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夫のもう一人の妻



まるで絵画のように花瓶の一輪の向きまでも整えられた部屋は、すべての調度品が理想的に配置されている。

色味も種類も、国内なら誰もが違和感を持たない。


(没個性の見本市ね……)


この部屋の主の趣向が一切わからない。

ただただ万人に配慮しただけの、どこか空々しい空間だ。

それは、目の前でお人形のように微笑む女性も同じ。


「お会いできて嬉しいわ」


教本通りの笑み、教本通りの姿勢。

指先までも整えきった清楚な女性は、ミュゼルシアと夫を共にする第一妃メリーア。


第二妃となって早二ヶ月、茶会に誘われてミュゼルシアは王宮にやって来た。


「テオバルト様は、あなたの隣が心地よいようね。テオバルト様を癒してくださって有難く思うわ」


「新しい者が珍しいのではなくて」


素っ気ないミュゼルシアの返答にも、メリーアは感情を見せずに微笑むだけ。

彼女に嫉妬や牽制という雰囲気はなく、この茶会の趣旨が見えない。


それに、メリーアの言う通り、テオバルトは少々あからさまにミュゼルシアの元に通い過ぎだ。

ここ二ヶ月ほど、三日とあけずに閨の訪れがある。

社交界では一気に、第二妃寵愛の噂が駆け巡っていた。


(新しい者というか……新しい手法がね、刺激的なんでしょうね)


ミュゼルシアの提案した『様々なこと挑戦する閨』に、テオバルトはすっかり夢中なようだ。

寝台に入る前もよく会話をするようになったし、なんだかんだと長居しようとする。


寵愛、という言い方はあまり好まないが、テオバルトの興味を引こうというミュゼルシアの思惑は当たった。

とはいえ、ここまで頻度が高いとは、正直思っていなかったのだけれど。


(……まあ、気を抜ける場所は大事よね)


細部にまで神経を尖らせたこの部屋と女性を見れば、なんとなく理由は察せられるというものだ。


メリーアは恐らく『理想の王太子妃』という像を強く持っていて、そこに近づく努力を惜しまず、そしてそれを苦に思わない性分なのだろう。

相対していると、頑なな拘りを感じる。


素直に尊敬する。

テオバルトはたぶん、メリーアのこういうところを尊んでいて、大切に囲っているのだろう。

彼自身、理想の王太子というものを追及しているように思う。

共に研鑽し合えるお似合いの二人だ。


メリーアが心の中はともかく表では決してミュゼルシアを疎まず、徹底して尊重する言動を見せているのは、この拘りのお陰なのかもしれない。


彼女の理想の妃は、嫉妬に身を焦がしたりしないのだ。

テオバルトの名前呼びを繰り返すあたり、ちょっとばかり思うところはありそうだけれど。


気配を消していたメイドが、静かに飲み物を用意し始める。

ふわ、と部屋に漂った香りに、ふとミュゼルシアは視線をそちらへ向けた。

気づいたメリーアが笑みを深める。


「珍しい香りでしょう? わたくしが嫁いできてから、お義母様が毎月くださるお茶なの。お義母様の母国の貴重な茶葉だそうよ。せっかくだから、あなたにもと思って」


「……なるほど」


父の側妃、ミュゼルシアを目の敵にしている義母との仲睦まじさの演出か。

あるいは、本当にただの善意か。

まったく読ませないメリーアの理想的な微笑みに、しかしミュゼルシアはただ頷いた。


「そちらの茶葉は?」


「ああ、それはわたくしが生家で飲んでいたものよ。一般的なものだけれど」


「そちらを飲んでも?」


ワゴンの下段にあった茶葉を指すと、ほんの少し首を傾げたメリーアが、不思議そうにしながらも了承した。

この様子だと、完全に善意なのかもしれない。


「もちろん……」


「メリーア様の好みを知りたいわ」


「まあ。では、ぜひ」


和やかに会話をしながら、頭の中では超高速で思考が回っている。


(嫁いで七年……夫婦仲はいいが、子がいない。側妃からの〝お茶〟……ねえ)


覚えのある香りだ。

ありとあらゆる毒と薬を学んできたミュゼルシアは、その分野の知識に富んでいる。

体に耐性をつけられる種類以外にも、香りや味で見分ける術も身についていた。


(よくもまあ、あの女から渡されるものを信用できるものだわ……)


父の側妃がミュゼルシアに向ける激しい憎悪を、実際にあらゆる手を使って命を狙っていることを、まさか知らないはずはない。


もし知らないなら愚か過ぎるし、知っていて信用しているなら楽天的過ぎる。

自分は安全圏にいるとでも思っているのだろうか。

あの側妃が最も溺愛する息子と婚姻しているのに。


とはいえ、これが王族というもので、王宮という場所だ。

こちらから何かを働きかけてやる義理はない。

新しいカップに口をつけながら、ミュゼルシアさくっと思考を投げ捨て、意味のない談笑に興じた。



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