84話 引越し反対
-----(清見視点)-----
この拠点を遺跡近くへ移動?
それはまぁ向こうの病人や子供の移動よりは楽かも知れないけど、どうなんだろ。
「ちゃんとした避難所と洞窟の地面に寝る避難所。それ、揉める原因になるぞ。誰だって風呂もトイレもあって布団で寝れる避難所に来たいにきまってる」
「そりゃあ300人受け入れ可能な施設なら両手をあげて賛成するが、こっちで受け入れられるのはせいぜい10人かそこらだろう?」
「あっちに行ったらもう、しのごの言わずに向こうとの合流になるだろうな」
「産科病棟の個室を開けてもらうにしても、そこまでベッド数はありませんし、新生児の親子を追い出して洞窟の避難民を優先? 勿論、緊急の患者さんの受け入れは可能ですけど…………。師長、どうです?」
「難しいですね。まだ幼い子を抱えた親子を追い出すのは反対です」
「けれど、こちらの避難所にも幼い親子はいます」
それはここに居る皆はわかっていると思う。だから話し合いが紛糾している。俺はジッとしているしかない。
「廊下や階段も避難民で埋まりますし、問題はトイレ。あっという間に汚くなるでしょうね。ペーパーも無くなるんじゃないかしら」
「翌朝復活するといっても自衛官入れて400人、うちが今100人弱。合計500人が使用できるトイレやシャワー。かなり厳しいですね」
「もし合流するとしても、最低限のマナーやルール決めは必要になります」
「もちろん、それはわかっております。現在、遺跡の難民は、男女、方角を分けて外での用足しをしておりますし。紙もありません。風呂は遺跡の地下の川で水を浴びる程度です」
「複雑ねぇ。自分達だけが良い思いをしているのは良い気がしないけど、かと言って身を切って赤の他人を助けるのは」
「んー……どうしたらいいかしら」
「子供と病人は救いたいわねぇ」
向こうが来るにしてもこちらから行くにしても大移動になるのは明らかだ。
そもそも大島氏ひとりでカバー出来る人数ではない。
すると遠回りでも安全地帯での移動か。
どうしよう。俺が何か言っても仕方ないけど……ちょっとだけ、聞いてみるだけ。
「昨夜はゆっくり見れなかったですが、遺跡のまわりのジャングルの木の太さは? それと攻撃してくる昆虫や動物は居ますか?」
「清見?」
「隊長さんからの依頼は、病人の受け入れと隊員のレベル上げだよな? どっちにしても距離が問題だ。簡単に行き来できる距離じゃない。あと木の幹の太さ、これ最重要」
「え、ああ、遺跡を囲む1kmあたりまでは幹はそこまで太くありません。昆虫は日本より10〜30倍でしょうか?似た種類で言いますとクワガタが20センチ、蜘蛛が足を広げて1m、アブラムシのようなものがだいたい7、8センチか」
うえぇぇ、7センチのアブラムシの集合とか見たくねぇ。
「ですが、そのあたりは我々でも何とか倒せます。それ以上森を進みますとサイズも巨大になりまして、ナイフの刃が全く入りません」
「あの、話の腰を折って申し訳ない。甲殻類に似た味の昆虫って」
「蜘蛛です。美味いですよ」
皆が四方に目を逸らした。気持ちはわかるぞ。
あ、でもその質問をするって事は、少しは前向きに話し合いが進むかな。
「我々が解体して調理して皆さんにお配りしています。勿論、元が蜘蛛に似た生物である事は伝えております。それでも食えるものがそれしかなければそれを食べるしかないのです。死なないために」
死なないために。
生きるため、と言わなかった。
『生きるため』という言い方は前向きだ。けどあの拠点では『生きるため』ではなく、『死なないため』なんだ。それを口にしないその先にあるのは『餓死』。
そっぽをむいて青い顔をしていた面々の視線がお互いに絡み合った。
「うん、頑張りましょうか」
「そうですね。合流の方向で」
「日本人なら出来る事はしないと」
「そうね、子供に胸をはりたいわ」
「だけど、ルールはしっかり決めましょう。破られた時の罰則も。それは子供たち、自分たちを守るのに必要だ」
3佐が大きくため息を吐き出した。安堵のため息だ。
兄貴が俺を振り返る。
「清見、幹の太さと虫の大きさを聞いて何か考えがあるのか?」
ああ、もう。忘れて欲しかった。大した話じゃないのに。皆も俺が話すのを待っている。仕方ないからさっさと話して終わろう。
「引きニートのオタクな発言と思って聞き流してほしい」
そう前置きをした。
「遺跡。これは凄く気になる。そこに400名の人間が居ても虫や獣が襲ってこない。それはある種のセーフゾーンなんじゃないかと思う。それから、遺跡の奥へ行って戻らなかった隊員。恐らく亡くなった」
3佐の悲壮な顔。
「しかし、奥から何かが出てくる事はない。あそこ、ダンジョンじゃないかと思う。ダンジョンだとしたら、その中でレベル上げが可能かもしれない。ドロップがあるかも。このへんはオタクの妄想と思ってくれ。そしてダンジョンだとしたらこの先、氾濫の可能性もあるかも。ラノベじゃあるあるだ。ダンジョンの魔物をある程度間引きしておかないと溢れてくる」
「なら、尚更のこと、遺跡には行かないほうがいいんじゃないか?」
「いや、徒歩3時間程度の距離なら、溢れた魔物はここまで来る。俺たちの空間にどこまで防御力があるのかが不明。それなら先手をうって魔物を間引くべき。そのためにも自衛隊の人のレベル上げが喫緊だ。せっかく100人も居るんだぞ? それから、こっちは100人弱と言っても平均年齢が若すぎる。大人が少なすぎる、非常時に守り切れる自信がない」
やだな。皆が静かになってしまった。だから聞き流してって言ったのに。
どうやって締めたらいい? チャンチャンとか言えばいいかな。オタク仲間の誰か助けてよ。
「確かに」
「そっちの民間人300人も頑張ってほしい。今はへこたれている避難民に食事と風呂、寝床を差し出すかわりに子供らを守れるくらいになってほしい」
「全員を同時には難しいが、例えば順番を決めて交代制でとかなら何とかならないか。それに食事の件だが、俺らももしもこの先この世界で生きていかないとならないなら、蟹味の蜘蛛も食べられるようぬならんと。俺は時間がかかるがっ!」
「いや、何、宣言してんねん」
「蟹や海老が食べれるなら問題ないんじゃない? だって蟹よ?」
キチママさんに意見に皆がハテナを浮かべるた。
「蟹のあの見た目、初めて食べた人は凄いわよ、あれ、食べようと思う? 鮑とかウニとか、魚も肉も野菜も何でも食べる日本人って凄いわぁ。犬や猫は家族同然のペットだから食べないけど、牛だって豚だって猪だって鹿だって鮫だって鯨だって食べるのよ? キノコなんてあんな怪しいものを、松茸なんて一本一万円出して美味しい美味しいって」
「そうねぇ。そう考えたら小さい虫はともかく逆に大きい虫は食材に思えるわね」
「でしょぉ?」
うわぁ、ママさん達強いな。
「清見さんはここごと遺跡へ引っ越す、という案ですか?」
えっえっ、また俺に話を戻すの?
ふぅぅぅ…………。
「そう。ここも別にいいけどさ。やはり大人はもう少し居てほしいかな……って、思う」
「もう少しすぎるけどな、400人」
んーと、それは否定かな。うん、否定されるのわかってる。けどこの際だから思ってる事も言っちゃおうかな。
「けど自衛隊が100人近く居るのは助かる。やっぱ民間人の俺らは誰かに縋りたいんだよ。ここにも消防4人と警官と自衛官いるけど、6人が擦り切れそうでちょっと怖かった。引きニートの俺と違って弱音吐かないし。兄貴も大島氏も頑張りすぎるし。ママさん達もドド達も、みんな頑張りすぎ。見ていて俺辛い。自分も今限度いっぱい」
どうしよ。ちょっとだけ涙出てきた。俺、何もしてないくせに。
「悪かったな、清見。つい、お前に頼ってしまって」
「ごめんね、清見くん」
「うちの子達、清見くんが大好きだからつい甘えちゃうのよ」
「あ、いやいや、大島氏の方が俺の百倍以上頼られてる。単に俺の弱音だから気にしないで」
「でも、そう言う弱音は必要なの。弱音を吐けずに気がつかないまま鬱になる事が多いから、そんな清見くんは重要よ」
あの怖い看護師長さんに褒められた。ばあちゃんを思い出した。ばあちゃんは看護師長さんほど美人じゃなかったけど、俺がいじけてる時いつも頭を撫でてくれた。
『清見が出来る事をするだけでいいんよ。出来ない時は何もせんでええよ』
看護師長さんが飴をくれた。あ、俺27歳……。
「引越しに賛成」
「私も」
「私もです」
皆が遺跡への引越しに賛成した。
具体的な引越し計画を話し始めるとママさんらが会議から離脱を申し出てきた。
「私達、おにぎり作るから」




