12. 毒蛾
「そういえば、筆頭聖女のオレリア様、今日は朝から式典を欠席されたそうよ~。魔物討伐でお疲れなのかしらね~?」
「魔王復活後、魔物が増えていると聞きますもんね。」
この前、宮殿ですれ違ったオレリアは瞳から聖女の輝きが失われていた。つまり――聖女の力も失われたということだ。一番多いのは婚姻に伴う処女の消失。あとは"神様の気まぐれ"と言って、一時的にその力を失うこともある。原因は分かっていないのだが、力を失った聖女は「信仰心が足りない」とか「俗物だ」だと、誹りを受ける。場合によっては罰も与えられるという。今頃オレリアも叱られているのだろうか。彼女が俗物なのは確かだが。
――その時、私の脳裏にある一つの可能性が思い浮かんだが、まさかと思ってすぐに打ち消した。
「……ジュベールの養女の話はするな。アイツらは王家に取り入る逆賊だ。」
今まで黙っていた父・オランジュ侯爵が低い声で言った。普段は母の尻に敷かれている優しい父なのに。母が慌てたようにとりなした。
「そ、そうね。ごめんなさい、あなた。そういえば、シャルルは冬休みはリベルテに旅行に行くんでしょ?お土産にシードルをお願いね。あそこの特産だから。」
「シードル?なんだそれ?」
「シャルル兄様、リンゴ酒のことです。」
「お前、俺のこと馬鹿にしてんのか!?」
世間話をしている間に、馬車は王門に着き、車寄せに案内された。
「オテヲドウゾ、ワガキミ。」
「何ですか、シャルル兄様?その棒読みみたいな抑揚のない言い方。」
「は?俺がエスコートしてやっているんだから、口答えすんな!」
「はいはい。」
建国祭の会場は、王宮内で一番大きなボールルーム。国の貴族たちを迎え入れるために、王立音楽団の演奏が、会場内に響き渡る。母が言うように、料理やお酒も美味しそう。この歳だとまだお酒が飲めないのが残念だ。ふと見上げると王族席に、リュカの姿があった。呪われた第一王子と病に伏している王妃は欠席だ。
まずは陛下に挨拶しようと様子を伺うが、先程から白髪で片眼鏡の紳士が陛下と話し込んでいる。仕立ての良さそうなタキシード、カフスボタンにも宝石がついている。有力貴族だろうか。
「あの方がジュベール公爵よ。うちの人と犬猿の仲だから、鉢合わせしないように、陛下の挨拶は後回しにしましょう。」
母がこそりと、耳打ちする。田舎に籠っていても、我が家の大まかな政略的立ち位置は教育係から聞いたことがある。我が家とジュベール公爵家とは対立関係にある、と。先に付き合いのある貴族たちに挨拶を済ませ、タイミングを見計らって陛下に挨拶した。陛下はリュカをそのまま年を取らせたような容姿だが、たっぷり生やしたあごひげが印象的だ。
いよいよダンスタイム。気乗りしないまま、シャルル兄様とワルツを踊る。
「まあ!レナ様だわ。王国にこれほどの秘宝が隠れていたなんて。」
「ほんと!まるで妖精みたいだわ。一緒に踊ってらっしゃるのはお兄様かしら。お兄様も素敵!」
内情を知らない令嬢たちの会話が断片的に耳に届く。
「痛っ!貴様、今足踏んだな。」
「兄様がステップを間違えたんでしょ。」
「うわっ。また踏みやがった!」
「貴族令息なんですから、ワルツくらい踊れるようになってください。」
「お前!そうやってまた俺のこと馬鹿にして!」
終始言い争いをしながら、最後はお互い目も合わさず、ホール中央からはけた。
「俺のエスコートはここまでだ。ダチとしゃべってくるから、お前は勝手にしろ。」
「言われなくても!」
踵を返し、兄に背を向けると、あっという間に、貴族令息たちに取り囲まれた。
「オランジュ侯爵令嬢、ぜひ私とダンスを!」
「レナ様、学園でいつも憧れておりました。どうか私の手をお取りください。」
「先程のワルツ、まるで蝶が夜会に紛れ込んだのかと思いました。」
「何が蝶だよ。毒蛾令嬢の間違いじゃねーか?」
その光景を見たシャルル兄様は鼻で笑った。
「兄様とはいえ言っていいことと悪いことが……!」
ああ、本当に頭にくる。貴族令息としての常識がないだけならまだしも、どうして私まで巻き込もうとするのか。貼り付けた貴族の笑みが取れかけたその瞬間、背後で快活な笑い声が響いた。
「ははは、毒蛾令嬢は面白いな。レナ嬢。僕と一曲踊っていただけませんか?」
「毒蛾ではございませんっ……リュカ殿下?」
振り返ると先程まで王族席にいた金髪の青年が後ろに立っていた。
「ごめん。悪乗りした。今宵は誰にもまして美しいよ。あの、その、思わず見惚れてしまった。」
リュカは本気で言っているのか、跪いてダンスを申し込んだ。
「……えっ、あっはい。」
さすが『光と陰のアンビバレンス』の主人公、正装に身を包んだ姿はまさに王子様だ。みるみる顔が熱くなるのが分かった。




