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甘やかすつもりはない

血や戦いの表現が出てきます。ご注意ください。


「姫君」


耳に心地よく甘い、低すぎず高すぎない静謐な声がミュゼルシアを呼ぶ。

第二妃になって一番よかったことは、こうしてロイドや他の使用人たちと普通に言葉を交わせるようになったことだ。


日常となった幸福を噛み締めながら顔を上げると、険を孕んだ横顔はこちらではない場所を見据えていた。

その左手は腰の剣の柄に触れている。


「来た?」


囁き声で問うと、しばらくしてから『ルウが対応したようです』と返ってくる。


離宮の全権を手にしてから、侵入者を容赦なく処断できるようになり、数はかなり減った。

まだゼロではなくとも、以前よりは平穏だ。


ふう、と息を吐きつつ手元の書類をまとめる。

テオバルトは、すでに国王のこなす執務のほとんどを担っており、実権は彼が握っていると言って過言ではない。


第一妃は社交を主に担っており、実務にはほぼノータッチ。

その中で、ミュゼルシアは徐々に執務を振られるようになってきた。


これは適性もあるし、単純にミュゼルシアが王女だからという理由もある。


紺碧の瞳を持つ王女で、王太子の第二妃。

これだけの肩書きがあれば、大抵の貴族や文官たちに侮られることはなく、諸々がスムーズに進むのだ。


「ロイド」


「はい。ちょうど到着したようです」


言わずとも理解したロイドがさっと扉を開け、ふくよかな女性を招き入れる。

メイドの制服を身につけてはいるが、彼女は王宮に派遣していた諜報員だ。


いくつかの確認の後、彼女と共にミュゼルシアは寝室へと入った。







「姫君」


ロイドが腰の剣を素早く抜いたのは、辺りが完全に闇に包まれ、誰もが一日の終わりを感じ取る時刻だった。

そろそろ寝支度をしようと髪をほどいたところだったミュゼルシアは、躊躇いなく剣を手に取る。


昔、ロイドから贈られた細身のミスリル製の剣。

剣身は黒く塗りつぶされており、華奢で小さなミュゼルシアの手にしっくりと馴染む。


「回って。人数が多い」


「承知しました」


「配慮はいらない」


「はい」


控えもしない足音は、十数人分はある。


言葉少なに連携を取り合い、ミュゼルシアとロイドは二手に分かれて庭に出た。

ルウも加わり、向かってくる男たちを切り捨てる。


たいして実力もない男たちは、侵入者の対応に慣れきっている三人にとっては遊びにもならず、あっさりと決着がついた。


最後の一人の剣を、しゃがむだけで交わし、下から心臓に突き立てる。

ぐりっと柄を捻ると、男は声も出せずに絶命した。

一気に引き抜いた剣を振るって血を払う。


「ミュゼルシア......?」


ふと、戸惑いを含んだ声に呼ばれた。


慌てたように駆け寄って来たのはテオバルト。

今日も来たのか、と思いながら挨拶をしようと膝を曲げかけたミュゼルシアの肩を、大きな手が掴む。


「なぜ、そなたがこのようなことを!?」


「殺されないためですが」


「護衛に任せればよいだろう!」


「人数差がありました」


「それは……だが、」


「これがわたくしの日常です」


ぐっと唇を噛んだテオバルトの視線が、倒れている男たちに向く。

王族を守るはずの近衛を含む、王立騎士団の制服を着た者が半数を占めた侵入者。

あと半数は破落戸か、衛兵か。


ミュゼルシアには珍しい出来事ではない。

騎士だろうと衛兵だろうと破落戸だろうと暗殺者だろうと、向かってくる者は総じて敵で、だからこそ誰をも信用していない。


「……子が、できたと聞いた」


「ああ、はい」


昼間に訪れた諜報員の女性は、医師でもある。

このところ感じていた体調の変化と、月のものの様子から診察をしてもらったところ、妊娠が発覚した。


連絡は頼んでおいたので、もちろん知っているだろうとは思っていたが、まさか今日すぐに足を運ぶとは。


「無茶をしないでくれ。腹に子がいるのに、なぜこのような……」


なるほど、とミュゼルシアは頷く。

彼女が剣を振るったこと自体というより、妊娠した身でそうしたことを問題視しているらしい。


「ですが、わたくしが死ねば子も死にます」


守り方など、これしか知らない。

ロイドとルウ以外、武力でミュゼルシアを守ってくれる人などいない。

そして、この手はまだ剣を握れる。この身はまだ動く。


そして、ロイドとルウの陰に隠れている間に彼らを失うなんて、ミュゼルシアは御免だ。


「わたくしは生きねばなりません。今までも、こうして生き抜いてきました」


会話を交わす二人をよそに、ロイドとルウは事切れた侵入者たちを片付け始める。

テオバルトの後ろに控えていた護衛たちも、慌てて手を貸した。


「戦わねば生きていられないのです、殿下。身体が動く限りはお目こぼしください」


「……私の護衛をつけよう」


「不要です」


「ミュゼ!」


「ならば、離宮の周囲の警護にしてください。敷地内に立ち入ることは許可できません」


テオバルトは頑ななミュゼルシアの腕を掴み、もどかしげに揺らす。

血に汚れた長い銀の髪が流れる。


「近衛に殺されかけ、母の侍女に毒を盛られ、出入りの商人風の暗殺者に襲われ、貴族に犯されかけたのです。殿下。その裏に誰がいるか、知らないわけではないでしょう」


「……」


「彼らほどの権力があれば、誰もが駒になり得ます」


国王とその側妃が命じて、誰が突っぱねることができるだろう。

事実、拒否した者はもうこの世にはいない。

そうして殺された離宮の使用人が何人もいた。


────信じろなどと、決して言わないで。


彼らの息子であるテオバルトが言ったところで、ミュゼルシアは鼻で笑うだろう。

テオバルトの親だが、間違ってもミュゼルシアの親ではないのだ。血がつながっていたとしても。


「わたくしは、これまで通り自分を守ります。それで死ぬのなら、誰がいてもいなくても死ぬ時だったのです」


「だが、今後は身体だって不自由になる」


「そうですね。殿下の御子です。守る方法を、考えていただけると助かるのですが」


離宮の敷地内で、侵入者を迎え討つ以外の方法。

きっと、テオバルトにしかできない。


自分の子くらい、自分で守って見せればいいのだ。

ミュゼルシアに変化を強いるのではなく。


「わたくしはわたくしにできる限りで御子を守ります。殿下は、殿下の場所から守ってくだされば」


王太子の力が発揮できる場所は、第二妃の隣ではない。

共闘するのではなく、それぞれがそれぞれの立ち位置で。


突き放すようだが、馴れ合うために婚姻したわけではないだろう。


「守り方は一つではないのですよ。殿下」


テオバルトに足りないのは、少しの疑心と想像力。

遠く広い国規模のことは諸々を見て先回りして想定できるが、身近な出来事にはなぜか鈍感になる。


今まで共に過ごして、ミュゼルシアが感じたことだ。

善人とまではいかないが、情には厚い。

そうでない人間のことを理解できない。

いや、身近な人間がそうであることを、現実味を持っては想像していない。


「わたくしと殿下は、違う」


ミュゼルシアの大切なものは、これまでもこれからも変わらない。

訝しげな異母兄の金の瞳を見ながら、ミュゼルシアはうっそりと笑った。




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