24. 生贄
オレリアの国葬前夜に再び北の塔に赴くことを約束した。決行当日、王都の街は聖女の死を悼むかのように、小雨が降っていた。昼過ぎにリュカの使いが王家の紋を隠した馬車で迎えに来た。家族や従者には友達の家でお茶をすると伝え、タウンハウスを出た。
王宮のリュカの居室には、既にアランとカトリーヌが集まっていた。
「では、レナ嬢もこれを。」
渡された神官服に身を包み、呪い返しのペンダントを身に付け、準備は万端だ。王宮から北の塔に続く廊下はいつも以上に静かで、雨音と我々の足音だけが響いた。
「門番様、新しく殿下の担当になりました。カトリーヌです。これからよろしくお願いしますわね。」
カトリーヌは門番に深々お辞儀をして、入場許可証を渡す。
「……聖女様まで。こんな日に、神官の皆様が殿下のことを気にかけてくださるなんて、殿下も喜ぶと思います。ありがとうございます。」
「いえ、これも務めですわ。」
北の塔は、奇病騒ぎでさらに従者が減り、がらんとしていた。階段を上り、塔のてっぺんにたどり着く。ノックをするが、中から返事はない。リュカが扉を開けた。
「何者だ!……お前たちここで何をやっている?」
第一王子の居室には、なんと先客たちがいた。――しかも神官服を着た。
「……神官長?」
神官長とその傍らには二人の子ども。サイズの合っていない擦り切れた服を着ている。神殿で預かっている孤児たちだろうか。
「これは、これは!リュカ殿下ではありませんか。お兄様のお見舞いでしょうか?オレリアの国葬の前日くらいその死を悼んでやってください。オレリアは殿下のことを本当にお慕いしていたのですから。」
「それは、お前もだろう。姪の葬儀の前くらい、その死を悼んでやれ。それにこちらの質問に答えろ。今日は何の用だ。神殿関係者の入場許可は『聖女の邪気払い』に限られているはずだ。それにその子たちは何者だ?」
隣にいる子供たちは五歳くらいだろうか。よく見ると何日も風呂に入っていないのか顔も薄汚れていた。
「この子たちは、神官見習いでして、呪いというものを見せに来たのです。」
「兄上は見世物ではない……!」
「い、いえ、決してそういうつもりでは。――カトリーヌ、お前はどうしてここにいる?国葬の準備は終わったのか。」
神官長が一緒にいたカトリーヌに気づき、声を荒げた。
「彼女は僕が呼んだ。見舞いのついでに邪気払いをしようと思ってな。もう一度聞く。神官長、どうしてお前はここにいる。」
「……。」
「言えないなら、当ててみせよう。――お前は、魔王に生贄を差し出そうとしたのか。」
「生贄?」
私は自分の耳を疑った。
「魔王の好物は魔力のある子どもの魂だと聞くからな。ここ一年、領土内の瘴気が増している。魔王が力を取り戻しているという証拠だ。お前たちは、どれだけ魔王に生贄を捧げたんだ。」
「ま、魔王?!どこにそんなものがいるんですか。ここはアレクサンドル殿下の居室ですぞ。」
「しらばっくれるな。それはお前が一番よく知っているだろう。兄上にかけられた呪いは、既に闇魔法の専門家に依頼して、その大部分が解呪済みだ。兄上を呪っていた者たちは、それ相応の報いを受けた。」
「……報い?」
「解呪の反動だ。北の塔の奇病騒ぎ、該当者を調べさせてもらったよ。全てジュベール家の息がかかった者たちだった。北の塔の門番と侍女に置いたのは、生贄を捧げるためか?」
「さっきから一体何のことでしょう?まさか、我がジュベール公爵家があの恐ろしい魔王崇拝教に関与しているとでも?いくらリュカ殿下でも、厳重に抗議致します。私は神に仕える身。魔王崇拝などありえません。」
「オレリア嬢は生前、お前に言われて兄上に呪いをかけたと自供したぞ。ジュベール公爵家が孤児院や神殿を隠れ蓑にした大規模な人身取引に関わっていたことも、既に証拠を押さえている。なにが神に仕える身だ。これらは陛下もご存じだ。」
「ぐぬぬ。」
「私が今帯剣している光の剣も、もともとは神具として神殿の祭壇の下に安置されていた。魔王の封印が解かれたと報告された時、真っ先にお前たちを疑うべきだった。」
「……クソ。あと少しだ。あと少しで新しい依り代が用意できるというのに、邪魔をするな。」
神官長は何やら小声でボソボソと言うと腕輪を外し、こちらに向かって投げつけた。あれは魔物が封じられた神具か。先程の詠唱で封印が解け、大きな魔法陣が展開する。黒い靄が部屋に立ち込めた。
その隙をついて逃げ出そうとする神官長を、私は逃さない。
「何、逃げようとしているんですか?あなたには、ここにいてもらいますよ。Constringe! ――拘束せよ!」
黒い鎖で神官長を縛り上げる。この鎖は行動と魔力を抑える。対象者に危害を加えるものではない。
「ひぃっ!闇魔法、お前は何者だ!?」
「あなたに名乗る必要はない。それにこっちは忙しいんで、大人しくしていてください。」
神官長に連れてこられた子どもたちは部屋の隅で恐怖で声も出ず、震えていた。
「あなたたちも、今は逃がしてあげられないの。ごめんなさいね。ちょっと大人しくしていて。Constringe! ――拘束せよ!」
申し訳なく思ったが、下手に動かれると逆に危ない。子どもたち二人も黒い鎖で縛り上げた。
そして先程の黒い靄からは、三つ頭の狂犬が現れた。――ケルベロスだ。これから魔王の呪いを解呪するのに、こんなところで消耗するわけにいかない。私の総魔力量を考えれば、ケルベロスは圧倒的格下。絶対服従で命令をするのが一番簡単だが、発動条件は瞳を合わせること。頭が三つもあると同時に発動させるのは難しい。少し手間だが一匹ずつかけるか。
早速こちらに突進してくるケルベロスの頭の一つと目を合わせて詠唱する。
「Oboedientia absoluta!――絶対服従!」
頭の一つが、頭を垂れる。
「おすわり!」
命令に従おうとする頭と、私に襲い掛かりたい二つの頭とで、ケルベロスは仲違いを始めた。
「いいぞ!ありがとう!レナ嬢。」
リュカがケルベロスの背後から、その心臓を突いた。ケルベロスの瘴気が光の剣で浄化されていく。やがて跡形もなくケルベロスは消え去った。あまりに呆気なくケルベロスが倒されて、神官長は愕然としていた。
「ケ、ケルベロスだぞ……。こんなあっさり。」
「お前は黙っていろ、神官長。よし、始めるぞ。」
リュカの声に、私たちは頷いた。
「おい貴様ら、何をする気だ。」
「端で大人しくしていろって言うのが分からないんですか?」
私は神官長を鋭く睨みつけた。
「では開始します。」
まずは呪いの解析から。新しくかけられた呪いはなさそうだ。魔物の呪いにレヴナントで検証した術式を当てはめてみる。
「Maledictionem solve!――解呪!」
やった!解呪できた。私の見立ては正しかった。複雑に絡み合った呪いを一つずつ解呪していく。呪いを解けば解くほど、邪気は濃く強くなってくる。これが魔王の瘴気……。
「コアの呪いはほぼ解除しました。最後の呪いに取り掛かります。」
第一王子に最後に残された呪い――それは"愛の呪い"だ。複雑な術式ではない。だが命を代償にしているだけあって、最も強靭な呪いの一つだ。解呪する私も何らかの影響を受ける可能性がある。声が出せなくなる可能性も考えて、呪いを解き切る寸前に、右手の三本指を立てるハンドサインをアランに送る。アランも三本指を立てた。分かったという意味だ。
「Maledictionem solve!――解呪!」
解けた。その瞬間、第一王子の肌はさらに白くなり、その肉体が死に向かって行くのが分かった。そして、真っ黒な邪気は第一王子の肉体から離れた。よし、あれこそ魔王の魂だ。
「Tempus consiste!――時よ停まれ!」
アランの声が耳に響く。時を操る魔法は光魔法固有の魔法だが、その扱いが難しく、禁術とされている。アランは練習の成果出し切り、無事第一王子の肉体の時間だけを停めることに成功した。後はあの魂を光の剣に封じれば。
「――え?どうして?」
ここで、想定外のことが起こった。リュカに向かうものとばかり思っていた魔王の魂は、まっすぐ私へ襲いかかってきた。
――パリン!!
胸元の呪い返しのペンダントが弾ける。まずいまずいまずい。愛の呪いを解呪した衝撃で術が展開できない。次の瞬間、世界は真っ黒な闇に包まれた。




