06.道中と語らい
アリスたちが古城を出発してから約1時間半。
鬱蒼とした森の中の空き地に、小さな結界が張られていた。
中には、革鞄の上に腹ばいになって伸びているアリスと、
心配そうにその背中をさすっているテオドールがいる。
テオドールが気遣わしげに口を開いた。
「アリスさん、大丈夫ですか」
「だ、大丈夫」
アリスは態勢を変えようと体に力を入れた。
その瞬間、背中に痛みが走り、「いたたたた……」とうめく。
テオドールが慌てて言った。
「無理しないでください。もう少し休みましょう」
「うん……ありがとう……」
テオドールに背中をさすられながら、アリスはしょぼくれた顔をした。
(途中までは、上手くいっていたんだけどなあ……)
*
結界を出た2人は、しばらく歩いて、リットの言う“旧街道”に出た。
数百年経っているせいもあり、道というよりは空き地が連なっているといった雰囲気だ。
特別歩きやすいわけではないものの、他の場所よりは見通しが良く、2人はこの道を進むことに決めた。
何度か魔獣に襲われたものの、テオドールの剣技とアリスの水魔法で、わりとあっさり撃退する。
テオドールが前に苦戦した大きなイノシシをあっという間に倒したのを見て、
アリスは感心した。
「テオドール、すごい! 前よりかなり強くなった気がする」
「ありがとうございます」
テオドールが照れたように視線を落とす。
「アリスさんも、かなり強くなりましたね」
「そう? 前よりも頻繁に魔法を使うようになったからかな? あと転ばないのは大きいね」
鞄に乗ることにより、アリスは「転ぶ」という最大の課題をクリアしていた。
普段は鞄の上に座り、魔獣と戦うときだけ降りて戦う。
丈夫な鞄は盾としても使えるため、安全性も格段に向上した。
アリスは鞄に乗って進みながら、満足そうに足をプラプラさせた。
「順調だね!」
「……そうですね」
彼女はドヤ顔で自画自賛した。
完璧じゃん! と思う。
――しかし、そんなアリスを悲劇が襲った。
しばらくして、背中が痛み始めたのだ。
お尻や、ぶら下げている足もこわばり、なぜか腹筋まで痛くなってくる。
痛みを緩和させようと、お尻を浮かしたり、もじもじしたりするが、痛みは増すばかりだ。
そして2時間後――
「テ、テオドール、た、助けて……」
鞄の上で動けなくなったアリスを、テオドールが急いで担ぎ下ろし、
こうして休憩をとる羽目になった、という次第だ。
*
両手でお尻を揉みほぐしながら、アリスがため息をついた。
歩くより座る方が疲れないと思っていたが、どうやらそういう訳でもないらしい。
(いいアイディアだと思ったんだけどなあ……)
落ち込むアリスに、テオドールが慰めるように言った。
「乗って移動するのはアレでしたけど、たくさん物を運べますし、盾にもなりますし、その鞄、すごくいいと思いますよ」
「……うん、まあそうなんだけど、わたしはこれで移動したかったんだよね」
アリスが、しゅんと肩を落とす。
テオドールが考え込んだ。
「……足を固定できる鐙をつけたら楽になるのではないでしょうか。あとは、座る面にクッションをつけるとか、背もたれを付けるとか」
「なるほど……」
アリスは深いため息をついた。
実用化に向けて、魔法陣の理論だけでは超えられない壁があることを実感する。
*
アリスの背中とお尻の痛みが何とか治まった後、2人は再び歩き始めた。
先頭をテオドールが歩き、その後ろからアリスが続く。
彼女の横には、鞄がふよふよと浮いている。
テオドールに持とうかと言われたのだが、アリスは浮かべて持ち運ぶことにした。
運んでもらうのは負荷がかかりすぎるし、いざという時に盾として活用できるからだ。
テオドールが心配そうに振り向いた。
「大丈夫ですか」
「うん、大丈夫……わっ!」
アリスは木の根に蹴つまずいた。
つんのめりそうになるも、横の鞄をガシッと掴んで何とか持ちこたえる。
テオドールが「おお」という顔をした。
「その鞄、役に立ってますね」
「……そうみたいだね」
アリスは複雑な顔をしながら態勢を立て直した。
乗って移動はできていないが、一応「転ばない」という目標はクリアしている様相だ。
(でも、これじゃないんだよなあ)
アリスの不服そうに口をとがらせるのを見て、
テオドールが「アリスさん、口、とんがってますよ」と楽しそうに笑う。
*
そして、その日の夕方。
暗くなる前に、2人は野営の準備をすることにした。
テオドールが食材を取りに行き、
アリスが小さな結界を貼り、枝を集めて魔法で火を熾す。
しばらくすると、テオドールが魚や木の実、果物などを持ってきた。
アリスがそれらの毒判定を行い、食べられると判明したものを次々と焼いて食べていく。
もぐもぐと口を動かしながらアリスは満足げな顔をした。
「ソーセージとかいっぱい持ってきたけど、いらなさそうだね」
「毒の有無さえ判定できれば、この森は食材の宝庫ですからね」
そして、テオドールが思い出したように言った。
「そういえば、ビクトリアさんが、“カスレ村の皆さんが希望するなら、移住の話を前向きに進めて欲しい”とおっしゃっていました」
テオドールはビクトリアからこの話を聞いた時、少し驚いたらしい。
「どうして?」
「何となく外部に自分たちのことを知られたくない雰囲気があったので、断るかと思っていました」
アリスはお茶を飲みながら考え込んだ。
そういえば、ビクトリアたちのことをよく知らないな、と思う。
「前に、ビクトリアさんが“8年前に王都を追い出された”みたいなこと言ってたけど、何があったんだろうね」
「さあ……俺、この国に来たのが6年前なので、その前のことはよく知らないのです。アリスさんは?」
「うーん、わたし、世の中のこととかあんまり気にしてないからなあ」
ちなみに、テオドールは、もともとガイゼン王国で生まれたが、
小さいころに家が没落して、隣国の親戚を頼って移住したらしい。
「祖父が不慮の事故で亡くなりまして、そこから家が立ち行かなくなった感じです」
アリスが果物をシャリシャリ食べながら記憶をさぐった。
「確か、前に祖父に憧れて騎士になったって言ってたよね」
「……よく覚えていますね」
テオドールが驚きと嬉しさが混じったように微笑む。
テオドールの祖父は上級騎士で、一緒に移住した祖母が、テオドールに祖父の話をよく話して聞かせたらしい。
「その話に憧れて、騎士を目指すようになりました。――アリスさんは、なんで古代魔法研究者になったんですか?」
「うーん、古代魔法陣がかっこいいと思ったからかな」
テオドールがおかしそうに笑った。
「ものすごくアリスさんらしいですね」
「それ、よく言われる」
その後も、2人は食事をしながら話を弾ませた。
焚火がパチパチと音を立てて燃える。
そして、食事を終わらせた2人は、毛布をかぶって横になった。
木々の合間から、星が瞬いているのが見える。
テオドールが空を見上げながらつぶやいた。
「こうやって外で寝るのは久し振りですね」
「……そうだね」
アリスがうとうとしながら同意する。
そして、2人は「おやすみなさい」と言葉を交わすと、
真っ暗な森の奥から聞こえてくる魔獣の唸り声を聞きながら、眠りに落ちた。




