10. 兄弟
階段を駆け下りて、走って走って、門番に一声をかけ、北の塔を出る。
「ここまでくれば、もう大丈夫です。呪いの最大の回避法は術者と距離を取ることです。肉体の一部を使って遠隔で相手を呪う術式もありますが、やはり直接かけたものにその威力は劣る。」
「まずは私の部屋へ行こう。」
人気のない渡り廊下を歩いていると、遠くに本物の神官たちが見えた。もしかして、今日が神殿の第一王子の邪気払いの日だったのか。
「まあ!リュカ様ではないですか?」
オレリアがニコニコしながら、駆け寄ってくる。フードを目深にかぶっていても、彼女には一目でリュカの存在が分かるらしい。さっき解呪に集中するため、幻影を解いて、そのままにしていた。
「ん?」
一瞬、オレリアの金色の目の輝きが灰色に陰って見えた。日陰に入ったせいか……?私は面倒事に巻き込まれないよう、思いっきり俯いた。
「どうしたんです、リュカ様?神官のような服を着て。」
「ああ、今度の週末、建国祭があるだろう。その予行練習をしていたんだ。」
リュカよ、さすがにその言い訳は無理があるんじゃないか?内心そう思ったが、黙って厄災が去るのを待つ。
「ほら、王族も神官と一緒に祈祷するだろう。」
「まあ!それでしたら、このオレリアがお供しましたのに。」
「オレリア嬢は今の時期、忙しいだろう。気を使ってな。では僕たちはこの後、用があるから失礼する。」
あれ?今のでオレリアは納得したの?とりあえず良かったと胸をなでおろし、俯いたまま、リュカの後を歩く。次の瞬間、金切り声が耳元に響いた。
「ちょっと!!何であなたがいるのよ!!殿下の時間をとらないようにあれだけ言ったでしょ。この泥棒猫。」
オレリアはいきなり私のフードをはぎ取った。でも、おかげでその御尊顔をマジマジと見ることができた。
「あら、あなたその生意気な目は何?パパや神官長の叔父様に言ったら、あなたなんか!!」
「あはは!面白いことをいいますね、オレリア様。当家はジュベールの天敵と言われるオランジュですよ。それに、"目"を確認した方が良いのはあなたの方です。――聖女の輝きを失っていますよ。」
オレリアの耳元で小声で告げる。
「は?あなた、私がそれで動揺するとでも……。」
神官たちがギョッとした顔で、オレリアの顔を見る。彼女自身もガラス戸に映る自分の姿に唖然とした様子だ。
「リュカ様、今日のところは失礼致します。」
慌てた様子で、オレリア一行は踵を返した。我々も第二王子の居室に急ぎ向かった。重い神殿の上着を脱いで、ソファに腰掛けた。
「はぁ、あの人なんなんですか?余計に疲れました。」
「レナ嬢、さっきオレリア嬢になんて言ったんだ?」
「ふふ。神殿から追って沙汰がありますよ。」
「まあいい。今、お茶を淹れさせる。この部屋にいる従者は幼い頃から私に仕え、"忠誠の誓い"を立てている者たちだ。安心してくつろいでくれ。」
忠誠の誓い――命を代償に、絶対の忠誠を誓うというあれか。広義で言えば、あれも呪いの一種だ。非人道的な契約だと、もう何代も前の王政で禁止されたと聞いていたけど。
「随分と物騒ですね、忠誠の誓いとは。」
「ああ、こうなってしまった以上、誰も信じられない。」
「そうですか。」
「それで先程の兄上の呪いがどういったものなのか、詳しく聞かせてくれないか?」
「まずあれは一つの呪いではないです。巨大な呪いの複合体。」
「それで呪いの主も、複数いるということか。」
「その通りです。人為的な呪いはほとんど解呪させていただきました。相当な代償を払った呪いもありましたから、今頃呪い主はその代償に苦しんでいるかもしれません。」
「分かった。貴族、従者、王宮に出入りする者は注意深く見張らせてもらう。あとは魔物がかけた呪いがあると聞いたが。」
「ええ、それがコアになって、全ての呪いを束ねていました。魔物の呪いは人間のかける呪いと大きく原理が異なる。それががんじがらめになっていて、あれは……。今の私には解けない。」
「魔物の呪いなんてどこでかかったというのだ。兄上が呪いに倒れた時、王宮にいらした。王宮に魔物が現れたなんて報告は受けていない。」
「そうですか……。」
「あと最後に僕に飛んで来た呪いは何だったんだ?君は呪いが移った訳ではないと言ったが。」
「あれはがんじがらめになった呪いの最奥、おそらくアレクサンドル殿下自身から、リュカ殿下に飛ばされた呪いです。」
「君はまさか兄上が私を呪ったと言うのか?」
「私も一瞬のできごとだったので詳しくは……。でもそのように見えました。」
「――そうか。」
リュカが深い溜息をついた。隣にいたアランが口を開いた。
「アレクサンドル殿下があんなことになる前は、お二人はとても仲が良い兄弟で、将来はアレクサンドル殿下をお支えしたいと、そして国を守っていきたいとリュカ殿下は常々おっしゃっていたんです。」
「今のアレクサンドル殿下が正常な精神状態にあるとは限りませんから。」
励ましになるかは分からないが、悲しそうな顔で俯くリュカに、そっと声かけた。
「そうだな。ありがとう、レナ嬢。」
「それより、あれだけの呪いを受けて、アレクサンドル殿下がまだ生きていらっしゃるということの方がよっぽど疑問なんですよね。」
「それは光属性だからでは?」
「いえ、属性では説明がつかないほど、致死性の呪詛が幾重にもかけられていました。それこそ即死レベルの。」
「邪気払いが効いているのだろう。月に一度は聖女・オレリア嬢たちに来てもらっている。」
「そうですね。あともしかしたら、中心にある魔物の呪いが何か作用しているかもしれません。魔物の呪いについては分かっていないことは多いので。私の方でも、帰省の際、スクレの別荘に行って調べてみます。」
「ありがとう。よろしく頼む。」
そう言って、リュカは深々と頭を下げた。




