05.ヴァルモア領への旅路
本日1話目です。
やや説明&伏線回です。
幸いなことに天気も良く、ヴァルモア領への旅は順調に進んだ。
アリスは、馬車の外をながめて過ごした。
怒涛の日々に、疲れ切っていたというのもあるが、
王都からあまり離れたことがなかったので、外が珍しかったからだ。
街道を行き交う馬車や、遠くに見える大きな街などをながめながら、彼女は思った。
「世界って広いんだね」
それに飽きると、馬車の中で、持って来た魔法書に熱中する。
領地経営については、着いてから考えることにした。
何も分からない状態で考えたところで、意味がないからだ。
(魔法陣も、実際に見てみないと、よく分からないことも多いしね)
――と、こんな感じで、旅自体は順調に進んでいるのだが、
アリスには1つ、気になっていることがあった。
(……なんか、テオドールが変なんだよね)
旅が始まってから、彼はずっとアリスを気に掛けてくれた。
気分が悪くなっていないか尋ねてくれたり、
馬車の窓ごしに、周辺の地理について教えてくれることもある。
魔法書に熱中したアリスが、あまりにも動かないので、
「本を読んでいる置物を馬車に乗せている、と錯覚しそうです」
と冗談を言ったりしてくることもあった。
これだけ見ると、いつも通りのテオドールだが、
ふとした拍子に見せる表情が、どこか暗い気がする。
考え込むような顔をしていることも多く、話しかけても気が付かないこともあった。
2年ほどの付き合いだが、こんな彼は初めて見た。
(何かあったのかな……?)
聞いてみようかと思うが、聞く機会もないまま、そのまま旅を続ける。
*
3日目あたりから、景色が変わってきた。
大きな街は見なくなり、小さな街や村などを見るようになった。
街道も人が減り、周囲の景色も山野へと変わっていく。
*
そして、4日目の午後。
アリスたちは、ヴァルモア領のすぐ隣にある、小さな街に到着した。
ここで、テオドールを除く騎士3人は王都に戻った。
ここからアリスが住む予定の城までは、テオドールと2人で行くことになっているらしい。
――そして、この日の夜。
ひんやりとした夜の空気の中、
アリスとテオドールは、泊っている宿の隣にある小さな食堂に向かった。
食事を簡単に済ませる。
その後、テオドールが、アリスの目の前に古い地図を広げた。
「明日向かうのは……この村です」
アリスは彼の指先に目をやった。
『カスレ村』と書いてあり、魔の森のすぐ近くだ。
テオドールによると、明日の午前中、ここから迎えが来るらしい。
アリスは身を乗り出して地図をながめた。
「わたしの住むお城ってどこにあるんだろう?」
テオドールが、村の近く、森の入って少し進んだ場所を指差した。
「このあたり、と聞いています」
「入口かと思っていたけど、少し奥なんだね」
「……そうですね」
テオドールは相槌を打つと、真面目な顔でアリスを見た。
「念のため確認しておきたいのですが、アリスさんは攻撃魔法が使えますか?」
万が一のことを考えて、アリスの戦闘能力を押さえておきたいらしい。
彼女は思案に暮れた。
『攻撃魔法』とは、敵にダメージを与えることを目的とした強力な魔法だ。
使うためには、膨大な魔力と才能が必要で、使える者はごくわずかだ。
アリスは魔法研究者なので、魔法陣そのものは作ることができる。
でも、作るのと使うのは話が別だ。
(そもそも攻撃魔法なんて使ったことがないんだよね。専門外だし)
考え込むアリスを見て、テオドールが安心させるように微笑んだ。
「大丈夫ですよ。もし戦闘になったら、すぐに隠れてもらえれば問題ありませんから」
「わかった、ありがとう」
うなずきながら、アリスは残念に思った。
魔法陣なら、すごいの作れるのになあ、と思う。
*
そして、この翌日の昼前。
アリスたちが泊っている宿の前に、1台の幌付きの馬車が停まった。
のんびりとした雰囲気の中年男性が降りてくる。
1階に現れたアリスとテオドールを見て、彼は人が良さそうな笑みを浮かべた。
「初めまして、私はカスレ村の村長をやらせていただいている者です」
「はじめまして、領主のアリスです」
いい人そうだな、と思いながらアリスが挨拶すると、村長が少し驚いた顔をする。
その後、3人は村に移動することになった。
テオドールは、村長の乗って来た馬車にアリスの荷物を積むと、自らは馬に乗った。
アリスは、御する村長の隣にちょこんと座る。
「では、行きましょう」
村長が鞭を当てると、馬が嘶いた。
どんよりと曇った空の下、街を出て、森の中を伸びる街道を進み始める。
生暖かい風を頬に感じながら、アリスは周囲を見回した。
今まで石で作られていた街道は土へと変わり、人が全くいない。
(あんまり行く人がいないのかな)
アリスがキョロキョロしていると、村長がのんびりした感じに口を開いた。
「先ほどは驚いてしまってすみません。予想よりお若かったもので、つい」
「大丈夫です。気にしないで下さい」
そう言いながら、アリスは思った。
そういえば、前の領主ってどんな人だったんだろうか。
文官カミーユの説明にも、前領主の話はなかった。
一応聞いておいた方が良い気がする。
馬に揺られながら、アリスが尋ねた。
「前の領主ってどんな方だったのですか?」
「前の領主様……ですか」
村長が考え込んだ。
「……そういった方はいないですね」
「え?」
意外な答えに、アリスは目をぱちくりさせた。
「わたしの前に領主だった人ですよ?」
「はい、私が知る限り、領主様はアリス様が初めてです」
村長によると、なんと今までヴァルモア領に領主がいたことはないらしい。
「村のことは自分たちで行っておりましたので」
税金も、王都から手紙が来るので、
その通りに穀物を集めて、隣の領に納めに行くらしい。
「ですので、お上から手紙が来て、ここまで迎えには来たのですが、領主様がどんなものかよく分からずにおりまして……」
村長が恥ずかしそうに言う。
(え……)
アリスは呆気にとられた。
村長の話を、頭の中で整理する。
そして、彼女は思った。
(もしかして、ここって、領主とかいらないんじゃ……?)
近くの枝に停まっていたカラスが、アリスに同意するように、カア、と鳴いた。
また夜投稿します。




