09.難航
アリスが村長に、
「引っ越しませんか?」
という、唐突な提案をした、約15分後。
とりあえず座って話そうということになり、
アリスたちは『集会所』という名前の掘立小屋に移動した。
村長と村の主だった者たち数名と共に、古い大テーブルを囲む。
そこへ、村長の娘ロッテがお盆に乗せてお茶を運んできた。
「どうぞ、お飲みください」
そう言って全員に配ると、自分は集会所の隅に静かに腰かける。
村長が軽く咳払いをすると、改まったように座り直した。
「……では、先ほどの『引っ越し』について、詳しくお話を聞かせてください」
アリスは、考え込んだ。
こういうのはテオドールの方が得意だ。
きっと自分が説明するより上手くいくだろう。
彼女は真面目な顔で口を開いた。
「はい、では、テオドールから説明します」
いきなり振られたテオドールが「えっ」という風にアリスの顔を見た。
一瞬戸惑ったような顔をするものの、すぐにうなずく。
「はい、ではご説明します」
彼は言葉を選びながら慎重に話し始めた。
魔の森の奥に、土地が肥沃で安全な場所があることや、
小さな子どもも含めて60人ほどが暮らしていることを説明する。
村長が驚いたような顔をした。
「……まさか、魔の森の奥にそんな場所があるとは、夢にも思いませんでした」
「危険な場所ばかりだと思っていたな」
他の人々もうなずく。
どうやら興味はあるようで、皆口々に疑問を口にした。
どんな人たちが住んでいるのか、広さはどのくらいなのか、作物の育ち方など、様々な質問がされる。
特に作物の育ちが良いというところは魅力的なようで、全員が目を輝かせる。
しかし、いざ引っ越しという話になると、村長は難しい顔をした。
「……実を言うと、我々は魔の森が恐ろしくてたまらないのです」
子どもの頃から、魔の森は怖い所だと散々脅されて育ったため、怖いものだと思い込んでいるという。
村人の何人かがうなずいた。
「正直なところ、魔の森の中に暮らして気持ちが休まるとは思えないですな」
「特に子どもは魔獣を怖がりますから」
老人たちが髭をしごきながら言った。
「それに、ここは我々ヴァルモアの民が長らく守ってきた土地ぞ」
「そうだな……そもそも移住したら、我々が代々守ってきた墓はどうなるという話だ」
老人たちの意見に、比較的若い村人が苦々しげな顔をした。
「じゃあ、ここで飢えて生きろというのか?」
「俺は子どもの代までこの暮らしをさせたくない」
「このままだと、遅かれ早かれ死人が出るぞ! 墓より今生きている者だろう!」
その場は紛糾し始めた。
魔の森は危険すぎると言う者、
先祖の土地と墓を守るべきという者、
子どもたちのことを考えれば移住を検討すべきという者。
三者三様だ。
言い合う村人たちをながめながら、アリスは思案に暮れた。
移住というのは、なかなか難しいものらしい。
(どうしたもんかな……)
そんなアリスを他所に、会議はますますヒートアップしていく。
しばらくして、テオドールが穏やかに口を開いた。
「それでは、お互い持ち帰って、また夜にでも話し合ってみるのはどうですか。ご家族の方のご意見もあるでしょうし、村の片付けも残っていますから」
「そ、そうですな、そうしましょう」
村長がホッとしたようにうなずいた。
他の者も同意したことから、また夕食後に集まることを決め、その場は解散となる。
アリスは集会所を出ると、テオドールと一緒に歩き始めた。
「移住って難しいんだね」
「そうですね」
テオドールが人々を手伝いながら聞いた話によると、
彼らは先祖代々、数百年ここに住んでいるらしい。
アリスは目を丸くした。
「え、そんなに?」
「はい、“自分たちはここに数百年住むヴァルモアの民だ”とおっしゃっていました」
(なるほどなあ)
アリスは思案した。
自分は孤児で、住む場所に執着がないから気楽に考えていたが、
先祖代々数百年住んでいれば、離れたくないのも無理ないのかもしれない。
(それに、そもそも古城が安全か分からないのも大きい気がする)
先祖代々の土地を捨てて、安全かどうか分からない場所に行くなんて、そりゃできないよね、と思う。
このまま移住しない方がいいのかなとも思うが、
今の状況では、餓死する人が出かねないような気もする。
(どうしたもんかな……)
アリスがそんなことを考えながら歩いていた――そのとき。
後ろから誰かが歩いてくる気配がした。
「……あのう」
遠慮がちな声が聞こえてくる。
アリスが振り返ると、そこには村長の娘ロッテが緊張した様子で立っていた。




