07.アリス、転移先を探す(1/2)
<テオドール視点>
アリスが新たな発想を求めて恋愛小説を読み始めた、その3日後。
夕食の香りが厨房から広がる、夕暮れ時。
テオドールがランプを片手に、古城の廊下を歩いていた。
静かな石の廊下に、コツコツという規則正しい音が響く。
彼はアリス研究室の前に立つと、軽くノックした。
「アリスさん、夕食の時間ですよ」
声を掛けるが、返事がない。
扉を開けて中をのぞくと、雑然とした部屋は暗く静まり返っていた。
(……珍しいな)
最近置物のように部屋で本を読んでいたのだが、
今日はどこかに出かけたらしい。
テオドールは部屋を出ると、アリスを探し始めた。
食堂に行ってみると、そこは人であふれ返っていた。
肉を頬張って笑う少年たち、楽しげにおしゃべりを弾ませる女性たち。
食器の触れ合う音や湯気の匂いが混ざり合い、今までにないほどの活気が満ちている。
(ずいぶんと賑やかだな)
4か月前にこの古城に来た時は、落ち着いた雰囲気ではあったものの、どこか閉塞感があった。
ドラゴンの声や外の魔獣への怯えが、古城内に影を落としていたのだ。
だが今は、結界が広がり人が増えたことで、空気がぐっと明るくなっている。
(こうしてみると、本当に変わったな)
軽く口角を上げながらそんなことを考えていると、ロッテが笑顔で近づいてきた。
ビクトリアに積極的にお洒落を習っているらしく、来た時よりもかなりあか抜けている。
彼女はにっこり笑った。
「こんにちは! テオドールさん、どうされたんですか?」
「アリスさんを探しています。来ませんでしたか?」
「いえ……今日はまだ見てないと思います」
テオドールはお礼を言うと、食堂を出た。
建物を出ると、夕暮れの下、開発ラボや鍛冶小屋を見て回る。
(いない……となると、あそこか)
彼は建物に戻ると、本館のエントランスに足を踏み入れた。
壁に隠されているスイッチを押す。
ゴゴゴゴ
隠し階段がゆっくりと現れた。
奥の方がぼんやり明るくなっているのが目に入る。
(ここか)
テオドールはランプを掲げながら階段を下りた。
石の廊下を進むと、転移陣の小部屋から明かりが漏れているのが目に入る。
そっとのぞくと、アリスの小さな背中が見えた。
ランプの光の下、床の魔法陣に向かって熱心に何かしている。
(……リスみたいだな)
テオドールは目を細めた。
しばらくながめたあと、そっと声を掛ける。
「アリスさん」
アリスがびくりと肩を震わせた。
振り向いて、不思議そうな顔をする。
「テオドール、どうしてここに?」
「夕食に呼びに来ました」
「え、今何時?」
「7時です」
アリスは目を見開いた。
そんなに時間が経っていたとは思わなかった、という表情だ。
テオドールは思わず苦笑した。
(この人、自由過ぎだろ)
まあそこが面白いのだけど、と思いながら彼が尋ねた。
「ここで何をしているんですか?」
「この魔法陣の転移先がどこか調べようと思って」
そう言って彼女が指さしたのは、魔法陣の上に置かれた紙包みの荷物だった。
テオドールは首をかしげた。
「これは?」
「これは、まあ、プレゼントみたいなもんかな」
「プレゼント?」
アリスによると、恋愛小説から発想を得たらしい。
「小説の中で、魔法士が転移陣を使って恋人にプレゼントをこっそり贈るシーンがあったんだよね」
「贈り物を転移させて届ける感じですか」
「うん、転移陣の仕組みについては異論があるけど、発想は悪くないと思って」
テオドールは思わず笑い出しそうになった。
恋愛小説から魔法の発想を得るなんて聞いたことがない。
アリスが立ち上がった。
「テオドール、手伝ってくれる?」
テオドールが口角を上げながらうなずいた。
「ええ、もちろんです」
*
<アリス視点>
テオドールから手伝いの了承を得ると、
アリスは魔法陣の前に立った。
(よし、やろう)
しゃがみ込むと、そっと魔法陣に魔力を流す。
そして、転移に巻き込まれないようにさっと後ろに下がると、静かに詠唱した。
【起動・転移:魔法陣】
その瞬間、魔法陣から光が放たれた。
黄金の風が部屋の中を吹き荒れる。
アリスはたまらず目を細めた。
後ろからテオドールから守るように抱きかかえられるのを感じる。
そして、光がふっと消え。
光りを失った魔法陣の上からは、先ほど置いた荷物が消えていた。
「やった! 物だけの転移成功!」
アリスはガッツポーズを決めた。
笑顔でテオドールを振り返る。
「テオドール! 行くよ! 急ごう!」
「え、どこに行くんですか?」
明るいアリスとは対照的に、テオドールが戸惑ったような顔をした。




