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私のものをなんでも欲しがる妹に、不良物件の婚約者を奪ってもらいました!

作者: 久遠れん

 あ~、もう! やってられない!!


 私には一つ下の妹がいる。私のものをなんでも欲しがる悪癖のある妹だ。


 お気に入りのドレスやアクセサリー、果てには学園の友人たちまで妹に奪われた。


『お姉様の〇〇、すごくかわいいなぁ』


 それが妹の口癖で、それが発動するたびに私はお気に入りのものを盗られ続けてきた。


 本当にやっていられない。


 両親は可愛らしい妹の味方で「お姉様だから我慢できるよね?」と私を押さえ続けてきた。


 いくら! 姉でも! 我慢の限界があるのですが!!


 という主張は喉の奥に押し込むしかなかった。


 ぐっとこらえて微笑んで「はい」といわないといけなかった。


(あー、もう、また盗られた。最っ悪!)


 今度は学園の授業で使う魔法石を取られてしまった。


 確かにきらきらと輝いて宝石みたいに綺麗に見えるかもしれないが、妹はまだ授業で使いもしないだろうに。


 新しい魔法石、どこから手に入れてこようかなぁ。


 あれがないと、授業で怒られてしまう。


 学園から帰宅して自宅のベッドで寝転んでため息を吐く。憂鬱で仕方ない。


 最近はお気に入りのものは盗られないように気を付けていたのに、魔法石に興味を示すのは予想外だった。


 こんこんと扉のノックの音がして、私は体を起こした。


 ざっくりと身なりを整えて、返事をする。


「お嬢様、奥様と旦那様がお呼びです。応接室のほうにいらっしゃるように、と」

「わかりました。すぐに行きます」


 メイドの言葉に応えて、私は立ち上がった。


 今日は一体どういう呼び出しだろう。


 魔法石は大人しく渡したのだから、叱責ではないといいのだけれど。


▽▲▽▲▽



「婚約、ですか」

「ええ。ハロマダ伯爵家の次男、ロレンソ殿だ」


 その言葉を聞いた瞬間、私が思ったのは。


(どうせ妹にとられるんだろうな~!!)


 である。今まで私のものが正しく私のものだったことなんて、一度もない。


 でも、それを両親に訴えても無駄だと今の私は知っている。だから、にこりと笑って了承の意を伝えた。


「わかりました。ところで、顔合わせはいつでしょうか?」

「今週末を予定している。ドレスは新調しておいたから、それを着てくるように」

「はい」


 そのドレスだって、一度袖を通せば妹にとられるのだ。


 私はため息を堪えて、笑顔を崩すことはせず両親の前から退出した。


 自室に戻ってぱらぱらと教科書を捲りながら考えるのは、ロレンソ様に関して。


 ロレンソ様といえば、学内でも有数の美形だ。妹は絶対に欲しがるだろう。


 地位だってロレンソ様も伯爵で、同じ伯爵家の我が家とつり合いが取れている。


 奪われるのは確定事項だといっていい。


(でもな~、ただ盗られるのも、いい加減嫌だしなぁ)


 ここらへんでちょっとは妹に痛い目を見てほしいな、そう思った。


 人のものを欲しがる悪癖は治してもらわないと困るし、今後の為にも、なにか考えた方がいい。


「とはいっても……」


 噂ではロレンソ様は非の打ちどころのない美丈夫だ。


 いったいどうやれば妹に痛い目をみせられるだろう。


 ため息を再び吐き出して、私は教科書を閉じた。




 婚約の顔合わせのとき、私はロレンソ様に少しの違和感を抱いた。


 なんというか、こう、視線が合わない。


 どうしてだろう? と疑問に思いつつ顔合わせは終わって、その翌日、学園で私は驚きの事実を知る。


「婚約だなんて、ロレンソ様ぁ」

「我慢してくれ、ベルタ。同じ伯爵家同士、断れなかったんだ」

「あんななんのとりえもない女にロレンソ様が盗られるなんて……」

「大丈夫だよ、私の愛は君たちのものだ。ヘレナ」

「私たちのロレンソ様なのにぃ」

「イロナ、可愛いのは君たちのほうだよ」


 な ん だ こ れ !!


 学園の裏庭の少し入り組んだ場所は私のお気に入りの息抜きスポットで、そこに行く道中で見かけたロレンソ様の姿に婚約者になったのだからご挨拶を、と思って近づいた。


 そしたら女子生徒の声がするので物陰に隠れてみれば、出るわ出るわ浮気の現場証拠が。


(……確かにロレンソ様はモテるだろうなぁとは思っていたけれど! 婚約者がいるのにあんまりじゃないかしら?!)


 つまり、ロレンソ様は根っからの女好きのクズ、ということだ。


 私はくらくらする頭を押さえて、ため息を堪える。


 楽しげな声が響くその場から、足音を殺してそっと離れた。




(ああ~、どうしよう。妹だけでも手に余るのに、あんな旦那様なんていらないわ……)


 はっきりいって不良物件だ。


 頭を抱えたい気持ちを抑えて、学園内を足早に自室に向かっていた私は、ふと閃いて足を止めた。


(妹に押し付けちゃえばいいんじゃない……!)


 私のものをなんでも欲しがる妹に、不良物件の婚約者を奪わせてしまえばいいのだ。


 そしたら、私は晴れて自由の身。


 浮気者の婚約者はいなくなって、妹も少しは反省するかもしれない。


「よし! これよ!!」


 廊下の真ん中で声を出した私に通りがかった学友がびくりと肩を揺らす。


 あら、ごめんなさい、と微笑んで、私は内心でガッツポーズをした。




 それからの私は、ロレンソ様の浮気を黙認しながら当たり障りのない距離感を保った。


 もの欲しそうに見つめる妹の前で、お淑やかな令嬢としてロレンソ様に接し続けた。


 ロレンソ様は外見だけは美しかったから、妹が騙されるのもわかる。


 けれど、可哀そうとは思わない。


 今まで散々人のものを奪ってきたんだから、この辺で多少は痛い目を見てほしいので!


 そうして日々を過ごして一か月が過ぎるころ、私は両親に呼びだされた。


 応接室にはにこにこと笑顔の妹と穏やかな表情をしたロレンソ様、落ち着き払った両親がいて、私は内心でガッツポーズを決める。


(これはいつものパターン! つまり勝確よ!!)


 だが、そんな内なる気持ちは一切表に出さない。


 私は困惑した表情を浮かべて「どうされましたか?」と尋ねた。


「クラーラ、今回の婚約だが、お前ではなくリリアナに婚約者を変えることになった」

「お姉様ごめんなさい。でも、お姉様が悪いのよ? ロレンソ様はお姉様では満足できないんですって」

「お前は愛らしさが足りないからな、クラーラ」


 よくまぁ、父も妹もロレンソ様も好き勝手に言ってくれる。


 最初から私の意思を無視した婚約だったくせに。


 でも、言いたいだけ言わせておけばいい。後で泣きを見るのは、絶対に妹側なので。


「……そうですか。至らなくて申し訳ありません。では、私の婚約は白紙ということですね?」

「そうです」


 母まで乗ってきた。


 私は内心喜びで踊っているのを悟られないように、我慢している笑顔でにこりと笑う。


「短い間でしたが、ありがとうございました」


 そしてさようなら! 不良物件! 私の未来はまだ明るいわ!!


 あっさりと全てを諦めた私に少し驚いている様子の皆様に綺麗なカーテシーを披露して、私は軽い足取りで応接室を後にした。



▽▲▽▲▽


(とはいえ、婚約者は必要なのよね。また変な不良物件を押し付けられても困るし)


 婚約が破棄された翌日、学園で授業を受けながら、私は悩んでいた。


 身軽になったのは嬉しいけれど、それはそれとして私の年頃で婚約者がいないのも可笑しな話だ。


 一応伯爵家の令嬢なので、今後も婚約の話は舞い込むだろう。


 妹に不良物件を押し付けたから、妹に奪われる心配はしなくていいはず。


(それなら……)


 私はちらりと視界の端に移る姿を見つめた。


 プラチナブロンドの髪を撫でつけた、逞しい背中。


 空を切り取ったような澄んだ青い瞳を持つ偉丈夫は、私の昔からの想い人だ。


 ロレンソ様が女性受けの良い美形なら、コンラート様は逞しい肉体を持つワイルドな方だ。


(当たって砕けろ、ともいうのよね、確か)


 庶民が好んで読むロマンス小説で、そういう言い回しがあったはずだ。


 砕けたくはないけれど、当たってみるのも手かもしれない。


 彼――コンラート・フメラシュ公爵子息は婚約者もいないというお話だし。


(女は度胸! ともいうそうですしね!)


 これまたロマンス小説に書かれていた。


 主人公の女の子が勇気を振り絞った時の台詞だった気がする。


 内心で気合を入れて、私は授業終了の合図の音を聞いていた。




 告白をすると決めたものの、さすがに振られるの前提なので、人気のない場所がいい。


 まかり間違って妹の耳に入れば、笑いものにされるに決まっている。


 私はコンラート様が一人になるタイミングを伺っていた。


 少し離れた場所からずっとコンラート様の様子を伺っていると、コンラート様は学園の裏にある庭園のガゼボに入っていった。


 一人になったけれど、ここは案外人が通る。


 どうしようかしら、と悩んでいると、視線が合った。


(視線が?! あった?!)


 どうして! 私こっそり隠れていたのに! バレているの?!


 驚いて立ちすくむ私に向かって、コンラート様が手招きをする。


 きょろ、と周囲を見回しても誰もいない。確実にバレている。


 私はすごすごと前に出た。隠れていた柱から姿を見せると、コンラート様が優しく微笑む。


「私の後を一日つけまわして、何の用事かな、クラーラ嬢」

「私の名前、ご存知なんですか……?」

「クラスメイトの名前と顔は全員覚えている」


 驚きを漏らした私に返された言葉。さすが時期公爵だ。


 納得して、私はゆっくりとコンラート様に近づいた。


「お話があるのですが、よろしいでしょうか?」

「ああ。どうしたんだ?」

「私と婚約をしていただきたくて……!」


 少し早口になってしまったかもしれない。だって、ずっと片思いをしていたのだ。


 でも、私が告白して両想い似れたとして、妹に奪われるんだろうなぁと思ったら言い出せなかった。


 私の告白の言葉に、コンラート様はぱちりと瞬きをした。


 そして、笑み崩れる。


「どうして?」

「え?」

「どうして俺が好きなんだ?」

「あ、その」


 どうして、という返しは予想していなかった。


 てっきり「すまない」といわれると思っていたから。


 私は頬を赤く染めて、今までの記憶を手繰り寄せる。


「幼い頃、王家主催のパーティー会場で妹にお気に入りのアクセサリーを盗られて泣いていた私を励ましてくださったときから、お慕いしています……!」


 本当に幼い頃の話だ。私は六歳で妹は五歳くらいだったはず。


 その頃から妹の「おねえさまいいなぁ」は口癖で、王家主催のパーティー会場でも発揮された。


 その日私は両親から「王家主催のパーティーだから」と新しく購入してもらった髪飾りを妹に盗られてしまって、目立たない木陰でしくしくと泣いていた。


 当時の妹は、まだ幼かったのも相まって、場所を考えずに私のものを欲しがった。


 そして、両親は妹が癇癪を起すのを恐れて、私に何でも渡すように言っていた。


 だから、その日もなすすべもなく新しい髪飾りを盗り上げられて、折角綺麗にメイドが結ってくれた髪形も崩れてしまった。


 悲しくて泣いていた私に、花を一輪もって励ましてくれたのはコンラート様だった。


「ああ。あったな、そういうことも」

「あの日から、お慕いしていました」

「では、なぜ君は別の男と婚約したんだ?」


 鋭い言葉が私の心を切り裂くようだ。口を閉ざした私の前で、コンラート様が肩をすくめる。


「すまない。言い方が悪かった。貴族の婚約と結婚に、本人の意思が介在する方が難しいのに」

「……でも、今の私はフリーです」


 なぜか少しの自嘲を滲ませたその言葉に、私はぽつんと呟いた。


「なに?」

「妹に盗られたので。また」


 にこりと微笑んだ私にコンラート様が目を見開く。そして大きな声で笑った。


「ははは! そうか! また盗られたのか!」


 本気で面白がっているのか、あるいはほかになにかおかしな点があったのか。


 涙が出るほどに笑っているコンラート様に私がきょとんとしていると、コンラート様はイスから立ち上がって大股で私に近づいてきた。


「では、今度こそ俺が口説いても問題がないわけだ」

「え?」

「俺も、泣き崩れている君に花を贈ったあの日から。君が好きだよ、クラーラ」


 その告白は、とんでもない幸せの前兆だと、私は思った。


 奪われ続けた私にとって、それはすごく素敵な日となった。



▽▲▽▲▽



 それから、私はコンラート様と甘々な日々を過ごしていた。


 朝はコンラート様が家まで馬車で迎えに来てくださって、一緒に登校する。


 お昼は一緒に食事を摂って、授業が終われば庭園のガゼボで他愛ない会話をしてから、また馬車で送ってもらう。


 ラブラブな私たちに悔しそうにしているのは妹のリリアナだった。


「お姉様ばかりずるいわ! ロレンソ様は私を構ってくださらないのに! コンラート様が欲しい!!」


 そう言いだすのに時間はかからなかった。私は呆れた気持ちで妹に言葉をかけた。


「リリアナ、貴方がロレンソ様を欲しがったのよ」

「あんな浮気性だなんて知らなかったわ!」

「調べなかった貴女の落ち度でしょう」


 ため息を吐きだして、私は肩を竦めた。その仕草が癇に障ったのだろう。リリアナが騒ぎ出す。


「ずるいわ! お姉様ばかりずるい!!」

「あのねぇ……」


 久々の癇癪だ。私は呆れて言葉もない。騒ぎ続ける妹に気づいて両親が駆け寄ってくる。


「クラーラ! またリリアナを虐めているのか!」

「虐めてなどいません」

「可愛そうなリリアナ。姉が不出来なばかりに」


 冷めきった眼差しを送る私の前で、両親によしよしをされて多少機嫌を持ち直したリリアナがさらに口を開く前に、隣の部屋の扉が開かれた。


「聞いてはいたがここまでとは。呆れを通り越した感情が沸き上がる」

「コンラート様……?!」


 部屋から姿を見せたのはコンラート様だ。ため息を隠さないコンラート様に、リリアナが驚いている。


 自身がものをねだる姿はあまり人に見せられたものではない自覚はあるのだろう。


 コンラート様が我が家に婚約の挨拶にきたタイミングで癇癪を起してくれたのは、感謝しかない。


「俺の婚約者はクラーラただ一人だ。だが、こんな扱いを受けている家にいつまでもおいては置けない。クラーラは今日から公爵家の屋敷で引き取る」


 私の肩を抱いてきっぱりといいきったコンラート様に心臓が跳ねる。


 愛されているとわかって嬉しいのと、やっとこの家から出られる喜びがないまぜになる。


「まってください! お姉様は私と違ってなにもできなくて!」

「なにもできないのは君の方だろう。常に取り巻きを従えている姿は滑稽だぞ」

「っ」


 辛辣なコンラート様の言葉に妹が息を飲んだ。


 異性からここまできっぱりと言葉と態度で切り捨てられた経験がないのだ。外見だけは愛らしいのが武器の妹だから。


「クラーラ、行こう。荷物は後ほど我が家のメイドたちに取りに来させる」

「はい、コンラート様!」


 うきうきと跳ねる言葉が隠せなかった。


 笑顔で頷いた私に、コンラート様が優しい視線を向けてくる。




 私はこれから幸せになる。


 欲しがりの妹とは関係のない場所で!





読んでいただき、ありがとうございます!


『私のものをなんでも欲しがる妹に、不良物件の婚約者を奪ってもらいました!』のほうは楽しんでいただけたでしょうか?


面白い! 続きが読みたい!! と思っていただけた方は、ぜひとも


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クラーラ身一つで公爵家に行くのは勇気がいるだろうに、そんなことよりこいつらとバイバイしてやる!心意気があっていいですね。後が無いから嫁姑問題もなんとかかわしてそう…気合が違うもんな〜〜 他の人のことな…
他の話を拝読しても思うことですけれど人は子供を持つと自然に親になる、のではないのですわねえ。 クラーラちゃんがコンラート様にしっかり想って貰えるように、幸いだらけの日々を迎えられますようお祈りしており…
とても面白かったです。バカ親どもの壮絶なざまぁも見たかったです。 例:バカ妹が王太子に粗相→貴族籍剥奪→鉱山で働く→過労死
2025/09/13 13:24 コペルニクスの使徒
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