姉弟
王都をさくっと後にしたミュゼルシアは、寵臣であるロイドとルウと共に、遠く離れた国で母国のことを知った。
「本当に、好きになったりしなかったの?」
気安い口調でそう言うのは、もう影にならなくなったルウ。
隠れていた理由は、彼の瞳が紺碧色であることが示している。
「好きになる理由がある?」
ミュゼルシアは、ルウとお腹の中から一緒だった。
ふたりが生まれた時、母は男児であるルウを隠すことを決めた。
妊娠したことは誰もが知っている。
だから、王位に望まれやすい男児で紺碧の瞳を持つルウは、最も命の危険があった。
結果的に、女児であっても危機はあったものの、彼が隠れ続けて守ってくれたお陰でミュゼルシアは生き延びた。
互いに、表に立つのは大変だな、隠れるのって大変だな、と思っていたので軋轢はない。
弟を王位に就けて国を掌握することは、できないことはなかったけれど、お互いする気はなかった。
国を愛し国に尽くすべき王族として、欠陥品であると自覚していたからだ。
「嫌いではないわ。でも、特に好意もないわね」
「悪い奴じゃなかったけどなあ」
「特にいいわけでもないでしょう」
好き勝手に言い合う二人を、真ん中の席に座るロイドが苦笑して眺めている。
目が見えないミュゼルシアは、王妃時代の貯まりに貯まった権利費で、とある国の一等地に土地と邸を買った。
鉱山を有する広大な土地を任されたのは、この国の王家と懇意にしていた功績だ。
鉱山と働き手たちを管理し、適当な税を納める代わりに、移住する許可を取った。
ちなみに、祖国にバレてもどうってことはないため、特に口止めはしていない。
離縁して除籍された元王妃の居場所など知ったところで、あの国に手出しする権利はない。
「俺の片目もらえば楽なのに」
「いらないわ。これ、結構気に入ってるの」
ふふふと笑うミュゼルシアに、憂いの陰はない。
不必要な醜いものばかり、ミュゼルシアは映し過ぎた。
親しい者の顔が見えないのは残念だが、気心知れた二人の表情は声を聞けばわかる。
あと、絶対に言葉にはしないが、弟を傷つけてまで目が欲しいとは思えない。
「でも、あなたのお嫁さんの顔が見れないのは、ちょっと残念かもね。可愛らしい方なんでしょう?」
「……まあ、うん」
弟の照れた声に、コロコロと笑い声が上がる。
明日は、ルウが主役の日だ。
ずっと影に隠れ続けた弟は、生涯の伴侶を得て婚姻式を挙げる。
「あなたが表で笑えているのが、何よりだわ」
「ええ、本当に」
同意したロイドにとっても、感慨深いものがあるようだ。
昔から秘密を共有していた者にしかわからない、共に乗り越えてきたからこそわかる。
ルウが堂々と自由に過ごせるほど、安全な場所に辿り着いたのだ。
婚姻式の最終調整に向かうというルウを見送って、ミュゼルシアはのんびりと紅茶を飲む。
風が葉を揺らす音や、鳥の鳴き声。
かつては逃していた長閑な音を聞くのが、今の何よりの楽しみだった。
「……シア様」
ちょっと呼びにくそうに、ロイドがそっと名を呼ぶ。
彼のいる方向に顔を向けると、不意に居住まいを正す気配がした。




