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焦燥


まったくもうあなた様は本当に変わらない、と早口ながら滑舌のよい説教を聞きながら、ミュゼルシアは大人しくソファに収まっていた。

上半身だけを起こし、足はソファの上に投げ出している。


幸いにしてつわりもなく過ごし、妊娠八ヶ月を迎えた今も体調はすこぶる安定している。

大きくせり出し始めたお腹が重く、足の吊りや睡眠の浅さなどはあるが、やたら眠い以外は穏やかに過ごせていた。


それもこれも、せっせと世話を焼いてくれる周りのお陰だ。

今もぶつぶつと呟きながら背中にクッションを挟み、浮腫んだ足を診るのは執事のジェス。

まあまあと宥めながら、温かいホットミルクをいれてくれたラムにも礼を言う。


「痛くなるまで言わない癖はよろしくありませんよ、姫様。ほら、こんなに冷たくなってしまわれて」


「ごめん」


「王族が簡単に謝るものではございません」


「えぇー……」


「足をマッサージいたしましょうね。準備をしてまいりますので、少々お待ちください。ロイド、ルウをお呼びしていてください」


てきぱき段取りを組んだジェスに、ミュゼルシアもロイドも逆らわずに頷いた。

うちの執事は怒ると怖いのだ。

苦笑したラムが、つまめる軽食を用意しますと退室してから、ミュゼルシアは肩を竦めた。


「過保護だと思わない? ロイド」


「いえ。むしろよく我慢した方です」


「まあ……剣を禁止しないでくれたのは、助かるわ」


さすがにもう剣を振り回したりはしないが、手元にあると落ち着くのだ。

万一の時のためにと、いつでも手に取れる位置にある。


「ジェスもラムも、楽しそうです」


「……わたくしも、みんなと話せて楽しいのよ」


「ええ」


私もですと、ロイドの漆黒の瞳が柔らかく細まる。


そういえば、もうロイドはいくつになったのだったか。

ふと思い浮かんだ問いは、響いたノックの音で口にすることはなかった。


ロイドが扉を開くと、少々困惑気味のジェスがいる。


「姫様。……王太子殿下と王太子第一妃殿下より、話したいことがあるとの言付けを預かりました。可能なら、すぐにでもと」


「……第一妃殿下?」


夫とその第一妃。

この二人の連名での呼び出し、しかも先触れなしの急なものなど、いい想定は一つもできない。

緊急性が高いのだろうとすぐに了承する。


ルウに手を借りながら身支度を整え、ロイドを伴って王宮の王太子の執務室へと赴くと、中にはすでにテオバルトとメリーアが待っていた。

挨拶もそこそこにソファを勧められる。


「よく来た、ミュゼルシア。呼びつけてすまないな」


「移動も大変なのにごめんなさいね。どうぞお座りになって」


離宮への人の出入りを厳しく制限しているから、ミュゼルシアと話そうと思うなら呼びつけるしかない。

それは構わないのだが、妊娠してから初めて顔を合わせるメリーアの気遣わしげな態度の方が気になる。


以前見た完璧な王太子妃の仮面ではなく、どこかそわそわと浮き足立っているし、なぜかいそいそとクッションを持ってきたりして世話を焼かれた。

ものすごく気味が悪い。


ようやく夫妻も揃ってソファに腰かけ、向かい合う。

やはりそわそわしているメリーアと、そんな妻を苦笑気味に見守るテオバルト。

何の話なのかまったく読めない。


「……殿下?」


「ああ、すまない。ミュゼルシアに報告とお願いがあって、この場を設けさせてもらった。まずは報告だが」


一拍置いて。


「子が無事に産まれひと月を経たら、国内外に子の誕生と国王の譲位を同時に発表する。譲位は発表の半年後だ」


咄嗟に、反応できなかった。

確かに、現国王の統治は長い。

実権がテオバルトに渡っていることもあり、譲位には特に異論はない。

ただ、あの側妃が黙ってその座を明け渡すとは思えなかった。


「あの……陛下は、賛成なさっているのですか」


「ああ。条件は呑んだからな」


「条件」


「私に子を成す能があると証明することと……碧落の瞳を手中に収めることだ」


ああなるほど、とミュゼルシアは頷く。


碧落の瞳を持つミュゼルシアには、国王はその座を譲りたくなかった。

だからテオバルトに、ミュゼルシアを支配下に置けと条件を出したのか。

世継ぎに関しては当然の言い分でもある。


「ならば、わたくしは無事に御子を産めばよいのですね」


「ああ。それと……産まれた子だが、私と第一妃の手元で育てたいと考えている」


言われた言葉にちらりと視線を向ければ、少し気まずそうなテオバルトとは反対に、メリーアが身を乗り出すようにした。


「ミュゼルシア様。無礼を承知でお願いしますわ。わたくしに、御子を育てさせてもらえないかしら」


「……メリーア様が、ですか?」


普通、夫の子とはいえ他の女の子は、厭う対象ではないのか。

思わずきょとりと首を傾げるが、メリーアの熱量は変わらない。


「個人的なことで申し訳ないけれど、わたくし、子がほしかったの。世継ぎという意味でもだけれど、純粋に子がほしかった。母になって、子を慈しんでみたかったの」


「……」


「必ず最高の環境を整えると約束します。実は、乳母も何人か候補があるの。今すぐにでも子供部屋を作れるし、使用人も集められるわ」


「……」


「もちろん、子にはきちんとあなたが生母だと教えます。わたくしはあくまで育てただけだと。それに、当然だけれど、会いたい時に会ってくれて構わないわ。王宮で、わたくしと殿下の傍で育てさせてくれるなら」


ああ、と胸にぽつり穴があいた気がする。

穴なんてあきすぎて、今さら増えてもどうってことはないのだけれど。


────本当は、この人が母になるべき人だったのでは。


血のつながらない子を、それも夫の他の妻の子を、こんなにも純粋に欲しいと思えるくらい子供が好きなら。


「その代わりと言ってはなんだけれど、妃として陛下の冠を賜るのはミュゼルシア様にお願いしたいの。今も執務をしてくれているのはあなただわ。わたくしは、今の呼び名で充分です」


王妃陛下、と呼ばれるのは、国王と肩を並べて国政に携わる王妃だけ。

社交や奉仕活動や世継ぎの教育などのみを担当する場合は、王妃殿下という呼び方になる。


「殿下も、同意見でしょうか」


「ああ。ミュゼルシアには酷かもしれないが、即位までの半年を考えても、やはり私とメリーアの庇護下に置く方が安全だと思う。即位後は、陛下方は遠方の別邸に滞在していただくが、それまでの間は王宮にいらっしゃるからな」


これが、テオバルトの守り方なのだ。ミュゼルシアは納得と共に腹落ちした。

メリーアの希望もあるだろうが、それ以上に御子を守るには、離宮では遠すぎると言っている。


「承知しました。ですが、やはり第二妃は第二妃らしく、二番手でいるべきです。御子の盾としても」


「……そなたがそう言うのならば」


「御子の母について伝えるのは、どちらでも構いません。メリーア様がなさりたいように……ん?」


「ミュゼルシア?」


起こりうる諸々を超高速で想定しながら、何かが引っかかりぴたりと動きを止める。

テオバルトの怪訝な声も耳を素通りした。


急な呼び出し。あと三ヶ月以内で産まれる御子。出産後ひと月での発表。半年後の譲位。


はっと顔を上げると、背後でロイドも息を呑んだ気配がした。

がばっと振り返ると、珍しく焦燥を浮かべた漆黒が指示を待っている。

片足は、すでに駆け出す方向に向いていた。


「ロイド、すぐ戻って」


「承知」


駆け出すロイドを見送り、テオバルトに向き直る。

立ち上がると、血が下がっていく心地がする。


「殿下。譲位のお話、決まったのはいつです?」


「そなたがここに来る半刻ほど前だな。陛下と話して魔紙に調印して、メリーアをここに呼んだ」


「お話自体は、もちろん、前々から出ていたと」


「ひと月くらい前からだな。魔紙が出来上がったのが今日だった。……どこへ?」


入口に向かって歩き出すと、慌てて立ち上がったテオバルトが手を差し伸べた。

その手をがっしと掴む。


「離宮へ戻ります。抱き上げて走ってください」


「は?」


「わたくしは今走れません。メリーア様、緊急事態により少々殿下のお手をお借りします」


「え、ええ。もちろんです」


メリーアにも促され、訳がわからないという顔をしながらテオバルトが慎重にミュゼルシアを横抱きにする。

大柄なテオバルトの腕は、身重とはいえ小柄で華奢なミュゼルシアを軽々と持ち上げた。


「急いでください!」


胸が急く。冷や汗が流れる。

この予感が外れてほしいと、けれど恐らく外れはしないと、なぜだかわかってしまった。



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