20. 面会
後日夕刻、私たちは神殿に集まった。カトリーヌが出迎えてくれた。
「皆様!私の予定に合わせていただいてありがとうございます。どうぞこちらへ。」
極力目立たないよう、神官の装束に身を包み、幻影を纏って神殿内を進む。思いのほか、がらんとしていて、すれ違う人はいなかった。
「……神殿って思ったより、静かなんですね。」
「ちょうど神官長や神官は地方貴族の弔問に行っているんです。あと他の聖女もオレリア様の仕事が増えたので皆忙しくしていますね。」
「なるほど。」
「オレリア様は自室で謹慎中です。殿下がお忍びで会いたがっているってお伝えしたら、大喜びでしたわ!」
「殿下、アラン様。私は幻影で姿を消しているので、まずはお二人でお話ください。何か聞きたいことがあれば、どちらかに耳打ちします。」
「分かった。」
カトリーヌに連れられて、本来聖職者しか入れない神殿の裏手にある建物を案内された。
「こちらがオレリア様の部屋です。オレリア様!殿下をお連れしましたよ。」
カトリーヌが年季の入った木製の扉を叩く。中から返事があり、オレリアが扉を開けた。
「リュカ様!お久しぶりです。オレリア、リュカ様に会いたかったです!」
涙ぐんだオレリアがリュカに抱きついた。リュカは表情を変えず、それを引きはがした。少し痩せただろうか。瞳は灰色のままだ。
「あら、すみません。私感極まってしまって。狭い部屋ですが、どうぞお入りください。」
オレリアに言われて、私たちは部屋に入る。ドレスなどはあるが、貴族令嬢の居室としては質素な部屋。ジュエリーもほとんどなかった。リュカは、案内されたソファに腰を下ろすと、オレリアに話しかけた。
「オレリア嬢、それで体調はどうだ。倒れたと聞いて心配したぞ。」
リュカに心配されて、オレリアはうれしそうだ。
「だいぶ良くなりましたわ。それに、リュカ様の顔を見て力が湧いてまいりました。」
「で、いつ討伐に戻れる?西の領地でまたスタンピードが起こったんだ。」
オレリアが少し困ったような顔でカトリーヌを見る。
「……実は黙っているように言われているんですが、私、"神様の気まぐれ"で聖魔法が使えなくなってしまったんです。」
「神様の気まぐれ?信仰心が足りないという聖女が聖魔力を失うというアレか。」
少し煽るような口調でリュカが言う。
「神官長はそうおっしゃいますが、私は毎日欠かさず、神への祈りを捧げております。今までの記録を見ても、不信心が原因ということはないと思います。その名の通り、"気まぐれ"なんです。」
「気まぐれね。――でも何か心当たりはないのか?オレリア嬢の力が戻らないと魔物討伐にも差し支える。」
「思い当たることは……ないですね。期間も決まっていないので、明日、力を取り戻すのか、はたまた一年後なのか。」
私は、アランに耳打ちした。
「オレリア様は光魔法も使えますし、そちらでサポートいただくのはどうでしょうか?聖女はカトリーヌを始め、他の者をつければいい。」
私が言った通りに、アランが横槍を差す。それにカトリーヌがかぶせる。
「オレリア様は光魔法もお上手ですもんね!私は聖魔法以外はぱっとしないので、本当に尊敬しています。」
オレリアが慌てた様子でうつむく。
「どうした、オレリア嬢。やはり体調が悪いのか。」
ふと何かに気づいたようにオレリアはパッと顔を上げ、リュカの手を握った。
「――リュカ様、お慕いしております。ですから心を決して申し上げます。私、すべての魔力を失ったのです。あれはちょうどリュカ様たちと王宮内ですれ違った時でした。そうあの、泥棒猫!オランジュ侯爵令嬢ですわ。あの子がすれ違いざまに『聖女の輝きが失われている』と、耳打ちしてきて、そしたら本当に力を失っていて。」
いきなり自分の名前が出て来て、ひやりとする。解呪の反動なら、私が何かしたというのは確かに正しい。
「オランジュ侯爵令嬢は僕の友達だ。そういう言い方は感心しない。」
「いえ、きっとあの子です!最近殿下に近づいて、絶対何かを企んでいます。リュカ様の魔力も奪われるかもしれません。あの子から離れてください。」
オレリアが目に涙を浮かべ、必死に訴える。
「オレリア嬢、落ち着け。他人から魔力を奪うなんて魔法はないよ。あの子は少し炎魔法が使えるだけだ。それよりオレリア嬢、本当に僕に隠していることはない?――例えば、学園のバジリスクを召喚したとか。」
オレリアの灰色の瞳が大きく見開かれた。
「校庭で魔石の破片が見つかった。魔法研究所の職員に見せたら、魔物を封印するための神具の一部だろうと言われた。あの時、空に展開された巨大な魔法陣を見た者もいる。魔物が封印された神具は、神殿の最奥、神官長や一部の聖女しか入れない部屋に安置されているはずだが。」
「私は存じ上げません。あの日はリュカ様たちと一緒に実習を受けていたじゃないですか?」
「でもバジリスクが召喚される直前、君はお手洗いに行くと、僕たちから離れたよね。」
「そんな!ほんの一瞬ですわ……。」
「そう。じゃあ聞き方を変えよう。君はジュベール公爵や神官長から、ルブタン教授を殺害するように言われていたんじゃない?」
「え?」
「ルブタン教授は、ただの学園の教員ではない。国外から招聘した闇魔法の権威だ。兄上の呪いを見てもらおうと思ってね。」
「あら、そんなこと、私初耳ですわ。」
「バジリスクを召喚すれば、生徒を守るために、ルブタン教授が率先して戦い、命を落とすと思ったか?もしくはルブタン教授の信頼は失墜させるためか?あの場が上手く収まらなければ、ルブタン教授は教職を追われていた可能性もある。」
「……私は存じ上げません!」
「そうか。ならいい。実はね、ちょうど君が力を失った頃、城内で体調を崩した従者が何人かいてね。奇病だなんて言われているよ。」
「奇病?なんのことですか……。」
「でも不思議なことに、体調を崩したのはジュベール公爵家の関係者、その派閥の家柄の者だけなんだ。」
オレリアが眉間にしわを寄せる。
「実はあの日、君とすれ違った日、僕たちは兄上の呪いの一部を解呪したんだ。もう一度聞くよ。――オレリア嬢、本当に何か隠していることはない?」
オレリアはある可能性に気づいたのか、ガタガタと震え始めた。
「……神官長の叔父に言われたんです。将来リュカ様と結婚するのであれば、いつかアレクサンドル殿下の存在は邪魔になるって。バジリスクだってそうです。貴族の子女の前でリュカ様がバジリスクを倒せば、支持が高まり王位に近づくって言われて。――全てはリュカ様のためだったんです!」
「……君は、僕のために兄上に呪いをかけたと言うのか?」
「私はリュカ様に王位を継いで欲しかった。でも神官たちを連れて、邪気払いに行って、表立って危害を加えるなんてできない。だから……。」
「それで呪いをかけたのかと聞いている!」
「違います!属性に関係なくかけられる呪いがあると神官長に教わったのですが、上手くかかりませんでした。」
「成就しなかっただけで、呪いはかかっていたのだろう。君が魔力を失ったのはおそらく、その"反動"だ。他に神官長に怪しい動きはなかったか?」
「時々、神殿外の人を呼んで話し込んでいますが、よく分からないです。結局私はあの家で"部外者"なので。」
「……そうか。話を聞かせてくれてありがとう。でももう君と会うことはないと思う。僕は自分の兄を害しようという人間を決して許さない。」
「そ、そんな。私、このままでは神殿も公爵家も追い出されてしまいます!私、養女だから……。今更子爵家の実家には戻れません。リュカ様だけが頼りなんです!ま、待ってください!リュカ様!」
私たちは泣きすがるオレリアを置いて、部屋を後にした。オレリアの声が虚しく廊下に響いた。




