8話 そこで出来る事
なんかもう話すのが面倒になってため息を鼻から吐き出していたら、急に右手を握られた。
見ると、紬が俺の手を掴んでいた。
「お兄さん、あっち、行こう?」
紬に引っ張られて杏と高校生トリオが居る場所へと移動した。
「ご苦労様っす」
ドド(小宮)からも労われた。
スマンな、俺はリーダー気質じゃないもんで、ああいうの凄く疲れるんだわ。
「特に目新しい情報はなかったわ。みんな急な事で気持ちも混乱してるだろうしな」
「スキル取ってない人って多そうでしたね」
「そうだなぁ。まぁ、いきなりあんな画面が出てオタク以外で反応出来る方が凄い」
「あら、じゃあ私達って凄いわね」
女子3人が手を叩き合ってドヤ顔になった。
「あの、謎の黒い粒…………。俺が見たのはドドの頭上に浮いていた」
「うん。私とクサ君が振り返った時、ドド君の頭の上に、最初は大きな虫……カブトムシかゴキブリでもついてきたのかと思った。けど次の瞬間になんか渦巻いていって」
「そうなんだよ。俺は3人から4〜5メートル離れた後ろを歩いていたんだが、黒いヤツは少しの間、ドドの頭上で一緒に移動してた。だからてっきり、勇者召喚の転移か何かだと思ったんだ」
「えぇ…………。それだと、ドド君が勇者。プッ、ないない」
ドドがちょっとムッとした顔になった。
「ドドの頭上で召喚の転移ゲートが開いた、それにクサと倉田さん、そして俺が巻き込まれたと思ったんだが。さっき向こうで聞いた話だと、どこからから飛んできた黒いやつが背中に張り付いたって話でさ。ソレ系が多かった」
「つまり、それって?」
「ターゲットを目掛けた召喚転移じゃなくて、無差別召喚……、召喚なのかはわからんけどな。無差別にあの黒いヤツが人にくっついて転移させたんじゃないか、と、俺は思う」
「…………誰が転移させたの? 良い人?悪い人? おうちに戻れる?」
紬が不安そうな顔になった。
「どうだろうな。ごめんな、わからんわ」
「……ううん、いいの。我慢できる。でもお兄さんと一緒に居てもいい?」
「いいぞ。この6人は出来るだけ一緒に居ような」
「出来るだけじゃなくてずっとがいい」
「わかった。ずっとだな」
紬の頭をゴリゴリと撫でると杏も頭を出して来たので撫でた。
「杏も一緒だな。………………おい」
高校生トリオ頭を突き出してきた。お前らは撫でないぞ。
「直ぐに戻れるのかわからないが、出来る事は常にしておこう」
「出来る事って?」
「「スキルのレベルか」」
流石はドドとクサ、オタクは理解が早くて助かる。
「そう。スキルの訓練だ。第一に優先すべきはこの世界で命を守る。そのためにもスキルは上げられる限り上げた方がいい。勿論安全第一ではある」
「物理攻撃のレベルアップかぁ。ゲームや漫画だとひたすら敵を倒すんだけど、ここだとスライムを倒せばいいのかな」
「あのスライムを倒すってどうやるんだよ。殴ったらこっちの手を食われるぞ」
「そうだな。石をぶつけてもあっという間に溶かすからな」
「ドドクサ、なんかいい案ないの?」
「ちょ、倉田、その言い方!」
「物理で殴れない敵は魔法攻撃が有効なんだけど誰も魔法スキルは取ってないんだよな?」
「魔法スキルって?」
「たとえば火魔法……ファイアボールとかさ。スライムは水っぽいからジュワっと消滅しないかな」
「あのスキル一覧に魔法スキルなんてあったか? 物理攻撃だけだったじゃん」
「でも紬ちゃんは体力取ったでしょ? だから奥の方に魔法もあったかも」
「どちらにしても魔法スキルを取った人にスライムを倒してもらっても俺らの経験値は上がらんだろ?」
「経験値ってなあに?」
「ああ、ええと、敵を倒すと貯まっていって、ある程度貯まるとレベルアップするんだ。ゲームではだけど」
「やった! 微妙じゃなくなるね」
「それ以前にステータスが見えないけどな。レベルアップの時にテッテレーみたいなエフェクトがあるといいな」
高校生トリオと小学生コンビの会話を聞いていて思い浮かんだ。何もしないより試してみる価値はあるかもしれない。
「ちょっと聞いてくれ。紬以外の物理攻撃の4人だが、スライムを倒すのは危険だから禁止だ。それよりも物理攻撃の訓練だが、普通の訓練をしてみないか?」
「普通の訓練って?」
「スキル物理攻撃ってさ、物理的な攻撃つまり直接与える攻撃、例えば、手で叩く、殴る、バットや棒を使ってぶつなんかだ。魔法攻撃よりずっと練習しやすいだろう?」
「ケンカ……しろって事っすか?」
「いやいや、そこまでしなくてもボクシングの打ち合いは無理としても相撲の稽古みたいなのはどうだろう。勿論怪我をしたら元も子もない。やる前は必ず柔軟運動は必須だ」
「なるほど。ドドクサでコンビ組んで、私は杏ちゃんとやるわ。紬ちゃんは?」
「紬はスキルが『体力』だから、体力増強だな。腹筋、腕立て、ランニング」
話を聞いた紬がその場で腹筋を始めた。
「む、うぅぅぅーーー」
腹筋アウト。一度も起き上がれなかった。腕立て伏せも1回目で潰れた。
ランニングに行こうとする紬を引き留めた。ここから離れるのは危険だ。なるべくこの場で出来る事をしていこう。
スクワット(しかもライトなやつ)を教えた。これならとりあえず7、8回は出来た。
無理をしていざという時に逃げる体力がなくなると困る。そこは5人にいって聞かせた。
紬以外もまずは普通に体力を付ける事になった。全員でスクワットだ。
俺たちの話を聞いていた近場で休んでいた人も真似を始めた。うん、体力作りをするのが良い事だ。もしもここから移動する事になった時、途中で体力切れになった人を待てないかもしれない。
置いていかれないためにも各自体力作りは必要だ。
俺は、それとなく周りながらスキルを聞いて回ったが、秘密主義なのか本当に取得しなかったのか、スキル持ちが少ない。
やはりあまり接近するのはやめよう。俺の懐は狭いからな。そして今は小学生コンビと高校生トリオで満杯だ。
そうして数時間、この世界に夜があるのかは解らないが、まだ十分周りが見える明るさの中、事故が起こった。
岩盤石の端っこにいた数名が、物理攻撃の訓練として砂地を殴っていた。
その砂地を殴る振動でか、スライムが寄ってきてしまったのだ。
なんとなく岩盤の上はスライムがあがってこないと思い込んでいた。
しかし、そんな事はなく、スライムは岩盤石の上をゆっくりと移動し始めた。
岩盤石の上で休んで横になり眠っている人に、スライムは容赦なく飛びかかった。
あっという間にパニックが広がった。阿鼻叫喚。
岩盤石から砂地へと飛び出していく人達、そしてそこでも襲われている。
俺は周りを確認、岩盤地の少し右寄りに岩盤石が積み上がったとこがあるのを見つけた。
スライムはジャンプする。登ってこれない事はない。だが、平地や砂地よりは…………。わからん、責任は取れない。どうする。
その時また紬が手をギュッと握ってきた。
「あそこへ移動するぞ。ただし、ゆっくり静かに移動しろ、教えた忍者歩きだ。バタバタ足音立てるな」
杏と紬、ドドクサと倉田が頷いたのを確認して移動していく。近くで起きた叫び声で紬がビクリと飛び上がった。
大きな積み上がった岩盤石に静かに辿り着く。
1段目の石は1メートルくらいの高さだ。紬を抱き上げて角に捕まらせて尻を押し上げた。それから杏を押し上げた。ドドとクサは自分で上がったようで上から倉田を引っ張り上げていた。
俺も何とか上がり、その上の岩盤石にも同じように上がった。3段くらいに積み重なった岩盤石。小学生コンビと倉田をその中央に居させる。
俺、ドド、クサは三方からスライムの接近を注意深く確認する。
もしもどちらかからスライムが上がってきたら直ぐに逃げられるようにだ。
酷かった。
岩盤地に居た避難民達はあっという間に四方八方に散っていき、その先でスライムに襲われているようだった。
俺は、スライムは振動で獲物に寄ってくるのではと考えていた。なので、砂地より岩盤地の方が安全だったのも、岩盤の上でたてた音は思ったほど砂地まで響いていなかったのだろう。
だが、物理攻撃訓練で岩盤地の端で砂地を叩いた事でスライムは寄ってきてしまった。
岩盤の上にご馳走があるのに気がついてしまった。
寄って来た大量のスライムに恐怖して砂地へと飛び出した人達を追ってスライムもまた砂地へ。
ドドもクサも両手で耳を塞いで、ただただ岩盤石の下を見続けた。スライムが寄ってきていない事だけを確認する。
殺戮は見ない、聞こえない。それでいい。俺もそうだ。平和なニッポンで大量の殺戮現場など経験した事はない。
本当に、誰か助けてくれ。勇者、どこだよ。




