【一方その頃】 御前会議
放たれた追手が魔の森でアリスたちの痕跡を探していた、ちょうどその頃。
ガイゼン王国にある豪華絢爛な部屋にて、
国王を始めとする、国の重鎮たちを集めた会議が行われていた。
議題は、国の重要な事柄について。
大臣たちが報告をもとにその場で議論が行われ、最終的に国王が意思決定を行う。
そして、最後の報告を担当するのは軍部で、ひげを蓄えた傲慢そうな中年男性――王妃の父親であるファーガソン国防大臣が立ち上がった。
彼は国王に一礼すると、もったいぶったように口を開いた。
「陛下のご命令どおり、軍事力の強化は順調に進んでおります。今年の分については、ほぼ達成したと言ってよろしいかと」
「そうか、それは良い報告だな」
国王が無表情にうなずく。
国防大臣がさらに続けた。
「それと、魔法研究所と共同で実地実験中の『広域結界魔法』についてですが……」
国防大臣が、得意げに国境沿いにある砦を覆う結界を貼ることに成功したことを説明する。
「魔法士5人から6人が交代で魔力を流すことにより、約7日間の維持に成功しました」
その場にいる何人かが囁き合った。
「素晴らしいですな」
「これで我が国の国防は大きく前進しますな」
しかし、国王は国防大臣に冷たい目を向けた。
「それは妙だな。当初の報告では、魔法士3人で最低7日は維持可能、とあったはずだが?」
国防大臣の顔が一瞬強張った。
国王がここまで細かく覚えているとは思わなかったからだ。
ちなみに、当初の報告とは、アリスが書いた論文のことだ。
彼女は何度か実験を行い、魔法士3人で最低7日という数字を出していた。
しかし、ジャネットを中心として行った実験では、この数字には到底及ばなかった。
これは、アリスの知識や技術力が大きく物を言っているのだが、国防大臣にそんなことは分からない。
国防大臣は作り笑いを浮かべると、穏やかに口を開いた。
「……それに関しましては、魔法研究所の方も状況は把握しておりまして、現在調整中です」
「そうか、必ずや当初の報告の数値を出すように伝えろ」
「かしこまりました」
国防大臣が丁寧にお辞儀をする。
その後、会議は進み、国境沿いの砦に結界魔法陣を導入することが決まった。
「……ただ、1つ問題がございまして」
国防大臣によると、魔法陣を発動する土台となるミスリルが不足しているらしい。
「ご存じの通り、ミスリルは流通量も少なく、加工も困難です。国境沿いにある全ての砦に導入するには、相当な時間を要するかと……」
出席者の1人が尋ねた。
「それは、予算の問題、ということか」
「はい、このままですと、少なくとも10年はかかるかと」
国王は、「ふむ」と考え込んだ。
財務大臣に顔を向ける。
「税率を、10%引き上げろ。増えた分は軍部に回すように」
「お、お待ちください!」
財務大臣が思わずといった風に立ち上がった。
「恐れながら、ここ数年の税率の上昇に、民衆の不満が高まっております」
「今年は小麦の出来が良くありません。税が増えれば、民衆が困窮するかと」
農水大臣も声を上げる。
国王が冷えた目で2人を見た。
「ほう、私に反対するのか?」
「……いえ、個人的意見を申したまでです」
財務大臣がそうつぶやきながら席に座る。
農水大臣は何か言いたそうな顔で立っていたが、国王の鋭い視線を受けて、のろのろと席に座る。
その後、会議は進み、
・魔法研究所は、早急に結界魔法陣をレポート通りの性能を実現すること
・税を10%引き上げること
の2つが合意され、その場は解散となった。
まず国王が退出し、それに続いて大臣たちが立ち上がる。
ある者は笑顔で、ある者は難しい顔で会議室を出て行く。
誰もいなくなった会議室で、1人残った国防大臣は、軽く息を吐いた。
イライラしたように舌打ちをする。
そして、廊下で待たせていた男性秘書を呼び付けると、冷たい声で言った。
「ジャネットに伝えろ、”早急に広範囲防御結界を調整し、論文通りの結果を必ず出せ”、とな」
「かしこまりました」
秘書は恭しく一礼すると、足早に廊下を歩いていった。
ちなみに、ジャネットとはアリスの手柄を奪って追い出した張本人です。
ということで、ここで第1部終了です。
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