17. 禁術
「反対だ!あれは原理は学校でも習うが、禁術だ。効果範囲を間違えれば大変なことになるぞ。しかもそれを兄上の御身に。そんな無茶な。」
「しかし魔王も慎重になっているようですし、アレクサンドル殿下を守りつつ、魔王の魂をおびき出すには、もうこの作戦しかないと思うのです。」
「だがしかし……。」
「魔王は日に日に強大化して、瘴気も増えています。魔王崇拝教が他の依り代を用意し、魔王が移ったら、本来の力を取り戻す可能性が高いです。魔王の魂がアレクサンドル殿下の中にある今が討伐のチャンスなんです。急がないと。」
「……いやだめだ。」
その後、長い沈黙が続き、アランが覚悟を決めたように口を開いた。
「……殿下、俺がやります。殿下は光の剣で魔王を討つことだけに専念してください。」
「しかし、アラン!」
「王家の書庫には光魔法の禁書があると聞きます。俺に使わせてもらえませんか?アレクサンドル殿下を兄だと思っているのは殿下だけではありません。王家の裏庭で剣術の稽古をつけてもらったり、家族の期待に悩んでいる自分の相談にのってもらったり……アレクサンドル殿下は俺にとっても兄なんです。」
アランの必死の訴えに、リュカが最後は折れた。
「……そうか、分かった。ではそれで行こう。ならば善は急げだ。レナ嬢、僕たちは城に戻る。引き続き、解呪の調査を頼む。また、学校で。」
「呪いはお任せください、リュカ殿下。」
「ありがとう、レナ嬢。君は本当に頼もしいな。」
翌朝早く、リュカたちは王都に戻った。
「嵐のようでしたね。あのレナお嬢様がまさか数か月で第二王子とお友達になるとは思いませんでしたよ。」
管理人がぼやくように言った。
「あのって何よ。」
「いえ、何でも……。」
それから山に籠もり、捕まえたレヴナントを使って解呪を検証した。裏山へ行くところを使用人に見られれば、"お嬢様の奇行"として母に報告されかねない。私は再び幻影で、自室にいるよう偽装した。
「よし。」
レヴナントを魔道具で拘束し、"生贄"に死の呪いをかけさせる。生け捕りにした野うさぎが、かごの中で長い耳をぴくぴくさせて、震えている。レヴナントから放たれた邪気が野うさぎを包み込む。
「Maledictionem solve!――解呪!」
すかさず解呪の詠唱をする。魔王の呪いとの共通骨格を狙った解呪だが、上手く術が展開できず、野うさぎはそのまま息を引き取った。
「ああ、また失敗。どうして上手くかみ合わないの。ここが刺されれば、解呪できるはずなんだけど。――うん待てよ。」
私はペンを走らせ、魔法陣を書き足した。今度こそ。
レヴナントに悟られぬよう再び幻影を使い、今度はリスを入れた籠をその目の前に置いた。パッと幻影を解くと、レヴナントが目の前のリスに気づき、レヴナントは再び呪いをかけた。黒い邪気に包まれたリスが倒れた。
「Maledictionem solve!――解呪!」
よし今度はちゃんと術が刺さった。これで解けるはず。黒い靄が晴れていく。しかし、リスは倒れたまま動かない。ドキドキしながら、その様子を観察していると、やがてリスはぴくりっと身を震わせ、籠の中で暴れ始めた。
「成功!成功!大成功!新学期に間に合った。」
それから数日後、私は別荘の者たちに見送られて、王都に向かった。ひと月ぶりの王都。ひと月ぶりのタウンハウス。なぜか玄関には樽が山積みにされていた。
「これ、何です?」
執事が言いにくそうに答える。
「これは、シャルルおぼっちゃまがリベルテで買ってきたリンゴジュースです。」
「リンゴジュース?!」
「何でもアルコールが入っているものと勘違いしたそうで。」
「いや、それにしても買い過ぎでしょう!」
噂をすれば、次兄・シャルルが現れた。
「シャルル兄様、これどうするつもりですか?」
「シェフに聞いたら、ジュースからシードルが作れるらしい。試しに作らせてみることにした。それよりこの屋敷に第二王子が来たって本当か?」
「作れるかもしれませんけど、ちゃんと飲み味がいいものが仕上がるとは限らないですよ。えっ、今なんて言いました?」
「だから、俺は第二王子が来たかって聞いてんの!」
「来ましたけど、それがどうかしたんですか?」
「何でお前そんなに冷静なんだよ。お前みたいなひ弱で性悪、王子妃なんて絶対に無理だ。……それにオレリア様やジュベール家に目を付けられたら面倒だぞ。ただでさえうちは対立派閥なんだから。」
シャルル兄様、急にどうした!?
「もしかして、お兄様心配してくださっているんですか?オレリア様なら当分表に出てこれないでしょうから、ご安心ください。」
「えっおい、どういう意味だ?」
あ、しまった。余計なことを言った。だが、次兄は単純剣術バカなので何かを疑うことはないだろう。うるさい次兄を振り切って、自室に向かうと、今度は長兄・エルネストに出くわした。
「おお、かわいい我が妹、レナ!体調はどうだ?オレリア嬢は所詮、公爵家の養女だ。知っているか?我らが曾々祖母は、時の王の第五王女だ。お前の方がずっと家柄がいい。自信を持て。うちが全面的にお前を支援する。必ずや第二王子のお心を掴むのだぞ。」
「……エルネストお兄様にかわいいと言われる日が来るとは思いもよりませんでした。吐き気がします。では失礼します。」
「お、おい。」
自室に戻った私は、リュカたちに見せたい書類をまとめ、密書としてアランに送った。ほどなく返書が届き、アランの"禁術"の習得も順調だと報告を受けた。さらに聖女として神殿に入っているアランの妹も、作戦を支援してくださるとあった。
「忙しくなりそうね。」
半開きのクローゼットに吊るされた制服が目に入る。明日からいよいよ新学期だ。
これ完全に蛇足なんですが、筆者はアメリカに住んでいた時に、リンゴジュースからシードルを作ったことがあります。イースト菌を入れ過ぎたせいか、あまりおいしくできませんでした。。。




