15. 書斎
祖父の部屋は数か月ぶりだ。少し埃っぽい。書斎は壁全体が本棚になっていて、部屋の真ん中に立つと祖父が集めた本を見渡すことができる。机の上には、書きかけの呪い返しの魔法陣。落ち着いた部屋の雰囲気にマホガニーで揃えられた家具が良く調和している。私が生まれた時、既に祖父は亡くなっていたが、この部屋に来ると死んだはずの祖父と話をしている、そんな錯覚に陥る。
「この棚が呪いに関する本で、こちらが魔物。魔王関連の伝承はこの辺です。魔王については王家の書庫の方が充実していると思いますけどね。」
「では行きの馬車で整理した点を、手分けして調べよう。」
「はい。」
それから一週間、私たちは朝から晩まで書斎に籠った。第一王子に残された呪いを解くために、次々と魔物の呪いの本を手に取った。手がかりは少ない。既に解析済みの魔物の呪いから第一王子の呪いに近いものを探した。そして、ある魔物の呪術骨格が目に留まった。本を回しながら、頭の中にある第一王子の呪いを比較する。
――レヴナント?
レヴナントは強い未練や怨念を持った亡霊が魔物化したもので、以前、裏山で呪い返しの練習台にしていたあの魔物だ。数が多いせいか、元が人間だからか、魔物の呪いの中では解析が進んでいる方だ。第一王子の呪いは、より強力でより複雑であったが、術式の基本骨格に共通項が多いように感じた。
「レナ嬢、難しい顔をして、何か分かったのか?」
「ええ、あの呪いどこかで見たことがあると思ったんですけど、レヴナントのかける呪いに似ているなと思って。」
「レヴナント?」
「ほら殿下、亡霊が魔物になったという幽鬼です。この辺は古戦場だから、レヴナントがよく出るんですよ。」
魔王崇拝教の陰謀論がまとめられた本を片手に、アランが会話に入ってきた。
「……レヴナントの呪いは、魔物の呪いの中では術式構造が分かっている方なので、上手く応用できれば、アレクサンドル殿下の呪いも解けるかもしれません。」
「ありがとう、レナ嬢。君が頼りだ。」
「期待はしないでください。やってみないと分からないですから。殿下は魔王について、何か分かりました?」
「……そうだな、ここにある本は、どちらかというと俗説的なものが多いようだ。魔王が異世界からやってきたと書いてある本まであったぞ。」
異世界!?そう言われて一瞬、ドキッとした。
「世間の魔王伝承なんてそんなもんですよ。祖父は本を集めるのが好きだったようなので、面白がってあえて買い揃えたのかもしれません。」
「ただ魔王の生い立ちがまとめられたこの本は面白かった。王家にある本は現王家に都合よくまとめられた本が多いから。」
背表紙が黒い古びた本を渡された。
「生い立ち?」
「……まあ魔王と言っても、元は人間だからな。レヴナントと同じで。」
「人間!?その話、初めて伺いました。」
「ああ、王家は隠したがっているからな。――王家の恥だと。」
「王家の恥というのは?」
「魔王は旧王家の第一王子として生を受けたが、属性が闇だった。そのために王位継承権を与えられず、幼少期からずっと幽閉されていた。」
「亡き者にされたんですね。旧王家は太陽信仰を推していたから、闇の術師を迫害していたと聞いたことがあります。」
「ああ、そうだ。実際は、闇の術師の血が入った方が、安定して光属性の子が生まれるのだがな。」
「それで王族の妃に闇属性が選ばれるんですね。」
王子は当時禁止されていた呪いや幻術に傾倒していく。遂に禁術中の禁術、悪魔の召喚とその契約に成功した。悪魔との契約で魔物になった王子は、次々と人間を食って、その魔力を増していったそうだ。
「そして彼は魔物の王になった。聖女の浄化も追い付かず、この土地は瘴気に包まれた。」
私は固唾を飲んで聞き入った。
「あとは、僕が伝え聞いている話と一緒だ。末弟だった現王家の始祖が光の剣に魔王を封じた。」
「……魔王は人間を、旧王家を、相当恨んでいたんでしょうね。ちょっと待ってください。魔王が王族の人間なら……、まさか。」
第一王子の居室で心に響いたあの声が私の脳裏によみがえる。『君がレナ嬢か。かわいそうな子だ。』と私を呼びかけるあの声だ。私の頭に一つの仮説が浮かんだ。
「……もしかして魔王の依り代に何か"条件"があると言う話はありませんか?」
「依り代の条件?今まで魔王の封印は解けたことはないからね。」
「これはあくまで仮説ですか……、殿下は『オデール伯爵の降霊事件』をご存じですか?」
「ああ。僕たちが生まれる前の事件だから、詳しくは知らないが。確か亡くなった妻を闇魔法で蘇らせようと、その姪を誘拐したという事件だな?」
「ええ、そうです。」
私は祖父の机の裏に積み上げられた書類の山から、一束の捜査資料を取り出した。
「あの事件の捜査資料です。魔法検証を祖父が手伝ったみたいなんです。」
「ふむ。ありがとう。」
リュカは、眉間にしわを寄せながら、しばらくその資料を熟読していた。
「……血縁が依り代の条件じゃないかということか?」
「その通りです。初め伯爵は違法な人身取引で手に入れた奴隷たちを呪いで廃人にして、そこに妻の魂を降霊させようとしました。だが無理だった。あまりに残忍な事件のため、捜査資料のほとんどが秘匿扱いとされていますが。」
「こんな凄惨な事件だとは知らなかった。……君は兄上が魔王の依り代になっていると言いたいのか?」
「ええ。実はアレクサンドル殿下の呪いを解呪している時、『君がレナ嬢か。かわいそうな子だ。』という声が心に響いたんです。あの時は気のせいかと思ったんですが。もしかすると殿下に飛んで来たあの呪いも魔王の呪いではないかと。」
「では、魔王は復活しないのだ?ただ憑りついたまま五年なんて。」
「……それは。」
色々な可能性が浮かんでは消える。おそらく依り代としては成立している。けれど、完成しきっていない。なぜだ。なぜなの?紫色の背表紙、特殊な呪いがまとめられた書籍がふと目に入った。私はそれを手に取った。ページをめくりながら、リュカに聞いた。
「そういえば、亡くなったアレクサンドル殿下の婚約者も、闇魔法の術師だったんですか?」
「ああ、ロクサンヌ様は闇属性だった。」
「では王妃様も?」
「ああ、母上も闇属性だ。」
「もしかしてお二人はアレクサンドル殿下にかけられた呪いを解こうとしていたんでしょうか……?」
「ああ、その通りだ。母上はそれでかけられた呪いの一部をもらってしまったとおっしゃっていた。ロクサンヌ様も状況的に同じだと思うが、死人に口なし。実際のところは分からない。」
「――そうですか。魔王が復活できない理由、私、分かっちゃったかもしれません。」
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