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PART1 「争いのなかった時代」という違和感

縄文時代は、一万年以上にわたって争いのない平和な時代だった――

そうした言葉を、私は半信半疑で聞いてきた。

あまりに都合が良すぎる。

人間が集団で暮らす以上、衝突や奪い合いがまったく起きなかったとは考えにくい。

それは理想郷の物語であり、現実から目を背けた幻想のようにも思えた。

実際、近年の研究でも、縄文時代に一切の暴力がなかったと断定することはできない。

人骨には外傷の痕跡が見つかることもあるし、小規模な争いが存在した可能性は否定されていない。

それでもなお、縄文時代について語られる「争いの少なさ」は、完全な作り話ではない。

少なくとも、組織的な戦争や、社会全体を巻き込む大規模な衝突の痕跡は、驚くほど乏しい。

この「乏しさ」こそが、私には不思議だった。

人類史を見渡せば、農耕が始まり、土地が所有され、富が蓄積されるにつれて、争いは常態化していく。

国家が生まれる前から、戦争は人間社会の影のように付きまとってきた。

それにもかかわらず、縄文社会は、極端な暴力の連鎖に陥らず、気の遠くなる時間を生き延びた。

なぜなのか。

技術が未熟だったからだろうか。

武器が発達していなかったからだろうか。

あるいは、人口が少なかったからか。

どれも一因ではあるだろう。

しかし、それだけでは説明しきれない。

縄文人は、ただ争えなかったのではなく、

争うことが合理的でない世界に生きていたのではないか。

そう考えると、視界が少し変わってくる。

土地は奪い合う対象ではなく、季節ごとに恵みを与える場だった。

森や海は、所有するものではなく、関係を結ぶ相手だった。

そして人は、その循環の一部として生きていた。

もし、土地を奪うことが自分たちの生存基盤を壊す行為であるなら、

もし、争いが共同体全体を不安定にするなら、

争わないことは道徳ではなく、生き延びるための知恵になる。

ここで重要なのは、縄文人が「善良だった」という話ではない。

彼らは理想的でも、特別に高潔でもなかったはずだ。

ただ、世界の捉え方が、私たちとは違っていた。

争いは、勝てば終わるものではない。

世界そのものを傷つける行為だった。

この感覚が、意識されることなく共有されていたとしたら、

社会は驚くほど静かに保たれる。

縄文時代の「平和」は、

努力の結果ではなく、

世界観の帰結だったのかもしれない。

この違和感は、次の問いへと私を導く。

争いを避けた社会は、

死を、そして先祖を、

どのように捉えていたのだろうか。

墓が、村の中心にあった理由は、

そこに隠されている。





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