その後
ミュゼルシアが去って、王国に大きな変化が起きたわけではない。
国王は人の機微には疎いが能力はあり、第二王妃であった彼女が教育した優秀な官吏たちが揃っていたからだ。
ただ、一人の妻と離縁した後から国王は徐々に気を病み、今は唯一となった王妃も国政に関わるようになった。
子育てがひと段落したタイミングということもあり、そんな父母を見て育った王子王女たちも早くから公務を担う。
そして、長子の双子が成人すると同時に王位は息子に譲位され、前国王は療養のため王都を離れた。
双子の妹を側近に据えた新国王は、年若いながら一気に国政を掌握し、辣腕を奮って国を富ませることとなる。
新国王は、即位と同時に『紺碧の瞳』による継承権の優遇を撤廃し、原則として王家の一夫一妻制を宣言した。
それに倣う形で、代を追うごとに貴族たちも婚姻の形を変えることとなる。
夫を療養地に見送った王太后は、息子の要望により王都に留まり、若年の子供たちの教育や相談役として陰に控えた。
血のつながらない第二王妃の子供たちを我が子のように慈しみ、国母とは彼女のことであると言わしめた。
そして、国王の弟妹たちは両親の血が近いことを鑑み、政治的に程よく適切な相手と婚姻して大公家を興す。
国政、外交、薬学、貿易、教育などの分野において兄王の治世を支えたという。
元国王は、即位した息子の子に会うこともなく、病にてひっそりと息を引き取った。
療養していた別荘の使用人がひと時出払った間に、眠るように孤独に逝った。
王太后は、六人の息子や娘の子供たちにも慕われ、大勢に見守られての大往生であった。
常々、子供たちの母を讃え尊敬し感謝する、懐の深い人であったと伝えられている。
六人の王族たちは神殿との協力の上、『紺碧の瞳』が成す呪いについて検証したが、誰一人特別な現象を起こすことはなかった。
それにより、この目を特別視する風潮はやがて途絶え、祖先から受け継いだ色として扱われることとなる。
神殿には、最後の呪いを起こした『紺碧の瞳』が、未だ輝きを失わずに保管されていた。




