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提案


全身を磨きあげられ、服というには心もとない薄い寝衣を羽織り、香や花で彩られた寝室のベッドに腰かけながら、ミュゼルシアは冷たくなる指先を何度も擦った。


いくらミュゼルシアとて、もちろん生娘。

経験のない閨への恐れくらいある。


「ミュゼルシア」


深く、真夜中のような低い声が呼ぶ。

この人はいつも、ミュゼルシアの名を慎重に口にする。

大きな身体を屈め、顔を覗き込んできた金色が、わずかに細まった。


表情の乏しい、何もかもをくだらないとでも思っていそうなほど朴訥とした、変化の少ない顔だ。

でも今は、ほんの少しこちらへの配慮というか、申し訳なさのような感情が乗っている気がした。


遠慮ばかりの時間などつまらない。

緊張を押し込んで、ミュゼルシアは気まずそうな異母兄の腕を引っ張ってベッドの隣に座らせる。


「見てください、これ」


これまでより砕けた口調で言い、じゃんっと枕の下に隠していた冊子を取り出すと、金の瞳がぎょっと大きくなった。


「こ、れは……」


「閨の指南書です。玄人の方が使っておられるもので、大司教様に写しをいただいたんです」


「大司教!?」


高級娼館で実際に指南書として用いられている閨本だ。

人体のあらゆる性感帯や様々な体位などが図つきで解説されている。


目を白黒させるテオバルトの手に無理やり持たせると、彼はページをめくるでもなくどうしていいのかわからないという表情でミュゼルシアを見やった。


「なぜ……」


「だって、つまらないではありませんか」


ミュゼルシアはあっさりと言って肩を竦める。


異母とはいえ兄妹。

幼い頃の思い出など一つもない、事実でしかつながりのない、それでも兄妹での婚姻。


互いに望みあったわけでも、想いあったわけでもなく、打算と政略の意味しかない婚姻だ。


けれど、だからこそ。


「わたくしも殿下も、夫婦でいるしかないのです。ならば、楽しんだ方が得でしょう。わたくしは嫌ですよ。兄妹でこんなことを、とか、相手が苦痛なのでは、なんて考えながらぎこちなく付き合っていくのは」


「……」


「開き直れる方法を考えてみたのです。子供のする遊戯のように、一緒に何かを楽しんでみてはと。お互い強く罪悪感を持つとしたら閨だと思ったので、ならばいっそ思い切ってあれこれ試す方向で協力し合えないかしらって」


「……そうか」


「はしたなくて申し訳ありません。もちろん、殿下のご意向に従います」


普通の女性なら、思ったとしても口にも行動にもできないこんな破廉恥なことをぶっちゃけられるのは、ミュゼルシアが彼に嫌われることを恐れていないのが一番の理由だ。

失望されても、見放されても構わないから思い切った提案もできる。


話したことに嘘はないが、全部が本当でもない。

ミュゼルシアは別に、異母兄と婚姻したことも閨を共にすることもすでに開き直っている。


近親婚で気がかりなのは血の近さによる子への悪影響だが、王家に伝わる記録によれば、『紺碧の瞳』の持ち主は割と近親婚も珍しくはない。

そして、どの近親婚の記録でも、子への影響はなしと明記されていた。

記録の信憑性の有無は調べようがないのだから、もしかしたらと不安になるだけ無駄だと割り切る方が利口だ。


ただ、本当につまらないと思った。

教本通りのお手本のような閨の経験しかないであろう異母兄が、罪悪感から遠慮がちに慣れた手順だけを繰り返す時間を想像して、単純に地獄だなと思ったのだ。


だからこれは、罪悪感にまみれたテオバルトを攻略するための、ミュゼルシアなりの熟考の結果だ。


ふ、と顔の強張りを解いたテオバルトが、腕を伸ばしてぎゅっと抱きしめてきた。

彼に触れられるのは、これが初めてだ。


「はしたなくなどない。頼りがいのある妹で、私は幸せ者だな」


「……ありがとう存じます」


「二人きりの時は、砕けてくれてよい。緊張してしまうのでな」


額をくっつけて、小さく笑い合う。

ああ、なんだろうか。────匂いが、体温が、気配が、どことなく近いと本能が知る。


「おまえが妹でよかったよ」


「光栄です。お兄様」



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