再出発の日
初夜の翌朝、目が覚めるとテオバルトの姿はなかった。
夜中に何やら言い残して出て行く広い背中を、見送ったような見送っていないような。
朝まで共にいるつもりがなかったのはお互い様なので不満はない。
そんな甘い対応は第一妃にしてくれればいい。
緩慢な仕草で体を起こし、束の間ぼんやりとする。
思ったほど、苦痛の時間ではなかった。
それはきっと、異母兄がミュゼルシアの意思を最大限考慮して、余計な配慮や遠慮をしないでいてくれたからだろう。
割とわがままに、それは嫌だとかやめろとか言った気がするし、あちらもいくつかは要望を口にした。
何だか好奇心と無邪気さが素で出ていたので、色っぽい時間だったとは言えないのかもしれないが、これくらいの方が気負わなくていい。
苦痛じゃなかった、これが一番だ。
いそいそと寝台を抜け出したミュゼルシアは、ざっと身なりを整えて部屋を飛び出す。
今日は、離宮の使用人が一新される日。
ミュゼルシアが望み続けた日だ。
ミュゼルシアは、一目散に廊下を駆け出した。
「おはよう、ジェス!」
「姫様!? 危ないですよ!」
最初に出会った執事ジェスのびっくり顔に笑みを返し、そのままキッチンへ向かう。
「ラム! おはよう!」
「おはようございます、姫様。お元気そうで」
「元気よ。あ、ルウもおはよう!」
料理長のラム、姿は見えないが、どこかに潜んでいるであろう影のルウ。そして。
「ロイドー!!」
中庭で素振りをしている逞しい護衛に、走ってきた勢いのまま抱きつく。
くつくつと喉の奥で笑いながら受け止めたロイドの腕は、ほんの少しもぶれずに力強い。
────ああ。やっと会えた。
今、離宮にいる使用人は五名。他はすべて暇を出した。
ミュゼルシアが奪われたくなくて、守りたくて、ようやくこぼれ落ちずに済んだのは、たった五名しか残っていない。
本当はもっと、両手の指でも足りないほど、たくさんいたのだけれど。
王太子の第二妃という立場を手に入れ、筆頭公爵家からの再援助を取り付けた今、やっと彼らと言葉を交わし親しみをこめて名前を呼べる。
守る力を、後ろ盾を、やっと手に入れた。
「姫君。旦那以外の男に抱きつくものではありませんよ」
「……そうね。ええ、そうかも」
失ったものを数えては、前には進めない。
ロイドの言葉に胸が軋むのも、今は仕方ない。
あえて明るく笑い、ミュゼルシアはみなを見渡した。
「再出発よ。みんな、わたくしを信じられる限りは、どうか共に来て」
これから忙しくなる。
離宮の環境を整えて、王宮での執務も始まり、社交にも出て、第二妃としての人生が始まる。
ここは、ただの出発点。
ようやく、歩き出す準備が整っただけのこと。
「わたくしはもう、奪われるだけの子供ではないわ」
耐える時間はもうおしまい。反撃開始といこう。
苛烈で勝ち気なミュゼルシアの笑顔に、ロイドを始め使用人たちはほっと安堵の息をついた。




