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宝物たち

少々残酷な表現があります。ご注意ください。


テオバルトに抱えられて離宮に辿り着くと、そこは異様な静けさに浸っていた。

珍しくルウが近くを離れた気配がして、テオバルトの腕から降りてそれを追う。


「ジェス! ラム!」


いつもなら、必ずジェスが出迎える。

手があいていれば、この廊下の先でラムが顔を出す。

なのに、今はどちらの姿もない。


テオバルトが剣を抜きながら、斜め前に歩み出た。


「姫君!」


テオバルトの前では『第二妃殿下』と呼ぶはずのロイドの声は、怒りと焦燥が混じる。


声を頼りに辿り着いたのは、屋敷の一番奥。

行き止まりの廊下の先にあるのは、亡き母の寝室だった場所だ。


「ラム……」


寝室へとつながる扉のすぐ傍で、壁に凭れかかるように磔にされた見慣れた深緑の短髪。

がっしりとした両肩に剣が突き刺さりながらも、入口を守ろうとした料理人の姿があった。


妊婦に見せる光景ではないと思ったのか、止めようとするテオバルトの手を振り切って、扉をくぐる。


そこにいたのは。


「そなた……まさか」


白い騎士服。

王族の身を守る近衛騎士だけに許されたそれをまとった一人の男が、テオバルトに深く頭を下げた。


首元にロイドの剣を突きつけられ、血に濡れた男には見覚えがあった。


「……殿下の、専属騎士ですね」


これまで何度も、テオバルトと共にこの離宮を訪れていた近衛騎士。言葉を交わしたこともある。

素早く胸元から短剣を取り出し、ミュゼルシアはテオバルトから距離を取った。


「そなた、もしや母上の手の者か」


テオバルトは無理に距離を詰めるようなことはせず、鋭い声で己の専属騎士に問う。

彼の後ろに倒れているジェスに駆け寄ると、ミュゼルシアはぎゅうと強く抱き締めた。


血の匂い。

でも、もう温かさは感じない。


「……側妃殿下の命により、ここにおります」


「依頼主を早々に明かすのか」


「私は……側妃殿下の命に背くことは許されませんが、テオバルト殿下への忠誠にも偽りはありません。せめて、あなた様に何かを遺せたらと。罪は、この命で贖います」


忠誠はテオバルトにありながら、側妃に逆らえない。


ならば、ミュゼルシアなら蔑ろにしていいとでもいうのか。

ミュゼルシアの宝物たちが、この男一人の命程度で贖えるとでも?


呼吸が浅くなる。


────この手に力がないから。


ミュゼルシアの力が足りないから、大切なものをまた奪われた。


テオバルトの専属騎士だから、突発的な呼び出しによる離宮の守りの薄さを知っていた。

たった四半刻ほどしかない短時間でも、彼ならば離宮に容易く侵入できる。


まざまざとぬくもりを失っていくジェスの頭を抱きながら、ミュゼルシアは虚ろに顔を上げた。


視線は、専属騎士の背中に向いている。


(……この男が、わたくしの大切な人たちを奪ったの……)


ぐらり、と脳が揺さぶられるほどの憤り。

本来なら自分に向けるべきとわかっていながら、ミュゼルシアは止められなかった。


(つら)づらしい西果ての暁」


ジェスが、ラムが、いったい何の罪を犯したというのか。


「火雷の源たる咆哮」


ロイドも、ルウも、もう充分に傷ついてきたというのに。


「古来の御方は其れの咎を喚ぶ」


母は、ミュゼルシアは、こんなもの欲しくなどなかった。


王家に受け継がれる、正統なる至宝? そんなわけがない。

女神の力を賜る神殿以外、魔法などという超越した力などないこの世で、人の身でありながら何かしらを害することができる忌わしい能力だ。


もちろん、たかが人が為せる範囲など限られている。

それでも。


「────呪え。紺碧は災う糧である」


たった少し制限をかける程度になら、呪えてしまうのだ。


外見に変化はない。

だが、己の首を落とそうと動いた男の手が、不自然に停止した。


「……姫君? 何を、なさいましたか」


ぼうっと宙を見つめるミュゼルシアの前に、ロイドが膝をつく。

大きなお腹を気遣って、抱きしめていたジェスを自分の方に引き寄せて、反対の手でミュゼルシアの肩を撫でた。


ぬくもりを、分けようとするように。


何度か緩慢に瞬いて、一度ジェスに視線を戻し、次に漆黒の瞳を見つめる。

心配を滲ませた、穏やかで静謐な目。

物心ついた時から当たり前にいた、大切な大切な人。


遠慮がちに身体を寄せると、抱きしめはしないものの広い肩を貸してくれる。

額をぐりぐりと押しつけて、ミュゼルシアは大きく繰り返し深呼吸をした。


ミュゼルシアは、王太子の第二妃で、王太子の御子を身篭った身である。

ここで感情的に泣き喚くことなど、できるはずがない。


「……いなく、ならないで」


だけどただ、願ってはいけないだろうか。


「ちゃんと守るから……」


また守れなかったけれど。ジェス。ラム。大切なのに。


「もっとがんばるから」


お願い。もう一度、もう一度だけ。

ロイド。ルウ。守らせてほしい。お願いだから。



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