【一方その頃】ジャネット、追い詰められる
アリスが魔の森で花火を打ち上げた、その翌日。
ガイゼン王国の王都、王宮内の敷地にある王立魔法研究所の所長室にて。
ジャネットが執務机に向かって書類仕事をしていた。
書類を一枚処理しては、忌々しそうに顔を歪める。
「なぜ私がこんなことを……!」
もともと、ジャネットの仕事は副所長に押し付けていた。
しかし、副所長を広範囲結界魔法の実地実験の視察に行かせようとしたところ、
「書類仕事があるので行けません」
と言われてしまい、しぶしぶジャネットが自分でやることになってしまった。
おかげでここ数日は書類ばかり見ている。
「ああ、面倒だわ」
ジャネットが忌々しそうに爪を噛んでいると、
コンコンコン、とドアをノックする音が聞こえてきた。
「入りなさい」
不機嫌そうな声を出すと、秘書の女性が恐る恐る入ってきた。
頭を深々と下げ、手紙を差し出す。
「こちら、副所長からのお手紙です」
ジャネットはひったくるようにそれを受け取った。
さっさと出て行けと顎で合図をする。
そして、ペーパーナイフを取り出すと急いで手紙を開いた。
中には薄っぺらい便せんが2枚入っており、実地実験の結果と様子が書かれていた。
『……現時点では“魔法士4人で7日間”結界を維持することが限界であると判明しました。これ以上の結果を出すことは不可能だと思われます』
ジャネットは眉間に思い切りしわを寄せた。
これでは以前の“3人で14日間”が達成できないということではないか。
「どういうことよ!」
般若のような顔で読み進める。
どうやら副所長は、大広範囲結界魔法の実験に継続して参加している魔法士2人に話を聞いたらしい。
『魔法士2人の話は共通しており、
“最初はうまくいかなかったが、あの小さな研究員が魔法陣を調整したことで魔力の通りが良くなり、結果として継続時間が伸びた”
とのことでした。
小さな研究員とは、アリス・ブリック研究員で間違いないと思われます』
そして、手紙には続けてこうあった。
『……魔法陣自体を作ったのはビクター所長かもしれませんが、それを調整して“3人で14日”という結果を出したのは、アリス研究員だったと思われます』
手紙の最後には、早急にアリスの研究に参加させるようにと書いてあった。
「……っ!」
ジャネットはカッとなって手紙を握りつぶした。
くしゃくしゃにして思い切り部屋の隅へ投げつけると、思い切り踏みつける。
何度も踏みつけて少し落ち着くと、彼女は肩で息をしながらギリッ奥歯をかみしめた。
「面倒なことになったわ」
大元の魔法陣や思想についてはビクター所長が設計したが、細部の調整はアリスが行った。
孤児とはいえ王立魔法研究所に最年少で入ったのだ。
そのくらいできても不思議はない。
「あの孤児をすぐに追放したのは早計だったかもしれないわね……」
ジャネットが忌々しそうな顔をした。
孤児らしく背中に奴隷印でも彫って便利に使えば良かったかもしれない。
「ただ……できない理由は分かったわ」
魔法陣の調整は、研究員というよりは魔法士の得意分野だ。
机にしがみついているだけの研究員たちができなくても不思議はない。
つまり、優秀な魔法士である自分であればできるということだ。
ジャネットは乱暴に呼び鈴を鳴らした。
執事が現れると、鋭く命令する。
「今すぐ出かける準備をしなさい」
「どちらへ?」
「広範囲結界魔法の実地実験場よ。直々に見に行きます」
「かしこまりました」
執事が礼をして部屋を出ていく。
ジャネットは舌打ちしながら椅子に座った。
現場の仕事など、本来自分のような上位貴族がするべきではない。
しかし、早急に成果を出さなければならない今、やるしかないだろう。
「なんて使えないのかしら……」
ジャネットは苦々しくつぶやきながら爪を噛んだ。
カチカチという音が響き渡り、夕日の赤がどこか冷ややかに部屋を照らす。
そして、この翌日。
苛立った顔のジャネットは、馬車に乗って大結界魔法陣の実地実験をしている荒れ野の砦に向かった。
――この時の彼女は知らなかった。
数か月後、
まさか自分が、手柄を奪って追放し、野垂れ死にさせたはずの魔法研究者を――
血眼になって探す羽目になる、などということを。




