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PART3 先祖とは「祀るもの」ではなかった

 私たちは「先祖」という言葉を聞くと、

仏壇や位牌、墓参りといった具体的な行為を思い浮かべる。

手を合わせ、名を呼び、感謝を述べる。

先祖とは、敬意を払い、祀るべき存在だという理解が、すでに出来上がっている。

しかし、この感覚をそのまま縄文時代に当てはめることはできない。

縄文人にとって、先祖は祀る対象だったのだろうか。

答えは、おそらく否である。

縄文時代の遺跡からは、

体系化された祖先崇拝を示す明確な証拠は見つかっていない。

家系を遡り、血縁を整理し、

特定の祖を中心に据えるような構造も確認されていない。

それでも、墓はあった。

しかも、生活のすぐそばに。

ここで重要なのは、

先祖が「意識されていなかった」のではなく、

意識のされ方が、私たちとは違っていたという点だ。

縄文人は、

死者を別の世界へ送り出し、

そこから呼び戻して祀る、という構図を持たなかったのではないか。

死者は、どこか遠くへ行った存在ではない。

かといって、神格化された存在でもない。

ただ、世界の一部として、

形を変えて在り続けている。

墓が村の中心にあるということは、

先祖を見上げる位置に置いていないということでもある。

上でも下でもなく、

隣にいる。

この「隣にいる」という感覚が、

縄文的な先祖観の核心なのではないかと思う。

先祖は、守護霊ではない。

裁く存在でもない。

導く教師でもない。

ただ、この土地で先に生きていた者たちだ。

その存在は、

日々の行動を直接指示しない。

だが、行き過ぎることを自然に抑える。

土地を使い尽くさない。

仲間を排除しすぎない。

奪い合いに傾きすぎない。

それは、規範として教えられたからではない。

常に、過去の時間が足元に重なっているからだ。

先祖は、記憶の中にいるのではない。

場所の中にいる。

この感覚は、

後の時代に生まれる祖先崇拝や宗教的儀礼とは、明らかに異なる。

弥生以降、

農耕が本格化し、土地が固定され、

血縁と所有が結びつくにつれて、

先祖は「守る存在」へと変わっていく。

家を守り、田を守り、

血の連なりを正当化する存在として祀られる。

だが縄文時代には、

守るべき家も、独占すべき土地も、

まだ明確ではなかった。

だから先祖は、

祀られる必要がなかった。

そこにいること自体が、

すでに十分だった。

私たちが地方の町を歩き、

住宅の間に残された墓地を目にするとき、

無意識のうちに足取りを変えることがある。

声の大きさを落とし、

振る舞いを少しだけ慎む。

それは、信仰ではない。

教え込まれた作法でもない。

もっと古い感覚だ。

先に生きた者たちが、

今もこの場所を共有しているという感覚。

それが、先祖という言葉の、

もっと手前にある意味なのだと思う。

次に考えたいのは、

この感覚が、なぜ長い時間を経ても消えきらなかったのか、である。

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