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唯一の王女


それは、苛烈かつ圧倒的な、完膚なきまでの恋の終わりだった。




ミュゼルシアは、我が国唯一の王女である。

正妃殿下のたった一人の子で、異母兄弟たちの中で彼女だけが王家の正統なる至宝とされる『紺碧の瞳』を持つ。


王座に最も相応しい者にのみ代々現れるという黒みがかった美しい碧の瞳は、光を称える星が散ったように輝き、亡き王妃から受け継いだ白銀の波打つ髪が飾る。


四人の異母兄は、みな側妃の子だ。

第一子である王太子テオバルトとは十歳の年の差があり、うんと幼い頃は接点どころか話題にすら上がらなかった。


それが変わってしまったのは、テオバルトの立太子に伴う式典に、母の喪が明けた八歳のミュゼルシアが出席した時だ。


ミュゼルシアはその時まで、側妃を溺愛する国王に会ったことがなかった。

母の病床にも見舞わず、葬儀では遙か遠くに後ろ姿を見ただけ。


だから父は、いや、父を含めた多くの者が、ミュゼルシアの容姿を知らなかった。

ミュゼルシアの世界は、母とその生家の人間、それと生まれた時に付けられた侍従兼護衛の騎士ロイドだけだったから。


妊娠と同時に重い病を発症した王妃は、療養と称して窮屈な王宮から逃れ、離宮の一つを大改革して生家の人間で固めた。


国王は婚約時代から側妃を近くに置いていて、初夜をすっぽかすような非常識かつ感情的なタイプだった。

そして、側妃も優越感と劣等感に支配された厄介な女性で、母は嫁ぐ前から苦労させられていたと聞いた。


それでも、他国の貴族家の庶子である側妃では国王の後ろ盾にはなり得ず、筆頭公爵家の令嬢だった母に拒否権があるわけがない。

当時の当主が王位継承権も有していたため、叛意はないと示す必要もあった。


婚姻してミュゼルシアが生まれるまでの十数年の間に、側妃による妨害で何度も子が流れたというのだから恐ろしい。

積極的に王妃を虐げるわけではない国王は、しかし側妃の怒りに触れるのを嫌がって守りもしなかった。


それはミュゼルシアが生まれてからも同様で、名付けも面会もすべて予定日時の寸前で『火急の用ができた』からとキャンセルになった。

おおかた側妃が妨害したのだろう。


なので、ミュゼルシアの王者たる星の輝く夜明けのような『紺碧の瞳』を見て、側妃は発狂。

国王は茫然自失とし、異母兄たちは親の仇を見るように睨みつけ、貴族たちや神殿関係者は戦慄した。


阿鼻叫喚のその場を収めたのは、主役であるはずの王太子になったばかりのテオバルト。

初めての公の場での大騒動に動けなくなったミュゼルシアを一瞥もせず、淡々と式典を進行して異母妹を早めに退散させた。


この日から、ミュゼルシアに危機が到来したのは想像に難くない。

毒や刺客や強姦未遂など、一通りのことは三日くらいで経験したように思う。


一日に何度も狙われ続ける生活が何年も続けば、おのずと身を守る術を身につけるようになるし、勘は鋭く感情は平坦になる。


側妃からどす黒い笑顔で毒々しい嫌味を浴びせられても、異母兄に凍えるような冷たい視線を向けられても、時にうっかり暴走して殴られたり蹴られたりしても、血のつながりなんかこんなもんかと思うくらいだ。


成人前とはいえ、ミュゼルシアは一流の教師陣に『教えることはもうない』と言わしめるほどの頭脳と、ロイドに『いい加減にしないと淑女と言い張れなくなる』と叱られる程度の武術、そして目にした誰もがハッと振り返ってしまう美貌を兼ね備えた大変な女性に育ってしまった。


もちろん、ミュゼルシアは王位になんかちっとも興味はない。

王太子であるテオバルトは、父など目じゃないほど優秀で素晴らしい施政者だし、何より面倒くさいことは絶対したくない。


けれど。


「それで、おまえはいつ王宮に戻って来るのだ」


出会い頭に、そんな言葉を投げかけてきたのは、父ではなく長兄。

父に似てすらりと長身で程よく筋肉がついた厚みのある身体と、何もそこまで寄せなくてもと思うほど父と瓜二つの目元が切長の涼やかな美丈夫だ。


ただ一つ、他国出身の側妃から受け継いだ褐色の肌が彼の王位の正当性をわずかに揺らがせ、そしてその根拠はミュゼルシアの持つ『紺碧の瞳』なのだ。



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