03.アリス、悟りを開く
カスレ村に戻ることが決まった、その翌日の午後。
アリスは、物思いにふけりながら中庭を歩いていた。
考えているのは、約1週間後に控えた魔の森の横断についてだ。
(前回、結構大変だったんだよね)
テオドールと2人で、カスレ村からこの古城まで来るのに、7日近くかかった。
フレッドによると、2人なら普通は3,4日ほどで着くらしいので、3日は余計にかかったことになる。
(原因は、明らかにわたしだよね……)
戦いに不慣れだったことに加え、
運動神経が壊滅的なアリスは、歩いている時はもちろん、戦闘中に何度も転んだ。
そのたびにテオドールが抱えて逃げる羽目になり、その回数はおそらく20回以上。
余計にかかった3日のほとんどは、転んだアリスを抱えてテオドールが走り回っていた時間だったような気がする。
(さすがにアレは、テオドールに申し訳なさすぎたよね……)
何とかしないとなあ、と考え込む。
そして、そのまま中庭を抜けて裏庭に入ると、カンカン、と乾いた音が聞こえてきた。
見ると、訓練場で、フレッドとエマが木刀で打ち合っていた。
どうやら訓練中らしい。
アリスは立ち止まると、2人の素晴らしい動きをながめた。
この人たちは森で転ぶとかないだろうなあ、などと考える。
そんなアリスに、エマが気が付いた。
笑顔で手を振りながら近づいてくる。
「アリスちゃん、こんにちは。こんなところに来るなんて珍しいわね」
「はい、ちょっと考えごとをしていて、いつの間にか」
「どうしたの?」
「森で転ばない方法がないかな、と思って」
エマとフレッドが不思議そうな顔をした。
「転ばない方法?」
「はい、今度カスレ村に行くので」
アリスが、前は転びまくってテオドールに担いで逃げてもらっていた話をすると、
エマが苦笑いした。
「アリスちゃんって、能力のほとんどが魔法に集中してる感じよね」
「確かに、あの魔法を使う人物と同じ人間の話とは思えないよな」
フレッドがおかしそうに言う。
エマが考えながら口を開いた。
「転ばない方法といえば、やっぱり走り込みじゃないかしら」
「走り込み」
「ええ、足腰鍛えるのは基本よ、動きも良くなるし」
フレッドが苦笑いした。
「いやいや、あと1週間しかないのに、走り込みとか脳筋過ぎるでしょ。俺なら木登りの練習を勧めるかな」
木に登れれば、逃げるバリエーションが増えるから、結果的にテオドールの負荷が減ると主張する。
2人の話を聞きながら、アリスは眉間にしわを寄せた。
言われていることは理解できるが、全然ピンと来ない。
(……もうちょっと自分で考えてみよう)
彼女は2人にぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます。考えてみます」
「走り込みするんだったら、いつでも付き合うからね!」
「木登りもな!」
2人に見送られながら、アリスは裏庭を後にした。
再び物思いにふけりながら中庭を歩いていると、不意に後ろから声をかけられる。
「アリスさん、こんにちは」
振り向くと、そこには書類を抱えたリットがいた。
彼女は嬉しそうに近づいてくると、アリスの隣に並んだ。
「こんにちは。こんなところでどうしたんですか」
「うん、ちょっと考え事をしていて」
アリスは、森で転ばない方法を考えていることを説明した。
良い方法はないかとフレッドとエマに聞いたところ、走り込みと木登りの練習を勧められたという話をする。
リットが「わかります」という風に苦笑しながらうなずいた。
「あの人たち、ちょっとおかしいですよね」
リットによると、以前体力をつけたいと相談したところ、
騎士同士の打ち合いの稽古に参加することを勧められたらしい。
アリスは目を丸くした。
「リット、剣できるの?」
「まさか! 持ったこともないです。打ち合いなんかに参加したら、確実に死にます」
この話を聞いて、アリスは深い共感を覚えた。
走り込みなんてしたら、体中が痛くなって更に転ぶことになるのは目に見えている。
木登りに至っては、木に登ろうとして登れなくて、見かねたテオドールに助けてもらって2人とも死ぬ……みたいなパターンしか思い浮かばない。
(そもそも、あの2人とは根本的に前提が違うってことだよね)
あのアドバイスは聞かなかったことにした方がいい気がする。
(……よし、決めた)
アリスはリットを見た。
「わたし、魔法で何とかする方法を考えるよ。文系には文系の戦い方があるよね」
「そうですよ、私たちが体なんて鍛えたら却って動けなくなります」
リットが、うんうんとうなずく。
アリスはリットに手を振ると、その場を離れた。
今度からこういうときは同じ文系のリットに相談しよう、と思う。
――そして、その日の夕方。
「……たぶん、アレが使えると思うんだけど……」
そうつぶやきながら、アリスは研究室へと歩いていった。




