10.観察と気付き
アリスたちが尖塔からドラゴンを見た、その翌日。
鍛冶小屋の裏で、製鉄作業が始まった。
製鉄の方法は至って簡単。
ガンツが粘土で作った風呂釜のような炉に、木炭と砂鉄を交互に入れて熱し、木製のふいごで空気を入れて温度を上げていく。
三日三晩かかることに加え、全てが力仕事のため、いつも狩や警備についている男性たちが、代わる代わる働くことになる。
この製鉄作業は、集落ではちょっとしたイベントらしい。
子どもたちが楽しそうに見に来たり、大人たちも差し入れを持ってきたりと、どこか楽しそうだ。
しかし、そんな中、アリスは鍛冶小屋で1人考え込んでいた。
(なんか気になるんだよね。昨日の魔力の揺れ)
アリスは、ドラゴンを見たことがないから、正しいことは分からない。
しかし、咆哮で魔力が揺れるのは不自然な気がするし、妙な胸騒ぎがする。
気にせずに、魔剣の修復を行うと思うのだが、全く手に付かない。
そして、彼女はため息をつきながら立ち上がった。
こんなに気になるくらいなら、原因を突きとめようと、心に決める。
(……行くか、尖塔)
彼女は立ち上がると、小屋を出た。
まっすぐ尖塔に向かう。
夜は不気味だった尖塔も、天気の良い昼間見ると、また違う雰囲気だった。
苔むした頑丈そうな石壁や、太い柱など、堂々としていて威厳のようなものを感じる。
彼女は中に入ると、石が散らばる1階を横切って階段を登り始めた。
(昼間の方が、下が見える分怖いんだね……)
下を見ないようにへっぴり腰で登り、最上階に到達する。
今日はよく晴れているせいで夜より更に見晴らしが良かった。
遠くの山々や森の奥までよく見える。
吹く風も爽やかでとても気持ちがいい。
(は~、これは絶景だね)
ふと森の中を見ると、湖のようなものが見えた。
近くに遺跡のようなものも見える。
(このへんって、ちょっと不思議な感じだよね)
来た目的を忘れて風景に見入っていると、山の方からドラゴンが森の奥に飛んでいくのが目に入った。
太陽に照らされて、鱗が銀色に光っている。
ドラゴンは、ギャアア、という咆哮を上げた。
森の中に降りていくのが見える。
(……あれ?)
アリスは首をかしげた。
咆哮は聞こえたが、昨日のように魔力が震えない。
(なんでだろう? 何が違うのかな?)
アリスはポケットから紙と鉛筆を取り出した。
しばらくドラゴンを観察して、魔力の震えの有無を記録する。
(うーん、何なんだろう)
研究者魂に火がつき、これは解明せねばと思う。
そんな訳で、彼女は尖塔に通い始めた。
尖塔で観察しては戻って考え、また尖塔に登る。
1日に何度も尖塔に登っているせいか、テオドールが心配し始めた。
彼は製鉄の手伝いの合間に、ちょくちょく鍛冶場にいるアリスのもとにやってきた。
「アリスさん、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫」
「なにか気になることでもあるんですか」
「うん……たぶん」
やっぱり何か違和感あるんだよね、と思いながら、手元のメモを見つめる。
――そして、ドラゴン観察を初めて3日目の夜。
アリスは、尖塔の最上階にいた。
空には丸くて大きな月が浮かんでおり、遠くの方に山々が連なっているのが見える。
(今日はとうとう満月かあ)
手すりにつかまりながら、ぼんやりしていると、下から階段を上がる音が聞こえてきた。
振り返ると、ランタンを持ったテオドールが上って来ていた。
「アリスさん、そろそろ戻りましょう」
「……うん、そうだね」
アリスが曖昧に答えると、テオドールがため息をついてその横に立った。
心配そうにアリスの顔を見る。
「本当にどうしたんですか? 昨日からずっと様子が変ですよ」
「うん、気になることがあったんだ。……今は確信に変わったけど」
「確信?」
アリスはこくりとうなずいた。
周囲に誰もいないことを確認すると、声を潜める。
「この城を守っている結界なんだけど――もう長くはもたないと思う」
「……っ!」
テオドールは大きく目を見開いた。




