開幕
次期国王として邁進する王太子が、第二妃を娶った。
即位前の出来事としては異例の発表は、しかし相手が紺碧の瞳を持つ異母妹だと知れ渡ると、まあそれはそれでありか、という肯定的な反響に変わった。
国民たちにすら『王家の至宝』は認知されているため、近親婚ということもさほどの混乱は起こらなかった。
ミュゼルシアは、憎々しげにこちらを睨みつける父の側妃を、こっそり嘲笑う。
憎み続けた正妃の娘、正統な王家の証を持ち、己と同じ二番手という立場ながら、国の根幹を支える最古かつ最大の筆頭公爵家が後ろ盾のミュゼルシア。
母と瓜二つだと称される美貌の女が、父の生き写しのような息子と並ぶ姿は、彼女の目にどう映るのか。
想像しただけで愉快だ。
「……ミュゼルシア、手を」
複雑であろう心中をどうにか隠し、正装をまとうテオバルトが純白のドレスに身を包んだミュゼルシアに手を差し伸べる。
筆頭公爵家の当主である叔父が張り切った婚姻式は、侯爵令嬢だったテオバルトの妃よりも盛大なものになった。
その王太子妃メリーアは、初めて顔を合わせた時から一歩下がった振る舞いを心得ている。
テオバルトが王太子妃と婚姻したのは、七年前のことだ。
未だ子には恵まれていないため、第二妃という申し出にもメリーアは粛々と従った。
側妃ではない、第二妃。
実質、ミュゼルシアがメリーアと同格と認められた結果だった。
ミュゼルシアは変わらず離宮で過ごすこと。
人事を始めとした離宮の全権を、すべてミュゼルシアに委ねること。
離宮内で起きる事柄の沙汰は、ミュゼルシアに決定権があること。
国王や側妃に対する盾となること。
それから、今はない願い事を一つ叶える約束。
ミュゼルシアが出した条件はそれだけで、願い事に関してはテオバルトからの申し出だ。
何かしてほしいことはないかと問われたので、願い事ができたら叶えてくださいと約束した。
あっさり頷いていたが、ここぞという時の切り札にするつもりである。
テオバルトからは、第二妃としての務めをに最大限に努めること、第一妃への配慮をすること、後ろ盾である公爵家との橋渡しをするなど、常識の範囲内での取り決めがあった。
結構な数の条件を挙げられたが、ミュゼルシアはすべて呑んだ。
ただ誓約の内容は、魔紙に記して神殿に預けてある。
破れば神への冒涜となり、『誓約破り』と呼ばれる黒い蔦のような紋章が顔や体中に現れ、世間では忌み嫌われ疎まれる。
王族ならば廃嫡となり、一生幽閉されるだろう。
ゆっくりと通路を歩き、神父の前で立ち止まる。
まばゆい光を反射し、鮮やかに虹色の世界を映す窓。
きらきらと舞う輝きは、王宮魔道士たちの魔法だろう。祝福あれと。
────女神様。どうかお許しにならないで。
ミュゼルシアがこれからゆくのは、自分と大切な者たち以外を不幸にする道だ。
きっと、報われることも称えられることもなく、泥臭く醜い道。
望んでそれに足を踏み入れる自分は、煌めく女神様の御前に相応しい人間にはなれない。
ならないと、己で決めた。
(始めましょう)
終わるための始まりを。痛みのための渇望は、飽くことはない。




