも切りかかるが、直前で目を閉じざるを得ないため、上手く急所に当たらない。
「だるいな。なんかものすごく時間がかかりそう……。魔物相手でも知性のある生物の殺生はあまり好まないのだけど、"絶対服従"はバジリスク相手に使えないのよね。」
そう、"絶対服従"は相手の眼を見ないと発動できない。バジリスクには御法度だ。
「きゃあーーー!」
女の子の叫び声。声のする方を見ると、逃げ遅れた女子生徒がバジリスクの尻尾にはじかれそうになって腰を抜かしている。
「こっちだ!バケモノ!」
リュカが気を引くためにバジリスクに切りかかった。講師たちもここぞと攻撃を仕掛けるが、やはり一発も当たらない。
「――仕方ないわね。」
そのまま幻影の中で動き、彼女に駆け寄る。一瞬だけ幻影を解き、彼女に声をかけた。
「あなた、大丈夫?一緒に逃げましょう。」
「は、はい。」
――バシッ!!
一瞬でバジリスクが私の気配に気づいた。その尾が地面を跳ね、制服に泥がべったりと飛ぶ。
「あのさぁ?泥ついちゃったじゃん。この制服、憧れですごく気に入っていたのに。殺さずに元の場所に戻してあげようと思ったけど、制服を汚すなんて絶対許さない。」
バジリスクを睨む。地響きと共にバジリスクの真っ赤なトサカが揺れた。眼が合うと同時に放たれる真っ黒な邪気。"石化の呪い"が私に襲い掛かる――静かに詠唱した。
「Maledictionem retroverte!――呪いよ、反転せよ!」
呪いは勢いよく反射した。全身に呪いを受けたバジリスクは石になり、その場に崩れ落ちた。
「守ってくださって、ありがとうございます。――オランジュ侯爵家のレナ様ですよね?なんとお礼を言ったらよいか。」
「この程度、礼には及ばないわ。」
「いいえ!この御恩、生涯絶対に忘れません!!今度、ぜひお礼させてください。」
「うーん。お礼はいいです……。代わりに今すぐに忘れてください。」
「え!?」
「Obliviscere!――忘れろ!」
女子生徒に忘却魔法をかけて、そのまま幻影で姿をくらました。




