12.アリス、単刀直入に言う
結界の件をビクトリアに話そうと決めた、その日の夜。
アリスはテオドールと共に、1日目に夕飯を食べた部屋へと向かった。
ビクトリアに話をしたいと申し入れたところ、この場所を指定されたのだ。
2人が食堂に入ると、すでにビクトリアとオーウェンがいた。
テーブルの上には、美味しそうなパイやクッキーなど、たくさんのお菓子が並べられている。
「あ、お菓子だ」
アリスが思わず声を上げた。
お菓子を見たのは、ここに来て初めてだ。
ビクトリアが微笑んだ。
「満月の夜は、気が滅入ることが多いので、お菓子の日にしたのです」
満月の夜は、魔の森が騒がしくなったりドラゴンが上空を飛んだり、怯える人も多い。
そんな人々の負担を少しでも軽減しようと「お菓子の日」を作ったらしい。
アリスは感心した。
(確かに、甘いものを食べると元気が出るよね)
その後、4人は向かい合って座るとお菓子を食べ始めた。
アリスはパイを1口食べて、目を見開いた。
ハチミツ風味のアップルパイだ。
「これ、すごく美味しいですね」
「ええ、料理人のリンダはお菓子全般が得意なのです」
ビクトリアが嬉しそうに言う。
意外なことに、オーウェンは甘い物が好きらしかった。
あまり表情に出さないながらも、甘いクッキーに嬉しそうに手を伸ばしている。
アリスが意外そうな顔をしていると、ビクトリアがくすくす笑った。
「ふふ、こう見えて、オーウェンは昔から甘い物に目がないのです」
「そうなんですか、意外ですね」
オーウェンがどこか決まり悪げに目を逸らした。
テオドールが、笑いを堪えるように横を向く。
部屋を和やかな雰囲気が流れる。
そして、お菓子をある程度楽しんだ後、ビクトリアが微笑みながら口を開いた。
「話したいことがあるのですよね? そろそろ聞かせてもらえますか」
「はい」
アリスが座り直した。
お茶のカップをテーブルの上に置くと、ビクトリアをまっすぐ見る。
「ビクトリアさんは、この古城が結界に守られていることは、ご存じですか」
「はい。結界かは分からないけど、不思議な力で守られていることは知っています」
ビクトリアの答えを聞きながら、アリスは思った。
なるほど、それなら話が早い、と。
(もったいぶらずに、単刀直入に言おう)
彼女は口を開いた。
「この城を守っている結界ですが、近いうちになくなると思います」
「……っ!」
ビクトリアが大きく目を見開いた。
オーウェンが動きを止める。
部屋の中を沈黙が流れる。
ややあって、ビクトリアがゆっくり口を開いた。
「……それは、いつ頃ですか?」
「ちゃんと調べていないので分かりませんが、たぶん半年から1年の間だと思います」
「……それは、本当ですか?」
「はい、本当です」
ビクトリアの目に魔力が宿った。
黙ってアリスの顔をジッと見る。
そして、彼女はため息をつくと、横のオーウェンを見た。
「どうやら恐れていたことが現実になってしまうようだわ」
「……そのようですね」
オーウェンが落ち着いた声で言う。
「もしかして、予想していたんですか?」
アリスの問いに、ビクトリアがうなずいた。
「常に心のどこかで心配していました。この場所を守る不思議な力が、いつか失われてしまうんじゃないかと。――これはどうにかならないものなのでしょうか」
アリスは難しい顔をした。
「何とかしたいとは思っていますが、何しろ未知の魔法なので、現時点で何とも言えません」
そして、尋ねた。
「とりあえず魔法陣を見たいのですが、見せてもらえませんか」
「魔法陣……ですか」
ビクトリアが戸惑うような顔をした。
「申し訳ありませんが、そういったものは、見たことがありません」
「……え?」
予想外過ぎる答えに、アリスは目をパチクリさせた。
「そうなんですか?」
「はい。オーウェンはどう?」
「私も見たことがありません。他の者もないと思います」
オーウェンが落ち着いて答える。
(……これは……想定外だ)
アリスは考え込んだ。
まさかビクトリアたちが魔法陣の場所を知らないとは思わなかった。
(これは魔法陣を探すところからスタートだね)
もう少し情報が欲しいと、アリスが尋ねた。
「この結界について、何か他に知っていることはありませんか?」
「……そうですね」
ビクトリアが考え込んだ。
「私が知っているのは、8年前には既にあったことくらいでしょうか。……でも、15年前にはなかったかもしれません」
「15年前にはなかった?」
首をかしげるアリスに、ビクトリアがうなずいた。
「はい。私が読んだ冒険者バッツのレポートには、そのような記載がなかったと思います」
「……っ!」
アリスはテオドールと思わず顔を見合わせた。
冒険者バッツとは、15年前に王国から命令を受けて魔の森の探索をした探索者の名前だ。
まさかビクトリアの口から彼の名前が出るとは思わなかった。
2人の驚いた顔を見て、ビクトリアが躊躇うように黙った。
横に座ったオーウェンと視線を合わせると、決心したように口を開く。
「助けていただくのに隠し事をするのは失礼にあたりますので、ご迷惑にならない範囲で、我々のことをお話させてください」




