53話 ボックスチーム
時間は遡る。荒地を出たボックスチーム。
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荒地を出てから碌に口にしていない。持っていた水と僅かな食べ物を少しずつ消費してとうとう無くなった。
荒地を出て3日目だ。
空腹と疲れで歩みも遅くなっていく。困った。どうしたもんか。荒地に戻ってもあそこには何もない。
植物が生えてる場所へと進んできたがそう食べ物が入手出来るはずもなく、と言うか、見た事がない物は恐ろしくて口に入れたくない。
最初は異世界転移(巻き込まれとしても)と安易に考えていた。しかし俺たちを転移させた神様も召喚したかもしれない王国も現れない。
つまりそれは自力で生きていかなくてはいけない異世界転移なのだろうが、生きていくために役立つスキルがない。
物理攻撃も体力も微力すぎる。そして俺の完全防御も、防御が出来るだけでは人間が生きるのに必要な水も食料も手に入らない。
どうして小説やアニメではあんなに簡単に生きていけるのだろう。
結局俺たちの中には物語の主人公はいないって事か。俺達は誰にも知られずにこっそりと隅で終わりを迎えるモブって事だ。
もう誰も口を開かない。開く元気がないからだ。
どこかで休もうか、いや、休んでも立ち上がれるかわからない。では皆を置いて俺ひとりで周りを探索するべきか。しかし防御がない状態で置いていくのも…………。
はぁ、詰んだか?
そんな考えが頭の中をグルグルとめぐる。足を引きずり、両腕にしがみつくドドクサをひきずる。
はぁ。
ひと息吐いて顔をあげると視界に変な物が映った。
飛行機?!
とりあえず休めるかもしれない。何もない場所よりはマシなはずだ。
「おいっ! 飛行機だ!」
両腕を揺さぶるように動かしてふたりに知らせた。疲れたドド達の脳に言葉が到達するのに時間がかかったようだ。ドド達より先に後ろにいた倉田の耳にはいったようだ。
「飛行機! ねえねえ! 飛行機だよ!」
「飛行機だぁ」
後ろで杏が飛び跳ねたのがわかった。その声にようやくドドクサの脳に言葉が到着したらしい。
「本当だ! あの中で休もうぜ!」
「なっなっ、機内になんか食うもんあるんじゃないか?」
飛び出して行こうとするふたりの腕を掴んで止めた。
「慌てるな! 中に何がいるかわからん、はみ出るな! 皆で動くぞ」
ゆっくりと近づく。樹々から姿を現したそれは完全な飛行機ではなかった。千切れた胴体部分とでも言おうか。それが樹々の間に置かれていた。
「墜落したのかな」
「だな。…………変な形」
墜落したにしては綺麗だ。コックピットの部分つまり飛行機の前方と尻尾のある後方がない。
翼のついた真ん中部分だけだ。しかし翼は樹々にぶつかったのか折れていた。
地球の飛行機に似ているが、この世界にも飛行機があるのだろうか。それとも地球の飛行機もこの世界に転移したのか?
とりあえず、ゆっくりと飛行機周りを回ってみると、機体のドアが開いていてそこから緊急脱出用のスライドが降りていた。
中に居た乗客が降りたのだろう。
「あ、あそこから入れる」
「入れるけどそれ登らないとだな」
杏と紬の小学生コンビは、急な坂のスライドをものともせず上手に登っていった。
高校生トリオとおっさんの俺は頑張って何とか登った。
ハッチから中へと入った。
乗客はよほど慌てて出て行ったのか、荷物が通路に散らばっていた。
「何か食うもんあるかも」
ドドが通路をかけて行きそうになるのを止めた。
「おい、何が居るかわからない! はみ出るな」
とは言え、狭い通路を男3人が横並びには進めない。そこでふと目に入ったトイレ、その扉を開けて中を確認する。なにも居ない。
そこに倉田と杏と紬を押し込む。
「安全が確認出来るまでそこに居ろ。何もなかったら呼ぶ」
そう言ってドアを閉めさせた。
ドドとクサももうひとつのトイレに入れようと思ったが付いていくと言うので俺の後ろにくっつくように言った。
一列になり通路を進む。
通路の荷物や座席で見えにくい。どこかにスライムやキバ猫が隠れていてもわからないな。
とりあえず見える所にはいない。
乗客は皆降りたと思っていたが、若干名ここに残って亡くなったのか、座席に横になった男性を見つけた。怪我をしているようには見えない。獣に襲われたのではないのか。病死……だろうか?
持病持ちが発作を起こした、とかかもしれない。
そのすぐ先の席にも同じように横になった女性が居た。
ドド達は荒地での惨劇を思い出したのか、俺の腹に回す腕に力が入った。
その腕をポンポンと叩き、足を進める。
通路をぐるりと周り、前方へと戻ってきた。さっき入ったハッチの反対側だ。こちら側のハッチは閉じたままだった。
ふと、中央の座席の前の壁にバシネットがあるのに気がついた。赤ん坊を乗せる籠だ。
そして中には赤ん坊が入っていた。その前の座席はおそらく母親だろう、女性がやはり横になって亡くなっていた。
何だろう。こんな若い親子も病死?
まさか、スライムやキバ猫以外に毒のような攻撃を出す敵もいるのだろうか?可哀想に、若いのに。
それにしても綺麗な死に顔だ。
バシネットの赤ん坊顔を覗き込んだ。
パチ
「わああああああっ!」
「えっ、何何!」
「何だ!敵?敵か?」
俺が飛び上がったのと同時に後ろのドドクサも飛び上がった。
「キャッキャ」
赤ん坊が目を開けて喋った。喋ったと言うか笑った。
てか、生きていた。
「え……何? どしたの? ええっ!誰ぇっ!」
「うわっ!」
母親も生きてた。
そう、母親も赤ん坊も寝ていただけだった。さっきあっちで見た男性と女性も死んではいなかった。
俺は倉田達を呼んでトイレから出るように言い、お互いにここまでの話をする事にした。
いや、その前に、この2日食ってない事を伝えて水があったら分けて欲しいと伝えた。(初日はわずかに食糧を持っていた)
トイレから出てきた倉田達は、トイレで水が飲めたと言った。歯磨き用の紙コップもあったそうだ。
勝手に水を飲んだ事を詫びると構わないと言ってくれた。それからギャレーから食事を運んで来てくれた。それを食べながらぽつぽつと話をした。
この機内に残っていたのは親子と、足の悪い男性とその奥さんの4人だけだった。
他の乗客は初日に出て行ったきり戻ってこなかったそうだ。最初に3分の2ほどの乗客と客室乗務員がまず出て行った。
それから残りの乗客とひとり残っていた乗務員も一緒に出ていく事になった。
足の悪い旦那さんと奥さん、それと乳児を抱えた奥さんも森歩きは無理だと思い残らざるをえなかった。
「あの人達が救助と出会えたら、きっとここにも救助を呼んでくれると信じて、私達は待つしかなかったです」
「君だけなら避難出来たのに……」
「何言ってるんですか。あなたを置いていくわけないじゃないですか。怒りますよ。けどね、神様はちゃんと私の事を見守ってくれていたのか。ギャレーのね、水も食糧も減らないんですよ」
奥さんの方がギャレーを指差した。すると乳児の母親の方もそっちを見て不思議そうな顔をする。
「そうなんです。不思議でしょう? あの日、突然ここへ来た日に機内に居た皆さんがギャレーの食事を結構召し上がっていらしたから、残りも僅かだろうと思ったんですけど、まだまだあるんですよ。それに、冷たい引き出しと温かい引き出しもあって。子供のミルクも助かってます」
「お手洗いもお水が出るのよね。あれ、外に流れているのかしら」
「外には出られましたか?」
「いえ、その。獣の悲鳴みたいなものも聞こえるし、出ない方がいいかと。本当は扉も閉めたかったんですが閉め方がわからないし重たくて」
「ああ、それでか。荷物でバリケード的な物を作ったんですね」
「あ、何で通路に荷物が積んであるのかと思った」
倉田も荷物に気がついたようだった。
「完全に塞げるほど荷物がなかったので、ちょっとした足場を塞ぐくらいなの」
飛行機の座席の通路の先、後部座席があるトイレのドアの先に荷物が積んであった。と、言っても高さは1メートルくらいだ。キバ猫もスライムも入ろうと思えば簡単に侵入出来る。
こっちのハッチに近い通路にはカートが並んでいた。客室乗務員がよくコーヒーなどの飲み物を配り歩いているアレだ。
皆が出て行ってから外の遠吠えの獣が入らないように出来る限りの事はして、そのままここにこもっていたそうだ。
今日で3日。
出て行った者は戻って来ない。てっきり俺らが救助隊かとぬか喜びをしたそうだ。
しかし小学生ふたりに高校生3人におっさんひとり、どう見ても救助隊ではない。どう見ても同じ遭難者だ。




