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悪役令嬢ですが、呪ってません!~断罪回避のため闇魔法を隠していたら、王子に正体がバレました~  作者: 志熊みゅう


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25. 異世界

 気がつくと、私は前世好きだったカフェ・レゾンデートルの窓際の席に座っていた。自宅近くにあったこのカフェは、植物がたくさん飾られた店内と気さくなマスターの人柄が好きだった。窓ガラスに映る自分の姿に驚いた。真っ黒なボブヘアに大きめのおしゃれ眼鏡。――私は『本条玲奈』だった。


 そして、目の前には黒髪の青年。芸能人と言われても驚かないくらいの美形で思わず見惚れてしまう。誰だろう?こんな人知らない。彼は優しそうな笑みを浮かべながら言った。


「……目が覚めたようだね。レナ嬢。」


 いきなり名前を呼ばれて、さらに困惑する。


「ごめんなさい、ぼーっとしていて。……申し訳ないですが、どなた様でしょうか?どうして私、あなたとここにいるのか、私分からなくて。」


 目の前に置かれたコーヒーを一口飲む。深煎りでずっしりとした味、レゾンデートルのオリジナルブレンドだ。前はブラックで飲んでいたのに、なぜか無性に砂糖を入れたくなる。


「私のことはレオと呼んで欲しい。困惑するのは無理もない。――ここは、私が君の記憶をもとに作り上げた世界だから。」


「レオが作り上げた世界?」


「君も幻影で他人を惑わすのは得意だろう?でも、これはもう少し上級な術だ。」


 幻影?魔法がある世界ということは、私はやっぱり『レナ・オランジュ』なのかな?


「安心して欲しい。私は君とちゃんと話がしたくて、落ち着いて話ができる環境を用意しただけだから。」


「お話ですか?」


「ああ、私も君と同じリュカ殿下の被害者だから。」


「被害者……?」


「端的に言うと、君が今いる世界はリュカ殿下が無理に時間を巻き戻した世界だ。時の流れを逆行させたから、時空が歪んで、君が元いた世界と私たちの世界が互いに干渉し合った。――君が好きで読んでいた"漫画"とやらもその産物だね。」


「……光と陰のアンビバレンス。レナ!レナ・オランジュはどうなったんですか?リュカが時間を巻き戻した?どういうことですか?」


「ふふ。質問が多いな。まずは、君が好きだった"漫画"とやらのもう少し先の話をしよう。レナは信じていたリュカ殿下に処刑されたよ。レナを守ろうとしたオランジュ家もろとも反逆罪で処刑した。」


「そうですか……。」


 顔面からさっと血の気が引いて、俯いた。


「でもリュカ殿下は、オレリア嬢やジュベール公爵家に陥れられたことに気づいた。そして、自分を真に想ってくれていたのは君だけだったと、激しく後悔した。」


「後悔するぐらいなら、生前のレナの声にもっと耳を傾けて欲しかったですね。彼はオレリア嬢ばかりを優先させていたじゃないですか?」


 なんて自分勝手なんだろう。怒りがこみ上げてくる。


「やっぱり君は面白いね。いつしか彼は"魔王"を封印するのではなく、魔王の封印が解かれる前の世界に戻せば、全てをやり直せるのではないかと考えるようになった。」


「やり直す……?」


「ああ、ただ安全に時を巻き戻す方法なんてない。何が起こるか分からないのは、君も知っているだろう?しかも、それだけのリスクを冒しても、巻き戻した本人が記憶を保てるとの保証もない。そもそも、存在そのものが時空の塵に消えていたかもしれない。」


「そうですね。……あなたに聞くのが正しいか、分からないのですが、どうして私『本条玲奈』は『レナ・オランジュ』として、この世界に転生したのでしょうか?」


「いい質問だ。時空のゆがみの中で、肉体を失った君の魂はレナ・オランジュの魂と出会い、互いに深く共鳴し合った。そして……二つの魂は融合した。今の君は『本条玲奈』としての記憶しか持っていないようだがな。」


「つまり私は『本条玲奈』であり『レナ・オランジュ』でもあるということですか?」


「そうだよ、レナ嬢。君がリュカ殿下に抱く不信感は『レナ・オランジュ』の魂に由来するものだと思う。それでも彼を助けたいと思ってしまうのも。」


「ありがとうございます。でもまだ整理がつかなくて。もう肉体がないということは、私がこの世界――『日本』に戻って、『本条玲奈』として生きることはできないんですよね?」


「その通りだ。それに君たちの魂は深く共鳴し合い、融合した。もう引きはがすことはできない。」


「私、この先どうしたらいいんでしょうか?貴族令嬢なんて向いてないです。王子妃なんて猶更。」


「今まで辛かっただろう。孤独の中、一人で頑張ってきた。あの王子は君を振り回すが、君に何も与えなかった。聡明な君に相応しい相手とは言えない。――レナ嬢、どうか私の手助けをしてくれないか。私なら君の抱えてきた苦しみを理解することができる。」


 レオは私の手を握り、そう告げた。『本条玲奈』として生きていた時、私は社畜だった。田舎から出て来て、助けてくれる人もいなかった。こんな風に私のことを分かってくれて、見返りを求めず甘やかしてくれる人がずっと欲しかった。いつの間にか、ぽろぽろと大粒の涙があふれ出ていた。


 その時、世界が大きく揺れて、観葉植物のプランターが床に落ちた。遠くで私の名を呼ぶ声がした。


「え、地震!?」


「クソ。バカ王子が。」


 レオのさっきまで柔和な笑みが崩れ、握られた手から真っ黒な邪気が流れ込んでくる。


「あなた、まさか魔王……。もしかして私を依り代にしようとしている?」


「ああ、あいつらは私をそう呼ぶな。だが、私には『レオナール』という名前がある。」


「どうして私なんですか?王家の血筋なら、私よりもリュカ殿下の方が……。」


「血縁は依り代の条件の一つに過ぎん。もっと大事なことがある。」


「私は依り代にはならない!放してください!」


「賢い君ならとっくに気づいているだろう。君は、レナ・オランジュは、闇魔法の術師だから嫌疑をかけられて、処刑された。人間の世界で闇の術師の尊厳が守られることはない!私なら君をもっと高みに連れて行くことができる。」


 そうだ。レナは闇魔法の術師だから嫌疑をかけられた。薄々感じていたことだ。魔王も旧王朝時代、第一王子として生を受けたが、闇属性だったため、亡き者とされたと聞いた。当時は太陽信仰が盛んだったから、今よりもっと生きづらかっただろう。


 悪魔との契約は、そんな彼の生存証明――レゾンデートルだったのか。カフェの壁が、床が、世界が大きく歪んだ。今度は私を呼ぶ声がはっきり聞こえた。


「レナ、レナ!愛している!僕が間違っていた。君を失いたくないんだ。お願いだから戻ってきてくれ。」

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