【一方その頃】ジャネット、苛立つ
本作は追加エピソードで、物語上の位置づけとしては「第2章の最後」に入る内容です。
時系列が少し前後してしまいますが、内容的に新しいため「新規投稿」としました。
1週間ほどしてから、第2章の末尾に移動させる予定です。
ちなみに、ジャネットとは、アリスの手柄を横取りして追放した張本人です。
アリスが大結界魔法陣に狂喜していた、ちょうどその頃。
ガイゼン王国の王宮敷地内、魔法研究所の所長室にて。
「……これは一体どういうことかしら」
所長であるジャネットが、眉間にしわを寄せながら、ネイルを綺麗に塗った長い爪で机をコツコツと叩いていた。
彼女の目の前には男性研究員が立っており、困ったような表情を浮かべている。
ジャネットはいら立ちをにじませながら口を開いた。
「アリスの論文には、“3人の魔法士で14日間、結界が維持できた”と書いてあったわよね」
「……はい」
「では、この結果は一体何かしら?」
ジャネットが指で報告書をコツコツと叩く。
それは、結界魔法の実装実験の結果で、成果として
『6人の魔法士で7日間、結界が維持できた』
と記されていた。
「“3人で14日間”が、どうして“6人で7日間”になったのかしら?」
「それが……分からないのです」
「分からない?」
ジャネットは、さらに眉間にしわを寄せた。
「あなた、論文の実験にも参加していたと言っていたわよね?」
「はい、参加しておりました」
「なら、上手くいって当然よね?」
男性研究員は、ハンカチで汗を拭きながら答えた。
「……それがなぜか上手くいかないのです。使用している魔法陣もミスリルも同じなのに、なぜか結果が違うのです」
「魔力供給をしている魔法士は?」
「ほぼ同じです」
ジャネットは紙に視線を落とした。
3人で14日が、6人で7日。
誤差の範囲では済まされない。
「何か違いは?」
男性研究員は、考え込むように言った。
「違いというほどではありませんが……前回の実験にも参加した魔法士の1人が、魔法陣への魔力の伝わり方が違うような気がする、と話しておりました」
そして、男性研究員がおずおずと口を開いた。
「……あの、アリス・ブリック研究員を呼び戻すわけにはいかないでしょうか。これは彼女が主導で行っていた実験です。彼女であれば何か分かるかもしれません」
ジャネットは鼻で笑った。
「そんなはずはないでしょう。彼女はビクター所長の指示に従っていたにすぎないわ。それに、この論文は王立学会が認めたものよ。間違いがあるはずないわ」
「それはそうですが……」
男性研究員が何か言いかけたが、彼女はその言葉を遮った。
「いない人間の話をしても仕方ないわ。アリス研究員の名前は口に出さないでちょうだい」
「……」
「この問題については、副所長に相談して解決しなさい」
「副所長、ですか」
男性は一瞬、言葉に詰まった。
「副所長は、今は寝る暇もないほど忙しいと聞いておりますが」
ジャネットは、面倒そうに言った。
「とにかく副所長に相談しなさい」
「……」
「必ず実験時と同じ成果を出すように」
「……はい」
これ以上話しても無駄だと感じたのか、男性研究員は一礼すると肩を落として出口に向かう。
バタン
男性が出て行ってドアが閉まると、ジャネットはいら立った様子で立ち上がった。
むしゃくしゃしたように報告書を乱暴に机の上に放り出す。
(本当に使えないわね!)
下級貴族上りはやはり駄目だわ、とイライラしたように爪でコツコツと机をたたく。
そこへ、
コンコン
ノックの音が聞こえてきた。
ドアが開き、執事風の初老の男性が入ってきて、丁寧に頭を下げる。
「ジャネット様、そろそろ夜会の準備のお時間です」
「ええ、分かったわ」
彼女は研究所を出た。
馬車に乗り、自分の屋敷へと向かう。
窓の外を眺めながら、彼女はつぶやいた。
「イライラすることが多いわね」
先々週は、魔剣の修繕が滞っているという報告があり、先週は仕事が滞っているという報告があった。
そして今週は、広範囲結界魔法の実装実験がうまくいかないという報告だ。
今まで上手くいっていたものが急に上手くいかなくなるなどありえない。
組織がたるんでいる証拠だ。
「……見せしめに、誰か罰しようかしら」
罰を受ける者が出れば、研究員たちも真面目に働き始めるだろう。
「……まあでも、とりあえずは、広範囲結界魔法ね」
ガイゼン王国は、近いうちに隣国ルミナート王国を侵略するつもりだ。
現在、国境にある広大な荒れ野に、4つの砦を建設しており、
これがルミナート王国侵攻の要になる予定だ。
この4つを守る広範囲結界は、国家戦略的に極めて重要になってくる。
ジャネットは思案した。
広範囲結界の論文実験は、王都の郊外にある廃城で行ったと聞いている。
今回は荒れ野のど真ん中にある砦だ。
環境の変化で違いが出ているだけだろう。
副所長は、上級貴族出身で経験豊富な研究員だ。
任せておけばどうにかするはずだ。
「まだ時間はあるわ。少し待ちましょう」
ちなみに、ここから1か月経っても実験はまったく上手くいかず、
鬼の形相で怒鳴り散らす羽目になるのだが、この時の彼女は知る由もなかった。
この話の続き1か月後にあたる「ジャネット、焦る」は、挿話2話挟んだ後、EP.65として投稿します。
※リクエストをいただきまして、地図を追加しました。
興味のある方はどうぞご覧ください。
⇒ https://ncode.syosetu.com/n1001lf/57




