03.アリス、憤る
本日4話目です。
渋々ではあるものの、アリスは勲章を受け取ることに決めた。
唯一持っている一張羅を着込んで、叙勲式へと出席する。
――しかし、どういう訳か。
「アリス・ブリック魔法研究員に、ヴァルモア領を与える! 領主として治めるように!」
魔の森を有する未開の領地を褒美としてもらった上に、領主になれと命令されてしまった。という次第だ。
*
叙勲式が行われている謁見の間は、シンと静まり返っていた。
アリスの、
『あの、領地とかいらないんで、お金とかにしてもらえませんか。どうせ研究に使っちゃうんで、研究費の積み増しとかでもいいですけど』
という、前代未聞の発言に、会場が凍りついている。
我に返った出席者の何人かが囁き合った。
「陛下の褒美を断るなど無礼千万ではあるが……彼女がいなくなったら困るのではないか?」
「そうだな、陛下の決断に間違いはないが、仮にも開発者なわけだしな」
そんな声に、アリスは心の中で、うんうん、とうなずいた。
(その通りだよ)
調査から実験、レポートにまとめるところまで、全部自分がやったのだ。
いなくなったら困るに決まってる。
なんで領主をやれ、なんて話が出たのか、さっぱり分からない。
(絶対にお金くれた方がいいって)
――しかし、事態はどんどん悪い方向に進む。
「……皆様、研究については心配ありませんわ」
突然、謁見の間に、若い女性の声が響き渡ったのだ。
派手な化粧をして立派な研究者ガウンを身に纏った女性が、人々の間から前に出て来る。
「あれは、ファーガソン公爵家のジャネット様……?」
「確か、王妃様の姪でいらっしゃる……」
人々が囁き合う中、ジャネットは肩をそびやかして壇上に上がった。
国王と王妃に深々と頭を下げる。
そして、群衆の方を向くと、美しいカーテシーをして、にっこり笑った。
「ごきげんよう、皆様。ファーガソン公爵家のジャネットです。
私は、ここ2年ほど魔法研究に研究員として在籍しておりまして、ビクター所長とは師弟関係にありました」
彼女はここで言葉を一旦切ると、狡猾そうな笑みを浮かべた。
「ですので、『広範囲結界魔法』についても、ほとんどの研究を、ビクター所長と弟子である私で行いました。
アリス研究員は初期メンバーであり、重要な役割は果たしましたが、助手に過ぎません。
ですから――」
ジェネットが、馬鹿にしたような顔でアリスを見下した。
「アリス魔法研究員が、研究所を出て領主になっても、全く支障はありません」
アリスはポカンとした。
(……は? この人なに言ってるの?)
ジャネットなんか、研究室に来たことすらない。
むしろ、ビクターをしょっちゅう呼び出して邪魔していたくらいだ。
さすがにそれはないでしょ、と反論しようと口を開きかける。
――しかし、逡巡の末、アリスは口を閉じた。
反論するなら、「アリス1人で研究開発の大半を行った」と言わなければならない。
そうなると、逆にビクターがアリスの手柄を取ったように見えてしまう可能性がある。
(困ったな……)
黙り込むアリスを見て、ジェネットが勝ち誇ったように笑った。
国王に向かって微笑む。
「わたくしからの話は以上になります」
「うむ」
国王が鷹揚にうなずいた。
「では、アリス・ブリックは研究所を辞してヴァルモア領に向かうように。今後の『広範囲結界魔法』の研究は、ジェネットが引き継ぐこととする」
「ヴァルモアの森に城があるそうですから、あなたはそこに居を構えなさい」
王妃が目を細めて笑う。
会場の人々が拍手を始めた。
「陛下がそうおっしゃるのであれば間違いないのだろう」
「素晴らしいご判断ですな!」
といった声が聞こえてくる。
アリスは、ため息をついた。
(……これはもう、諦めよう)
研究を奪われるのは不本意だ。
これからも研究所で古代魔法陣の研究を続けていきたいと思っていた。
でも、ビクター所長の名誉を傷つけることはできない。
(ここは所長の名誉を守ろう)
彼女は覚悟を決めると、国王に向かって頭を下げた。
「はい、了解しました」
会場が一層大きな拍手に包まれた。
ジェネットと王妃が、嘲笑うような笑顔を浮かべてアリスを見る。
あまりの理不尽に、アリスは腹が煮えくり返った。
自分の最も大切なもの――ビクターや自分の研究を踏みにじられた感覚を覚え、唇を強く噛みしめる。
彼女は決心した。
(この先何があっても、こんな人たち、絶対に協力しない!)
絶対に許さない! とギュッと拳を握り締める。
その後、何事もなかったように叙勲式は閉会。
アリスは無表情のまま、背筋を伸ばして会場を出ていく。
――ちなみに、この日のアリスの決心が、のちに王家を追い詰めることになるのだが、本人も周囲もそまだそれを知らなかった。
本日はここまでです。
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第1章終了まで、1日2~3話投稿を続けます。
第2章以降は、1日1話になります。
それでは、また明日!




